見出し画像

ふたりは若い

第1回

夕方。

勝と智恵美の家。

キッチンで恵美と智恵美が、
ハンバーグを作りながらしゃべっている――。

恵美は、勝と智恵美の娘。

智恵美「嫌よ、シンガポールなんて!」

恵美「お母さん」

千恵美「あたしは、嫌よ。
お父さんの意見も聞いてみて」

恵美「私からは、聞けないわ」

千恵美「あたしからも、聞けないわよ。
“シンガポール”よ。
お父さん、ブッ飛んじゃうわ」

恵美「透さん、お父さんにも、お母さんにも、
ついて来てほしいって…」

千恵美「透さんの転勤、いつ?」

恵美「3ヶ月後」

千恵美「すごい急ね」

恵美「商社マンだもの。
しょうがないわよ」

千恵美「あたしは、ついて行かないわよ」

恵美「今、お父さんは?」

千恵美「ウッズの散歩!」

恵美「そろそろ帰って来る頃ね」

千恵美「大体、アレよ。駄目よ!
あたし、英語しゃべれないのよ、全然!」
 
と言って、“ジュッ”と、
ハンバーグをフライパンに入れる千恵美。
 

第2回

キッチン

恵美「お父さんが、帰って来た! 
ウッズと喋ってる」

千恵美「ほっときなさい」

玄関

何故かシンガポール行きのことを知っている勝。

勝「ウッズ、わしはシンガポールへ行ったほうがいいか?」

ウッズが、"ワン"と吠える。

勝「ワンじゃ、分からないだろ。このボケ!」
と言って、ウッズの頭を殴る。

ウッズが、"キャン"となく。

勝「キャンじゃ、余計に分からないだろ、ウッズ」

ウッズが、"ウー、ワン"と吠える。

勝「怒っているのか? ウッズ? 
行ったほうがいいか? わしは」

キッチン

恵美「お父さんが、ウッズをいじめてる」

千恵美「ウッズに相談しても、しょうがないのにねェー。お父さんたら…」
 

第3回

朝。
晴。

ウッズと散歩している勝。

勝「あ、谷口さん!」

谷口も犬を連れている――。

谷口「これは、これは、勝さん!」

勝「奥さんが亡くなれてから、初めて会いますね」

谷口「そうですね」

勝「これから、どうなさいます?」

谷口「奈良の施設に行くことにします!」

勝「えっ、"奈良"ですか!」

谷口「環境がいいですからねー」

勝「えらい遠くへ行くのですねェー」

谷口「前々から考えていたのですよ。妻が入院したときから」

勝「へえー。わしには、チョット無理ですわ、奈良は」

谷口「勝さんは、どうなさいます? シンガポール?」

勝「まだ、結論が出てません。じっくり考えるつもりです」

谷口「それがいいですよ。
じっくり考えましょう!」

勝「じっくり考えて、結論が出ればいいんですが…」
 

第4回

勝の家。
朝。

勝「谷口さん、奈良の施設に入るそうだ」

千恵美「大英断ね!」

勝「そうだな」

千恵美「奥さんも連れて行ければ良かったわね」

勝「わしは、田舎へは引っ込めないなー」

千恵美「都会育ちの欠陥ね!」

勝「恵美に施設を探してもらうか?」

千恵美「それしかないわ」

勝「近くであれば、いいのだが…」

千恵美「恵美に探してもらいましょ!」

勝「電話してくれるか?」

千恵美「電話してあげる」

勝「いいとこがあるように、祈るしかないなー」

千恵美「ホントね!」
 

第5回

勝の家。
昼。

千恵美「アタシ、英語の勉強をする」

勝「何だって?」

千恵美「ラジオの『基礎英語』から、やってやる!」

勝「行くのか、シンガポールへ?」

千恵美「恵美に電話したときに、説得されたの」

勝「行くか、行かないかを、聞いているんだ、わしは」

千恵美「行くわ」

勝「えーっ!」

千恵美「どんどん、英語の勉強をするつもりよ、アタシ」

勝「わしを残して行くつもりか?」

千恵美「そうよ」

勝「勝手ななこと、許さないぞ、わしは」

千恵美「アタシの勝手だから、勝手にする」

勝「おいおい。頼むぜ、千恵美。頼むぜ!」
 

第6回

郊外。
老人向け施設。

昼。

勝と千恵美と恵美が、老人向け施設を訪れている。

勝「アレだな。なんだか全体的に窓の位置が低くないか?」

恵美「低いわよ」

千恵美「車椅子の人もいるんだもん。
低くて当たり前!」

勝「わしは、ぜったい車椅子には乗らないぞ」

千恵美「そんなこと保証できないわ」

勝「なに!」

恵美「お父さん、ウォーキングもやめちゃったじゃないー。
保証できないわよぉー」

勝「ここに入る条件は何だ?」

恵美「一人で食堂まで来れることよ!」

勝「それぐらいのこと、やってやる」

千恵美「お父さん、どんどん衰えていってるからねェー。
ずっとできるかどうか、分からないわよ」

勝「わしを脅かすつもりか? ふたりとも」

千恵美、恵美「そうよ!!」
 

ここから先は

720字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?