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【私の年のせいなのか ここが日本じゃないからか17】出発準備の時期(2)出発目前

 6月に入り、出発直前の1週間は比較的緩い日程だった。美容院に行って(自分史上最短、ほぼほぼ刈り上げのベリベリショートにした)、病院に行って、歯医者さんに行って、図書館で借りた本を読み切って、6年間通い続けた英会話教室で最後のレッスンを受けた(個人の教室で、最後のレッスンはタダにしてくれた。マイク先生は本当に親切だ)。
 この間、証券会社の営業担当とか、車のディーラーの営業担当とかから電話があった。車については、営業さんがときどきエンジンを掛けに来てくれることになっていた。流石に一年間、エンジンを掛けないのはよろしくないらしい。老眼鏡も作り直した。

 何人かの友だちから、出発直前に連絡をもらう。気遣いが嬉しく、ありがたい。共感や思いやりの気持ちが強い人に囲まれて、私は甘やかされているなあ。
 ソーシャルメディアやメールなど、顔を見ないで言葉を交換するツールは、便利だけど、難しいところがある。こうしたツールのおかげで、中学以来の友人とも繋がることができて、それは本当に幸運だ(高校を卒業する時点でこうしたツールがあったなら、そこからの人的資本はかなり違ったんじゃないかな)。
 一方で、辟易させられることもないではない。不安や心配に対して、いきなり「大丈夫!」とか言われても、あなたは何を知っているんですか?と思う。私は仕事でずっと、自分の不安を言葉にすることがまだ難しい若い人たちとつきあってきたけど、「大丈夫!」の前に、「そっか、怖いんだね」というクッションがなければ、本当の気持ちを探しに一緒に心の中に潜っていくことを許してはくれない。「大丈夫」は本人が最後に見つける。
 で、話を戻すと、多分、自分のことでいっぱいいっぱいだった思春期の時代からずっと、一方的に「大丈夫!」を押しつけるのではなく、私の未熟さや愚かさに寄り添ってくれる友だちがいてくれて、私は本当に恵まれているんだなあと思ったことでした。

 渡航1週間前には、エールフランスから座席を選べというメールが来た。全てのフライトについて、通路側の、できるだけトイレに近い席にした。私は他の人に乗り越えられる自信があるが、他の人を乗り越える自信はない。事前に通路側の席を確保できたことが確認できて、ホッとした。これ、どうなるのかなって思っていたから。

 月曜日に出発する直前の土日は、愛知県かるた協会が仕切る、競技かるたの大会があった。スタッフとして参加したが、若い人のサポートだけで、非常に楽ちんだった。責任のある立場じゃないと、気楽なもんだ。
 ただ、ここでもプチ事件が発生した。土曜日、会場の駐車場に駐めた車に乗ってびっくり。左のサイドミラーが、フレームはそのままで、鏡部分だけぶらさがっている。あちゃー、これは当て逃げかな? 古い施設で、駐車場に監視カメラなんてないから、犯人捜しは諦める。鏡は手で戻すことができて、走行には問題がなかった。しかし、ミラーのフレームと助手席側のドアの下部が、擦れたように白くなっている。真っ赤な車なのに。ディーラーに連絡して、私がいない間になんとかしといて、という雑なお願いをする。

 明日が出発という日曜日の夜、息子と焼き肉に行く。別れ際、自分でも驚いたけど、涙が出そうになった。今までだって年に数回会うだけだった。それでも、会おうと思えばいつでも会える、何かあったらすぐに駆けつけてやれるという状態ではなくなるというのは、やはり大きい。たとえ既に社会人の、独り暮らしも十年目の、何かあっても母の助けなど必要としない息子であっても、だ。

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