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詩とおもう(スケッチ)

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情景やら心象やらを集めました。
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2019年6月の記事一覧

あめ(2019.6.22)

わたしは人のかたちをした雨 乾いているように見えて実はずぶ濡れだ わたしの外でも雨が降る日は 誰からも見えなくなっているので あたりまえだが誰も気づかない だから 雨でありながらも傘をさして ことさらに人のかたちをアピールする 雨です 雨です 歩いています 人みたいに 人みたいに 生きています わたしの外が晴れている日は そうご明察 日傘をさして 人です 人です 歩いています 雨だけど 雨だけど 生きています 物心ついたときから 降り続いている雨が止むとき 日傘も雨傘も

底(2019.6.15)

埋めても埋めても 突き破ってくる 怒りと憎しみと恐れと 埋めても埋めても 湧き上がってくる 悲しみと後悔と絶望と パンドラは それでも希望を残した わたしの箱には底がない 神話ではないから 生きている限り 滾滾と うみ続ける ひび割れた古木の根元から 噴き出す緑の若木 埋めても埋めても 己を終われないことに われ知らず 震えている

開く(2019.6.12)

月齢8.7の柔らかな楔は 眉間に落ちるやいなや 鰯のように易易と わたしを手開きにした 開いた胃の腑から 朝の青空に背を向けた報いが 零れ落ちては 星空の真似ごとをはじめた やがて 幾つかの星座を結んだ それは 天に掲げられたものと 成り代わろうとした わたしは ただ みていた 死んだ鰯のような目で 神話だった星空に 乾いた血が 刻まれていくのを 誰のものでもない わたしの血が

迷信(2019.6.5)

枇杷は その種を植えた人が 死んだときに 実を結ぶのだと 教えてくれたのは父だ 以来 実をつけた枇杷の木を見ると ああ誰か死んでいる と思うのだ その誰かは 自分が植えた枇杷を 食べることも 見ることも 叶わなかったのだと 靴下を履いて寝てはいけない 親の死に目に会えないから ご飯粒を残してはいけない 目が潰れるから 夜に爪を切ってはいけない 不吉なことが起こるから もし父が 枇杷を植えていたのなら どこかで たわわに実っているだろう 靴下無しで眠れないわたしは それを見

座標(2019.5.25)

高架下へと続く 人気のない路地で 男が振り返るのを わたしは 走る電車から見下ろしていた 距離と速度 緯度と経度 時間と事情 次の駅で わたしは電車を降りる 振り返った男は 振り返るのをやめて 向かう場所がある にわかには信じがたい けれど恐らく これこそが 星の歴史 距離と速度 緯度と経度 時間と事情 ひとつながりの座標

かいこう(2019.5.21)

混雑した駅のホームで 一匹の蚊が 脇目も振らず わたしをめがけて飛んできたとき デュシャンを待つまでもなく この邂逅こそが 宇宙開闢以来の奇跡でなくて なんであろうと わたしの血で 腹を膨らましていく蚊を 瞬きも忘れて 見つめていた しかしながら 芸術は永遠を好まない それは 小さな痒みを覚えた頃合い 自身の体液と 吸い出したばかりの血に塗れ わたしの手のひらで 赤黒まだらの染みとなった 宇宙開闢以来 連綿と続いていた この蚊に至る生命の連鎖を わたしは断ち切ったのだ なにが