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「たまこラブストーリー」の最初の30秒

本レビューはネタバレを最小限(映画の最初の30秒)に留めてあります。事前知識は「たまこラブストーリー」の予告を見る程度で大丈夫です。

はじめに

「たまこラブストーリー」は2014年4月26日に公開された京都アニメーションの劇場アニメーション作品で、予告編でもある通り、それぞれ餅屋の娘と息子である北白川たまこと大路もち蔵の恋が主な内容となっている。賑やかなうさぎ山商店街を舞台にしたアニメ「たまこまーけっと」の続編に当たる作品ではあるが、TVシリーズの事前知識を必要としないものであり、一本の独立した映画でも成立するように完成されている。

こちらも極力ネタバレを回避しながら作品の魅力について語りたい為、今回は本作の「最初の30秒」に絞って語りたいと思う。(勿論、仮に文字情報でネタバレを食らってもこの作品の良さは変わらないとは信じているが…特に本作に関してはストーリー自体をネタバレしても意味がないレベルだと思う)

地球と月

再度確認になるが、「たまこラブストーリー」は北白川たまこと大路もち蔵の恋愛がメインとなる作品であり、大雑把に言えば恋愛映画、という区分になる。そんなたまこラブストーリーの最初のシーンがこれである。

なんと、宇宙から始まる。

TVシリーズ「たまこまーけっと」でも、このようなシーンは一切存在しないので安心してほしい。私も初見でびっくりした。映画の大事な大事な最初のカットで、どうしていきなり我々を宇宙に放り出すのか。このシーンにはちゃんとした意図があると考えるのが自然であると私は思う。

さて、読者ならこのシーンをどの様に解釈するだろうか。

「月が地球の裏から飛び出して、地球の周りをグルグル回っている」と解釈するのが普通かもしれない。ただ、地球は月の周りを回るものであるという知識の先入観を捨てて映像だけを観察すれば、「月が地球の重力から脱出しようとしている」と解釈することもできる。更に穿っても見方をすれば、「月が地球から生まれている」という風に解釈することもできる。あくまでもこの一瞬の映像においては、地球と月の関係性を断定することは出来ない。

また、言わずもがなではあるが、たまこの世界観は月と密接に関わっている。舞台は「うさぎ山商店街」であり、たまこと餅蔵どちらも家が餅屋であることから、それらがどちらも「をついている」という伝承から来ているものだと想像するに難くないだろう。

"By always thinking unto them."

次のカットがこれである。映画中にこの言葉が台詞として直接登場することはなく、コンテキストは一切与えられない。(強いて言うなら先程の地球のカットがコンテキスト?)映画の序盤に数秒だけ登場するに留まる。

この言葉は、アイザック・ニュートンが言ったとされる名言の一部を抜粋したものとして広く知られている。山田尚子監督は本作のオーディオコメンタリーで"By always thinking unto them"を「年がら年中そのことを考えていただけです」と訳している。

ニュートンがこの名言を放ったコンテキストは出典が失われている為正確に知ることは出来ないが、一説によればニュートンがどの様にして万有引力を発見したかと訊かれた際に答えた言葉とされている。

誤解されがちだが、ニュートンは「重力」を発見したわけではない。ニュートンが発見した万有引力とは、質量を持った物体であれば宇宙においてどこでも互いに引き寄せる作用、即ち引力/重力を及ぼし合うという現象である。先程のシーンと照らし合わせて考えると、万有引力が地球と月にも働いている考えられる。万有引力がなければ、月と地球は関わり合うことすらできないだろう。また、万有引力の特徴として、二つの物体それぞれが互いに作用する力であることが挙げられる。地球と月に置き換えて考えると、地球が月を引きつけていると同時に、月が地球を引きつけているのだ。

ただし、万有引力があれば全ての物体が軌道運動をするわけではない。左の図のように軌道運動を説明する為に、暫し地球と砲台のモデルが使われる。砲台から発射される弾の初速が小さすぎると地球に落下してしまうし(図中A)、初速が大きすぎると軌道に乗らずに地球に戻らなくなってしまう。つまり、月は地球の周りを回り続ける為には、万有引力だけでなく、遠心力との釣り合いが取れた状態、言い換えると月と地球双方のバランスの取れた状態が必要になる。

また、これも当たり前だが、万有引力はニュートンが発見する以前に存在している事象である。あくまでもニュートンの言葉は「事象の発見」に対して使われていることであり、「事象の存在そのもの」に対して適切ではないということも、頭の片隅に入れていただきたい。

落下する林檎

次のシーンには林檎が登場する。

この林檎を暫し餅蔵が揺らした後、

最後に餅蔵が去ると同時に林檎が落下し、本作のタイトルが登場する。

先程のニュートンの言葉と繋げると、彼の逸話に「リンゴが落下したことから万有引力を発見した」とある。そして、林檎が落ちた瞬間「たまこラブストーリー」が始まった。しかし、その瞬間を餅造は直接的に目視しておらず、林檎が落ちたことを知っているのは我々視聴者のみである。視聴者である私達が、最初の発見者であるということを意味する。また別の言い方をすれば、この物語は「林檎が落ちる過程」の物語ではなく、「林檎が落ちた結果」の物語とも言える。

勿論、林檎そのものにも、「禁断の果実」というストレートな意味で解釈することもできる。創作において人間の性のメタファーとして暫し用いられることがあり、異性愛は突き詰めればアダムとイブの物語に再解釈であると考えることも一応可能ではある。(が、若干直接的過ぎるので個人的にはなるべく避けたい解釈ではあるが…)

まとめ

さて、ここまでたったの30秒である。たったの30秒で、山田監督はこの作品の大まかなテーマの提示を試みている。恐ろしいことに、これはほんの入口に過ぎない。このオープニングを軸に、更に細かい描写や比喩表現が次々とでてくる。それらの意図について考えながら、是非見てほしい。

また、誤解しないでいただきたいが、これはストーリーの複雑さを示しているものではない。寧ろ物語自体は非常にシンプルで、特に何も考えなくてもしっかり見れる作りになっている。ただ、登場人物の心情や行動、それらを紐解こうとする場合、自ずとこれらの比喩表現が活かされる仕組みになっている。こういう細やかな気遣いと演出な巧みさこそが山田監督の本領であり、本作の大きな魅力の一つだと私は考えている。

私にはこの作品の良さを表現する語彙がないので、代わりにたまこラブストーリーのオーディオコメンタリーより山田監督の言葉で締めたいと思う。

山田尚子「あの…宇宙の真理ですよ…」

そう、たまこラブストーリーは恋の物語ではない。宇宙の真理の物語なのだ。

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