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【熱烈な兄 エピソードⅡ】

割引あり

私が小学生3年の頃であろうか、兄は(ビーバップハイスクールのモデル校となった)、あるK工業高校へ進学。 得意の運動神経やガタイ(ややデブであったが)を活かし、野球部に入った。K工業高校は野球では強い方で、私が大学生のころ、初の夏の高校野球全国大会(いわゆる甲子園)に出場するも、K工業高校の応援スタンド、アルプススタンドは、ほぼ映し出されなかった。いうまでもなく、任侠の応援、罵倒や放送では使えない野次、スタンドでは喫煙、飲酒、バーベキューまでやっていたということを後で知る。


ともあれ、これまで「北九州を統一」していた中学時代の兄にすれば、不良高とはいえ、真面目に野球部に入ったということは、これまでの悪行から足を洗い、真面目なスポーツ選手として一歩を踏み出したのであった。

しかし、安心するには些か早かったのは言うまでもない。練習中にいざこざを起こし、1年生からレギュラーで3番ファーストの兄は、3年生キャプテンであるキャチャーを半殺しにし、入学後、わずか3日で退学。それから、一時は父の経営する鉄工会社で活躍するも、フェードアウトし、2〜3ヶ月は姿を眩ました。


姿を消してから3か月後、兄は宝石のようなガラス装飾品を多数持参し、実家に帰ってきた。兄、16歳の初夏の頃であった。「母ちゃんには、これまで迷惑かけて来たからなあ、このエメラルドの宝石、特別1万円で売ってやるよ、何、心配することない、いらなくなったら質屋に持って行きない、数千万円で買ってくれるよ、そのくらい凄い価値なんよ」と言い、母は渋々1万円でそのガラス細工を買った。

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