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ふくらんで

うめぼしおにぎりのうたは、最初は紙芝居にするつもりではありませんでした。イラストを写真で撮って、歌をつけて動画にし、YouTubeに置く、というのが最初の目標でした。(ですが私はアナログ人間で何も出来なくて周りの人たちに助けてもらいまくることになります)

この曲を引っさげて人前に出まくることになることは、この時想定していなかったのです。(みちよさんも絵を描くだけ、と思っていた)
ただ、形にして、地域おこし協力隊の方に渡して、梅のPRに少しでもお役に立てたら、ぐらいに考えていました。

これまでに作っていた作品は、読み聞かせボランティアの中や、自分のピアノ教室内など、披露する範囲が決まってました。
まさか、自分の作った作品が、全然知らない人にまで届くとは、夢にも思ってませんでした。

私がスカウトした、ピアノの生徒さんのお母さんである、みちよさんに、依頼していたイラストは間もなく、A4のコピー用紙に間隔を空けて描かれ、私に届けられました。(イラストじゃない、落書き、と本人が言うのでみちよさんは「ラクガキスト」になりました)


ちょっと脱線します。

今までは、スケッチブックで原画絵本、紙芝居、と迷走していたスタイルでしたが「そうだ!紙芝居だ!」と心を決めたのは、紙芝居の枠が思いがけず手に入ったから。

当時、息子が習っていたドラムの先生から譲っていただいたその紙芝居の枠は、古民家再生の大工さんが端材で作ったもの。
ドラムの先生は、子どもさん相手に紙芝居を披露していた時期があったのです。
先生はミニマリストなので、何かと必要じゃなくなったら誰かに譲って手放していて、紙芝居の枠は、読み聞かせボランティアなどをしている私が譲り受けることになりました。

その枠との出会いに背中を押され、後に私は「歌で展開する紙芝居」=「うたうかみしばい」でいくぞ!とスタイルを確立することになるのです。(ラクガキストもうたうかみしばいも全部私が勝手に作った呼び名)

そういったことが前後しながら、ご縁が絡み合っている最中。

絵が届けられたところに話は戻って…

みちよさんが描いた「うめぼしおにぎりのうた」のラクガキが出来上がった頃、地域おこし協力隊の方の提案で、この作品を引っさげ、町内の3公民館をある日の土曜日の午後、1日で行脚するという企画が立ち上がりました。
私たち以外に、コーラスの先生、民謡の方も一緒でした。

元々私は「とにかくやってみよう」の精神を持ち合わせているので、即OK。
したものの、そこからは作品を形にするだけでなく、お客さんを前にした見せ方、パフォーマンスの仕方も考えないといけなくなりました。


・スタイルは、うたうかみしばいでいこう。
・衣装も定着させよう。
・紙芝居をめくって歌うと振り付けができないからみちよさんにも前に出てもらおう。(うめぼしおにぎりのうたには振り付けが付いています)
・その場は地域おこし協力隊の方がアコーディオンで伴奏してくれるが、本来は私が弾き語りして、みちよさんが紙芝居を作り、めくる、2人組ユニットということにしよう。
・すでにやってる風に、活動名もつけよう。(「ひろみ」と「みちよ」名前がしりとりになってるので引っつけて、ユニット名は「ひろみっちょ」に決めました)
・そして何より、練習しよう。すでにこのスタイルでやってるねん風に練習しよう。(緊張は見てる人に伝わるから、演者は余裕でやってる風に見せるハッタリが大事なことはピアノを通して身につけていた)




地域おこし協力隊の方が、みちよさんの描いた小さな絵をいったんパソコンにスキャンし、拡大して印刷。
私はそれを紙芝居のサイズの厚紙に貼り付け、紙芝居を作りました。

同時にYouTubeに置くプロジェクトも進行中で、息子のドラムの先生のスタジオで音源作り。(ミニマリストの先生、この時はまだスタジオを持っていたが今は手放してる、そのタイミングも絶妙)
まずピアノ伴奏を録音、その録音した伴奏を流しながら、歌を録音。
生まれて初めて、こんな本格的なレコーディング。
まるで歌手にでもなったよう。
ほんとうに貴重な体験でした。

この作品が見せてくれた景色のうちのひとつです。

さて、その音源は、先にスキャンした画像と合わせて、地域おこし協力隊の方が、YouTube用の動画にしてくれました。

いよいよ出番となった紙芝居の枠に入れた作品を引っさげ、
3公民館行脚のあとは、高校生の梅料理対決の場であるUME-1グランプリの会場のステージに立ったり、町内の幼稚園や保育園、南部梅林の野外ステージ、里山まつりのトラックの荷台ステージ。

不特定多数の老若男女が集まる場所へ、地域おこし協力隊の方がどんどん連れ出してくださり、私たちは見たことない場所からの見たことない景色をほんとうにたくさん見させてもらいました。


大勢の方が見てくれたおかげさまで、私たちに直接、来てくださいとお話が来るようになりました。
その中で、とある敬老会さんからの依頼をお受けすることが、後に私たちを町の外へと連れ出すきっかけとなるのですが、その時の私たちには知る由もなく。

つづく。

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