自分の心に正直に。

強く、たくましく生きられたらどんなにいいだろう。

何にも負けない心、何を言われてもめげない心が持てたらどんなに楽に生きられるだろうね。


だけどそれは無理なことだと思う。

だって人間だから、何か嫌なことを言われたら悲しいし、否定されたら苦しくなる。そういう柔らかな心があるから、素敵な言葉をかけられると嬉しいし、肯定されると自分を保てる。

ぶれぶれのゆれゆれこそが人間なんだと思う。


しかしそればかりではとても生き辛いし、何より自分が疲れる。

だからなるべく楽にいられるように、心の保ち方を知っておくことは大切かな、と思う。


気にしないのが一番だけど、気にしてない・・気にしてない・・と自己暗示をかけてしまい、本当の自分の気持ちが見えなくなってはそちらの方が後々困るから、気にしたまま受け流せるといいかもしれない。

嫌だな~、辛いな~、って気にしたままで、言われた言葉などを右から左に受け流す。(今、これを読んだ人はみんな同じ音楽が頭に流れているんじゃないか。チャラチャッチャッチャラッチャー♪)


まぁ、受け流せなくてもいいと思う。そのうちそれは消えていく。

もう、一生このまま苦しいままなんじゃないかってその時は思うのだけどそれはない、必ずそれは消えていくから。

変に我慢をしたり、気にしてないと暗示をかけて抑え込んだりする方が長引いてしまう。

とことん気にして、とことん嫌だ―!と泣き叫んだ方が健全。


そういう姿って人には見せたくなかったり、そうすることで迷惑かけてしまうような気がしてしまったり、そんな気持ちになることもあるかもしれないけれど、でもみんな傷つくし、みんな悲しいことはあるし、人間って結構じめじめ湿っぽいと思う。ずっとぐちぐち言っちゃったりするじゃない。

そういう弱い面って、強くする必要はなくて、それはそのまま弱いままでいいんだと思う。そのまま人にも伝えてもいい。


弱さをさらけ出した時の、その奥底に見える強さはとても輝いているのだけど、強く見せている時の、その奥底に見える弱さは相手にとってもなんとも心苦しいもので。

平気だよ、の影の濃さは人を悲しくさせるんだよね。


強く見せてしまう人は心優しい人だと思う。そんな人はいつも人のことを考えているのだと思う。

人のことを考えて平気そうにするものだけど、勘のいい人ならそんなことはお見通しなのだよね。


かちかちは折れやすい。ふにゃふにゃは折れることはない、ふにゃふにゃするけど。

ふにゃふにゃ生きていけばいいと思う。人に頼って甘えて。

そのうちなんとかなるだろうって。

自分の力だけで生きられないと認めることが自立だと思う。

それが本当の意味で強く生きるってことなんだから。


今日は蟹座の新月。

自分が心休まるホームはどこでしょうか。

頑張らないといけないことが人生であるとしたら、ありのままの自分を出せる場所で、弱いまま生きていく覚悟をする努力なのかもしれない。

自分の心に正直に。

そして、そんなふにゃふにゃを受け入れて、受け止めてくれる人に感謝すればいいと思う。





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