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まず自分が光り輝く人間になる

今日のおすすめの一冊は、斎藤一人さんの『斎藤一人 愛される人生』(KKロングセラーズ)です。その中から「幸せは自分でなるもの」という題でブログを書きました。

本書の中に「まず自分が光り輝く人間になる」という心に響く文章がありました。

劣等感のある人間は、人を攻撃することで自分の心に鎧を着せるんです。それで、相手がおびえると、自分が勝ったような気になる。それで、自分が勝てる相手にしか、怒鳴ったり、怒ったりしないんです。

だから、怒鳴られた、怒られた、自分がおびえる―を繰り返すのでは、ずうーっとそれが続く。でも、音というものには別の音を消す周波数があるのと同じで、「この人はなにを恐れているんだろう」とか愛の波動でもって相対すると、向こうの恐れの波動は消えちゃう。

そうすると、段々、怒鳴ったりするのがおさまってくる。それから、世間もいろいろいうよね、「大学出とそうじゃない人間で、お給料がどうだこうだ」とか。「方程式ができなかったら、ロクなもんにならない」とか、「英語の勉強ができなかったら、出世できない」とか。

そんなことをいって人を傷つけようとしたり、落ち込ませたり、心を暗くさせようとする人がいるんだけど。でも、「方程式もできなかったらロクなもんにならない」とかっていうのは、実はあなたのことではない。そのセリフをいった本人のことなんです。

「方程式ができなかったら...」といった、当の本人が方程式ができない場合、その人はロクな人間にならないということ。 しかも、「方程式できなかったら...」といった人と、あなたとは生きる定めが違うんです。 

だから、「方程式できなかったら...」といわれたからって、あなたが傷ついたり、落ち込む必要なんて、一つもない。 

占いだって同じです。方位方角がどうのこうの、「この手相じゃ、しあわせになれない」とかいわれたら、 「しあわせになれない」と見立てた人間が、その手相、その方角に行くとしあわせになれない、ということなんです。 

その人間と自分は生きる定めが違うんだから、「自分はこの手相で結構です。 この手相で、どんどん、しあわせになります」って。 そうやって、いい切っちゃえばいい。根拠があろうがなかろうが、そんなも ん、どうでもいいの。 いい切ったもん勝ちなんだよ。 

「自分はこの手相でしあわせになるんだ」って、勝手にいい切っちゃったら、もう、自分の心は負けてない。明るく、光り輝いてるんです。 その光で、この世の闇は消えちゃうんだよ、って。 

だから、「本当のしあわせってなんですか?」って、まず自分が光り輝く人間になる。そしたら、その光で周りの人を照らす、明るく楽しい心にしてあげる。

「一燈照隅 万燈照国」(いっとうしょうぐうばんとうしょうこう)という言葉がある。一人ひとりが、自分のまわりの一隅を照らせば、その光がやがて国全体を照らすほどの光となるということ。

まず、自分が光り輝く人間になること。自分が光り輝くことができなければ、周りを照らすことなどできない。

今日のブログはこちらから→人の心に灯をともす


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