旧ツイッター、わたしの炎上案件。

SNSでは、2012年頃からツイッター(現エックス)をちょくちょく利用するようになった。用途は、主として気になるニュースのリツイートやコメントなどである。

ツイッターの特性として、後から編集ができないこと。現在は有料プランに加入すれば編集が可能らしいが、基本的にはできない。また、130文字という文字数制限があるため、その中で十分にこちらの意図を伝えきれないことがある。そして、文字通り“つぶやき”であるため、そのときの気分や感情やストレスによって、ツイートの内容とニュアンスが微妙に変わってくるというのはある。
 これらの要素があいまって、運悪く自分のツイートが下手に注目されてしまい、不必要に拡散されていわゆる炎上してしまうことも時にはあった。

そうした炎上案件について、過去にどんなことで問題になったか、いったんここで取り上げみて、振り返りをしてみたいと思う。 

●富山でおきた交番襲撃事件に関して。
 犯人の男について、「国家権力に立ち向かったのか? 大したもんだな」とツイートしたところ、これが炎上してしまった。たしかに死亡事件でもあったため、軽率な発言だったとは思っている。

●九州で線状降水帯が発生し、これに陸上自衛隊の予備自衛官等を招集するのではないかとの報道に関して。
 「こんなことで招集するんじゃない」というような趣旨のツイートをしたところ、これが多くの人々の反感を買ってしまったらしく、「災害時に招集しないでいつ行くの?」「税金泥棒」みたいな批判をいただいた。当時、わたしは即応予備自衛官の身分で、働きながら自衛隊の“予備役”にも登録していた。
 しかし、わたしの考えは、陸上自衛隊の主任務は依然として「国土防衛」にあり、そちらを優先すべきであること。予備役は最後の手段として控置しておくべきであり、地方でおきた災害には地元消防が主体となって対処すべきであると今でも考えている。

●五ノ井里奈さんと陸自でおきた強制わいせつ事件に関して。
 被害者である五ノ井さんを批判し、リドリー・スコット監督の映画(「GIジェーン」)を引用したうえで「彼女が裁判を起こしたせいで、そのことで男女間の亀裂がいっそう深まり、自衛隊の組織としての団結や結束を妨げた」という趣旨のツイートをした。このことについて、ツイートが拡散されてかなりの批判を浴び、「同じセリフを加害者にいえ」など、ほとんど“袋たたき”にあっているような気分であった。
 しかし、彼女が裁判をおこしてマスコミの注目を無駄に集めたことは、現場の隊員たちの士気を下げたと考えている。また、自衛隊という組織の団結や結束の上でも、悪影響だったと今でも思っている。詳しくはべつの記事にも書いているので、ここでは語らない。

SNSにおける炎上の経過をみていると、多くの人は感情的になっていて、冷静さを欠いているのがわかる。議論をするという感じではなく、文章の要点よりも相手の揚げ足を取ろうとしてくる。
 自分にこそ正義があり、正義に反してとんでもないことをいってくるやつを懲らしめてやろう……さしずめ、そういう考え方なのだろう。このように、日本人は議論において平静さを欠き感情的になりやすいというのは、戦前の時代からあったと誰かが書いていた覚えがある。要するに、国民性なのだろう。ネット社会において、そうした国民性が突如として表出することがあるように思える。

わたしはSNSを活用しても、そこで誰かと対話をするという考えはない。したがって、わたしが書いた文章はすべて“私のひとりごと”でしかない。
 むかしの電子掲示板の時代から、お互いに対等に対話をする、というのは難しいと感じていた。たいていは一方が相手をけなしたり、叩きのめすことに終始するのを何度も目にしてきたからだ。
 ネットで表出される意見が、民主主義の表出であるかのように見られたり、国民の意見の集大成であるかのようにみなすのは危険であると思っています。
 
 

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