苦労性でいるか、気楽性でいるか。
最近のテーマとして降ってくるものがあります。それは【どっちを選ぶか】
どういう事かというと、人はいつも選択をして生きているんですね。
でね、幸せな選択、心地いい選択、楽な選択が出来てくると、人生がそこそこ楽に感じてきます。というか物理的にも楽になるんです。すごく辛かった過去や苦しかった思い出は今は昔。とても平和で穏やかな日々を過ごすことになります。
そういう時に気を付けて欲しいことがあって、最近お客さんにもよくお伝えすることがあります。
潜在意識的なことではよくありがちなことなのですが、もとに戻る意識が働くのです。一言で言うと【退屈を感じてくる】のです。
苦しい、辛い過去はとても嫌なものです。でもね、同時にとても刺激的なものでもあるんです。苦しさや辛さは中毒になります。意識をしていないと、気がつけばわざわざそっちを選ぼうとしたりもします。
だから日常に刺激を探し出すのです。
そういう時、遊び上手な方の場合なら、楽しいことや心地いいことでそれを解消して、空いた時間などを埋めようとしますが、遊び下手だったりお金を使い慣れてない方(お金があるないではなく、あってもなくても使えない人)は、自分を何で満たせばいいか彷徨ってしまいます。
そうなるとどうなるか。
苦しい道や辛い道を無意識に探しています。元の自分に戻ろうとします。
だから、平和なはずがこんなことが起こった、あんなことが起こった、となります。(起こることは起こりますけどね)
穏やかな日常に退屈を覚えた時に、ここにはまることはよくあるんです。
魔が差す、というのもそうだと思います。
幸せはずっと続かないとか、良い事の後には絶対に苦しい事が起こるとか、何かを乗り越えてこそ幸せになれるとか考える人、ぼーっとすることが苦手な人に多い傾向があるなぁと感じてます。
(傾向なので全員じゃありませんよ。ただの私の独り言ですから参考にしたい人がいればして下さい( ´艸`))
苦しい事があってこそ幸せに!みたいなものはだいたいただの思い込みです。真実ではないですからね。真実は自分が設定してOKです(*^-^*)
人生には大変なこともありますけどね、でも別に自分から行かなくても、付けるべき生きる力は目の前に来たことに真摯に取り組めば勝手に付いてます。自分から苦しさを拾っていく必要はなしです。
退屈を感じられるってとても幸せなことです。退屈ではなく、とても穏やかな日常でありがたいな、と思えたならば大丈夫。
きっと、苦しさや辛さをわざわざ引き寄せてくることはありません。
いらぬものを引き寄せない対策は、自分にとっての小さな刺激をたくさん用意してあげてたらいいと思います。
私も最近は少しでも楽をしようと思って、これから夜ご飯ヨシケイをやってみようと思ってます。
献立はヨシケイ任せ。毎日献立が楽しみに出来るっていいじゃないですか☆献立は主婦の悩みですからねぇ。。
しっかりと作れそうな時は作っていいし、しんどい事は人に頼む、外注する、お金で時間を買う、それでいいと思います。無理しない。自分が悩まない状況を自分で作ってあげるのも自分を大事にするという事だと思っています。
主婦、お母さんの楽さは家族の幸せと比例するよと提唱します( ー`дー´)キリッ
どう楽をしようか、と常に考えていると、楽が出来る現実がたくさん来ます。昨日もそういえば、そんな展開で楽が出来ちゃうの?という事が現実化したことがありました。
楽をするって、無駄をしていいってことではないんですよ。長く続けていけるように工夫する、ってことです。
何でもかんでもがっつり真面目に生きないことは私の理念です。
外出がままならないからこそ、周りにある小さな楽しみを探すことへの努力って大事だと思いますし、なければぼけーっとしてていいんです。ぼけーっとするって私も大好き。
平和だにゃ~ってぼけーっとしていていいのに、危機感を持っておきたいような感覚になってしまうのは、人間の本能的なものかもしれませんね^^
でもいらぬ苦しみはいらないので、暇ならぼけーっとしていていいと思います。
自分の人生、苦労性でも気楽性でもどちらを選んでもいいんですよね。選択や価値観はどっちがいいとか悪いとかはないし、自分のお好み次第なんですよね。
これを購入して読んで下さっている方は、書いている私とエネルギーが似ているから読んで下さっているわけです。ですから幸せ気質、気楽性であることは間違いないのです。
どうぞ、気楽に生きて下さいね。
いつもサポートや温かいメッセージをありがとうございます✨