声の記憶
なかなか会えないけど、親しい。そんな少し年上の友人がいました。
出会いはコロナ禍真っ只中の春、関西で開催されたある養成講座の初日です。偶然隣に座ったのでした。「ねえ、一緒に勉強しない?一人だと続かない気がするから」と誘われたのが、お付き合いの始まりです。
養成講座が終わるまでの間、毎週オンラインで、勉強会をしよう、と約束をしました。
ところが、彼女が約束を忘れることが、たびたびありました。その度に「ごめんな〜、うっかりしてたわ〜」と謝られて、内心ガッカリしつつも、いつも許して。
興味のある話題が似ているから、勉強会の前の近況報告が楽しくて、いつまでも話題が尽きることがありません。そんな関係が、1年くらい続きました。
昨年の秋、彼女が経営している京都のお店に行く、という以前からの約束をようやく実現しました。
想像以上に素敵なレストランでした。身体に優しい料理のお店で、店内のカーテンやファブリックもエキゾチックな香り。インテリアもセンスが良くて、本当に素敵だねえ、と感心しながら誉めたら、テーブルクロス、カーテンやクッションなど、全て彼女の手作りだと話してくれました。
ご自宅にお邪魔した時は、「ミシンが好きだから、出しっぱなしなの」と苦笑いしていたけど、素敵なワンピースやワイシャツを、スイスイ縫うほどの洋裁の腕の持ち主でした。
1年振りに関西の研修に行くから、会えたらうれしい、と連絡したのは、今年3月中旬のこと。でも返事はありませんでした。
コロナ明けでお店が忙しいのかな?というのは、ただの妄想だった。
実は、知らぬ間にもう会えない人になっていたのでした。
参加した研修で偶然会った、同期の友人を通して、知りました。
研修の帰り道に友人とふたり歩きながら、その事実を聴いた時、悲しみよりも先に、「やりたいことは全部やったわ〜」と言う声と、ニコニコと屈託なく笑う姿が、なぜか浮かぶような気がしました。その時の空の色がどこまでも青く透き通り、吹き抜ける強い春風が、心地良かったこと。
余命いくばくもないことを言ってくれなかったのは、心の距離ではなくて、きっと、余計な心配をさせまい、そんな彼女らしい心遣い。
いやいや、わたしがもう少し早く連絡していれば…。どうしてるかな?と時々気になっていた。話したいことも、聞きたいことも、たくさんあった。
はんなりとした明るい京都弁で、「ひろみさ〜ん、また会おうな〜、いつでも連絡して〜」という声が胸の中に残っています。もう二度と聴くことができなくなってしまった。それでもわたしに呼びかける、声の記憶。少しずつ薄らいでは、今もなお、微かに聞こえるような気がしています。
声は、生きている時だけのもの。なぜなら、その人の身体という楽器から、そして日本語という言語を操る人生の中で、生み出し、奏でるものだから。
昨年の秋に会えて本当に良かった。
でも、その時に貸してくれた本は、もう返せない。
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