見出し画像

#スローシャッター マガジン Vol.13 前田将多からの手紙

Twitterというのは人柄が丸出しになる。Instagramは画像をいくらでも加工してウソがつける。
言葉だって、飾り立てたり、覆い隠したりはできるけど、それでもなお、その人間性が滲み出てしまうのが言葉のよいところであり、怖ろしいところである。
 
田所敦嗣さんの初の著書『スローシャッター』が、ひろのぶと株式会社より刊行され、私はいま、彼について何事か書こうとしている。
私が田所敦嗣という男を知ったのは、『スローシャッター』に収録されたnote上での旅コラムを彼が書きはじめるより以前のことで、こんなツイートやこんなツイートに「すげえ人がいるなぁ」と感心していた。

いずれもなかなかマネのできることではない。
たとえ引き受けたとしても、手先は不器用で、小手先はめちゃ得意な私だったらニッチもサッチもいかない自信がある。
田所さんは、なにか電気設備か自動車関連のお仕事をされている人かと想像したが、ぜんぜんちがった。
水産物や食材の商社で、鮭鱒類担当の社員だという。釣りもしないし、魚に特別な興味がない私が、「ケイソン」という分類を知ったのも田所さんからだ。

この人が書いた「ちゃんとした文章」にはじめて触れたのはこちらのnote。

逆流性食道炎と診断されたときの闘病記といえるものだが、薬やその効能、自らの症状がかなり詳細に述べられていて、「徹底的な人だなぁ」とこれまた驚いたのであった。
医療に関することは、ちゃんと調べて、医師に確認でもしなくては、怖くてなかなかここまで書ききれるものではない。
しかも、ちゃんと伏線とその回収が仕掛けてあり、構成として読みごたえがあった。
ただ「苦しかった」「痛かった」と吐露するだけではなく、この先同じような目に遭う人の一助になるようにという、その書きぶりにも好感が持てた。

その後、彼が仕事を通じて出会った、世界中の人たちとのあたたかな交流を描いた一連のnoteが反響を呼び、『スローシャッター』という一冊に結実した経緯は、これを読む多くの方がすでに知るところであろう。
驚くべきことに、彼はnoteを毎週更新した。アラスカの奥地で、ベトナムのホーチミンで、チリの小さな町々で、ポーランドの港町で、テキサスの田舎で、田所さんは人間を見つめてきた。
それぞれが心にポッと火を灯すような話だったり、憎めない外国人の言動に思わず頬が緩む話だったりするのだが、この人からはこういう逸話が無尽蔵に出てくるような気さえする。

私自身も、アメリカで大学教育を受け、広告会社ではヴェガス、北欧、ハワイなどあちこちへ出張し、インドネシアで現地人たちと机を並べて働いて、カナダでひと夏カウボーイをした経験があるのでわかる。
田所さんは、きっとまだまだ持っているはずだ。

そんな田所さんがまず書きたくてnoteに記した60篇あまりの中から、さらに厳選された20編を収録した『スローシャッター』がよくないはずがない。
いや、実際よかった。

忌憚なきところを述べれば、文章が巧いとかではない。どちらかと言えば、ヘタだと思う。
一編一編の物語も仕舞い方があっけない、と言うか、素っ気なかったりして、読者はもっと読みたいのに取り残されたような気分になる箇所もあるだろう。
だけど、私自身の読書体験から言えば、だからこそ、埋められなかった心の空白を、代わりに自分でなにかで満たそうと、反芻したり、過去の自らの旅からそのときの誰かを思い出したり、ページには書かれていない田所さんの気持ちを想像したりして、20編読むのに20回立ち止まるのだ。すんなりとは進まず、いちいちあれこれを振り返り、思い巡らす。

これはまるで旅ではないか。

音楽でも絵画でも文章でも、表現とは巧いものだけがいいわけではない。そして、余談だが、プロに対しては「巧いですね」は誉め言葉にならないことを覚えておいてほしい。

『スローシャッター』はいい。
なにがいいって、ここで描かれる旅はすべて、出張なのだ。田所さんは業務上の要請により、世界のあちらこちらへ旅することになった。自ら求めたのではなく、仕事によって訪ねなければならなかった場所において、そこにいる人々と仕事を超えた関係を築いたのだ。
仕事ってたのしいものだし、たのしく働いていいのだということを、とりわけ日本人はもっと知ってほしいと、私は願う。

だから、私は田所さんより「本の帯の言葉を書いてほしい」と頼まれたときにこのように書いた。

〈出張って、こんなに
 やさしくて、
 あたたかくて、
 せつなくていいのか。
 いいみたいだぞ〉

仕事で出会った人と親友になる。仕事で手を叩いて喜ぶ。涙して悔しがる。一生忘れないなにかを得る。
こういうことは、きっとどんな仕事にも起こりえると信じたい。
いまじゃないかもしれない。ここじゃないかもしれない。だけどそうなんだ。

これが私が、この『スローシャッター』をひとりでも多くの方に読んでほしい理由だ。
 
残念ながらこの本に未収録の田所さんのコラムに『無敵の用務員』というものがある。

前職の会社で、用務員のヤッさんというおじさんが登場する。社員や取引先からなぜか絶大な信頼を得ているヤッさんは、実は……。この先はコラム本文をお読みいただきたいが、とにかく……ある日、若い田所さんが安月給について愚痴ると、ヤッさんはこう言う。
「ワケぇと、ヤスいよなぁ。けどなそういうのは全部、お天道様に貯金していると思え。お前が覚えた知識は、必ず後になって返ってくる」
 
文末で田所さんは謙遜するが、いや、ちがう。
田所さんの貯金は、ようやくいまその力を発揮しはじめたのだ。
この人は、旅によって、仕事によって、そして、人によって、本当によく鍛えられた男だと思う。

 

これでも田所さんは笑っています

前田将多(コラムニスト/レザーストアオウナー)
1975年東京生まれ。州立ウェスタンケンタッキー大学卒業。2001年、株式会社電通に入社し、主にコピーライターとして勤務。2015年に退職し、株式会社スナワチ設立。2018年、大阪にレザーストア「スナワチ」を開設。
著書:『カウボーイ・サマー』(旅と思索社)、『寅ちゃんはなに考えてるの?』(ネコノス)他
月刊ショータ:https://monthly-shota.hatenablog.com/

12月29日、梅田ラテラルにてお目にかかります。

2022年12月29日は、私も田所敦嗣さんや田中泰延さん(ひろのぶと株式会社社長)、上田豪さん(装丁を担当したアートディレクター)らといっしょに、梅田ラテラルにて、みなさんにお目にかかります。


* * *

帯文をお寄せいただいたお話(著者・田所敦嗣さんによるnote)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?