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等身大のくらし

ウイルス禍も年単位になってきて今、私が感じる素直な気持ちなのですが

色々元に戻す必要はあるのだろうか、ということです。


多分、今までの時代の価値観だと、元の状態ではない今に苦を感じるかもしれません。過去と同じ方が安心だとは思います。変化は怖いですしね。


何とか元通りに、何とか前のように。

多少無理してでも元に戻そう、って私、なんだか窮屈に感じます。

流れに逆らって『元に戻す』って、何かの枠に無理やり自分を押し込めるような感覚になります。


今、出来ることをやっていく。

今あるもので生きていく。

今を受け入れながら生きていく。


それは等身大のくらしなのだろうと思います。

何かに抵抗しない、過去に執着しない生き方。


私的にはその方が楽に感じるんです。

嫌なことやってまで、無理してまで何かを維持する必要はないと思っていて

抵抗しない生き方は、宇宙の流れに沿った生き方でもあって、抵抗しない方が楽になっていくと思うから。



私は基本在宅仕事なのですが、最近食べるのがしんどくなってきました。。3食とかなんか…多い。在宅仕事だと動きませんからね。。食べたくないなら食べないでおこう、癖で食べちゃうけど(笑)

栄養とらなきゃって思いがちだけど、摂取しなくちゃも大事にしつつ、何をやめるかもとても大事だと思います。


何かする、摂取する、動く、得るということも素晴らしいし大切なことだとは思いますが、何もしない、摂らない、動かない、手放す(削ぐ)という事も効率的なんですよね。

実は非常に合理的。でも幸せを感じやすい。

握りしめてるものを手放すと、無理してどうにかしなくても、自然と自分が望む形におさまっていきやすい気もします。



今の自分を知る。受け入れる。

それは等身大の自分を知るということ。


人と違っていいと思います。

自分の幸せは人とは違います。

そして社会の枠・常識・普通にははまらない。

誰かが『それで大丈夫?』と言ってきたとしても、自分の心が幸せならそれが正解。自分の心と身体が知っています。その声は必ずよき方向に導いてくれています。


何を食べても食べなくても、何時に寝て起きても、いつ働いても働いてなくても、動いていても動かなくても、身の回りがどうであろうと、何をしていようとも、各々の心が幸せならそれでいいのだと思います。


等身大の暮らしで満足出来る心って、人と比べないこと。

そして人のことはいい意味で『どうでもいい』と思えることなのだと思います。

それは『自分に集中すること』であって、そんな感じで

わたしはわたしでなるべくいることが出来れば、幸福感は自然と感じられる気がしています。



槇原敬之さんの『遠く遠く』という曲があります。その一節に

大事なのは変わっていくこと 変わらずにいること

というものがあります。

私たちは柔軟に変化していかなくちゃいけない、でも大切なものは変わっちゃいけない。いつも胸に留めています。

変化しつつも等身大で生きたいと思っています。








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