イギリス研究者生活の苦悩

Royal Holloway, University of LondonでLecturerをやってます。昨年9月に現職に就いたので、もう半年になりますね。

ポスドクから大学の常勤職へのキャリアステージの変更は自分が想像していた以上に大変だった(現在進行形で大変)のでその辺に関してちょっと書いていきます。


経歴

2018 上智大学卒業
2019 University of Kent卒業(修士)
2022 University of Kent卒業(博士)
9/2022-8/2023 高知工科大学助教(ポスドク)
9/2023- 現職(+高知工科大学フューチャーデザイン研究所客員准教授)

こんな感じでこれまで休みなしで(しかもかなり大股で)キャリアを築いてきました。これが今の苦悩に結構響いているような気がします。

ゲームとしてのアカデミックキャリアビルディング

自分はこれまで論文出版やキャリア形成(就活)をRPGだと思って楽しみながらやってきました。

論文出版に関する自分のアプローチはこんな感じです
1. めちゃくちゃ論文読む
2. 常に研究アイデアをストック
3. 研究アイデアをトリアージ
→どのレベルの雑誌を狙えるアイディアなのか/どの程度のエビデンスを積めばどのレベルの雑誌を狙えるのか(実験内容や実験数)見定める。
4. 数論文vs質論文という形で頭の中での仕分け/実行
→"やれば論文になるけど大した雑誌にでない”ような数論文は、時間と金銭的なリソースを割かない形でパッと論文化することを目指す。"ちゃんとやったらいい雑誌にでる"ような質論文は時間をかけてしっかりやる。研究を始める段階でどれだけのリソースを割く(どれだけ原稿を推敲するか等)か考えてから動く。数論文に関してはうまくいかなかったら深追いしないで諦める。


博士•ポスドク時代はこんな感じで、1-3の数論文プロジェクトと1つの質論文プロジェクトを同時に動かしていました。数論文は"どこでもいいからだしとく"ぐらいの感覚です。
数論文プロジェクトを動かしていたのはほぼ就活のためです。数論文と就活に関してはこちらの記事で色々書いてます。

今まではこれでよかったしなんとかなっていたんですが、今のキャリアステージではそうはいかなくなりました。

大学常勤の仕事

自分のような研究/教育の割合が半々の契約の職員が大学/学部から研究に関して期待されていることは
•質のいい論文を出し続ける
•とにかく金を獲ってくる

の2つです。1つ目に関しては、学部から"君らには、訳のわからない雑誌に自分しか引用しないような数論文を書いて出すリソースはない"という強いメッセージが発信されています。
確かにその通り、今まで数論文に割いていた時間が教育や学務に溶けるのでそんなことしていたら質論文が出てこない訳です。数論文アイデアがあっても、自分のためにそれをやりたくても、そんな暇はない(とされている)んです。

じゃあ数論文は死ぬまで書けないのか、いやいやそんなことはありません。学生を雇って彼らのキャリアビルディングの糧にしながらやればいい訳です。自分でガリガリ手を動かしてできなくなるだけです。

質論文をちゃんと出して、他の業務もこなした上で数論文を出すのはそこまで後ろ指をさされることではない(と思っている)ので、自分の研究者としてのプロファイル形成のための数論文はまだ自分で書くんですけどね。。。
ポスドク期間が短く、博士論文のデータもまだほとんど出版していないので、一研究者としてのプロファイルがまだ十分に出来上がっていない自分のような人間にはまだ数も必要と感じています。

なぜグラントが必要なのか
これまでは自分で手を動かして第一著者として論文を書くことがキャリアビルディングに関して極めて重要でした。ただもうそうじゃありません。誰が書いたかは自分の業績評価ともう関係がありません。学生やポスドクが主導で書いた論文、共同研究者として関わった論文でいいんです。

これまではアイデアをトリアージして自分で全部実行していたんですが、今の自分に求められているのは結局、"アイデアをトリアージしてそれを実行するためのグラント(時間、人、金)を取ってきて研究を回し続けること"なんですよね。だからグラントを取ることを期待されているし、取らないと自分が苦しいわけです。

まとめ
大学常勤になると、ゲームのプレイスタイルを変えなければいけないということです。このプレイスタイル変更のために3年間の試用期間(教育業務が減る)が用意されてるんですが、やっぱり大変ですね。本当に大変です。

ちなみに、質のいい論文というのは、REFという7年に一度の大学評価の祭典において高評価を取れる論文を指すんですが、まあとりあえずいい雑誌にだしとけばいいという理解をしています。上司的な人からは、"社会心理のいい雑誌(JESPあたり)に1年に1報は論文だそうね。"と言われています。

研究者としての魅力


PhDやポスドクを雇って研究を回すお金が取れても、自分のチームに来て研究したい人が誰もいなければ意味がありません。"今田と研究がしたい"と若手に思われるような研究者でなければいけない訳です。

世界には優秀な研究者•ラボがたくさんあります。そんな中、わざわざ自分のとこにくるメリットがあるんだろうか。。。?そんなネガティヴな思考になることがないわけではないです。でも、自分のとこで研究することがキャリア形成の役に立つ、自分とワクワクする研究ができる、と世界に自信を持って発信できるような研究者じゃないといけないんですよね、たぶん。

試用期間はこの自信とそれをバックアップするための業績•プロファイルを作るための時間だと思っています。大変だけど頑張るしかない。

SNSみてると英語で発信する研究者っていつも自信がある(少なくとも自分の価値を下げて見せるような発言をしない)ように見えるなと思っていたんですが、今はその理由がわかります。そうあるべきなんです。じゃないと誰もこないんです。それに大学•学部に将来性なり実績を買われて雇われてる人が”自分ダメ"アピールしちゃダメですよね。

おわりに

これまで"苦悩"とか言って若干ネガティヴなことを書いできましたが、いまめちゃくちゃ楽しいです。成長するためにわざわざ(住みたいとこれっぽちも思わない)イギリスにきたわけなので、苦難•苦労は上等です。ゲーム大好きなんで、早く新しいプレイスタイルに慣れないとな、最初はいっぱい死んで、負けて当たり前だよなぐらいの気持ちでいます。






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