「村から追放された少年は女神様の夢を見る」第十五話
カランカラン・・。
ドアが開いた。丁度お客様が途切れて、お昼休みをしようかと言っていた頃。
「ここにグリーンくんはいるかね?」
初老の男性。茶色の髪に白髪が目立つ。何処かで見たことのある人、誰だっけ?
「ぼくですけど・・?」
「今更で申し訳ないのだが、グラス村に戻ってもらえないだろうか?」
杖をついた初老の男性が、急に両手を合わせてきた。え?村?もしかして。この人は村の人なのか?生まれ育った、グラス村。最近は忙しくてすっかり忘れていたけど。
「わしは、村の代表としてここに来た。君のお父様は立派な方じゃった」
思い出した。父が生前生きていた頃よく家に来ていた人だ。確かネイビスと言っていたっけ。ぼくは直接話をしたことはなかったけど。
「虫のいい話だと言うのはわかっておる。追い出されたとき気づいてやれなくてすまんかった。どうか村を助けると思って・・」
村を助ける?何かあったのだろうか。
「どうしたのですか?ぼくがいなくても、村は十分やっていけるでしょう?ぼくはまだ15歳で、まだまだ子供ですよ」
村は昔から果実で生計を立てている村で、特に貧しくは無かったはずだ。ネイビスはぼくに頭を下げた。
「最近は若者離れが酷くてのう・・村おこしの為に、この店を移転してくれないか」
この町でぼくの店は有名になっていた。噂はグラス村でも広がっていたらしい。そっか、何か裏があるとは思っていたけれど。
「「ちょっと待った!」」
外から声が聞こえてきた。ドアを開けて入ってきたのはガタイの良い男性。
「グリーンはこの町の英雄だ。町から出すわけにはいかない。ぜひ冒険者ギルドに来てもらいたい!」
30代くらいに見える男性は、精悍《せいかん》な顔つきで赤い髪をしている。目つきが鋭く声が大きい。腰には剣を差している。
「俺はラオ、冒険者ギルド長をしている。今まで冒険者たちがグリーンの回復魔法に世話になってきたからな。ギルドでは高額の報酬を約束しよう」
ラオは腰に手を当てて、ぼくににやりと笑いかける。
「ちょっとお待ちください」
またしても声がかかる。外にはいつの間にか馬車が停まっていて、華奢な男性が降りてきた。
「「大神官様!」」
大神官と呼ばれた優男《やさおとこ》は店に入ってきた。アリスが目をまん丸くして驚いている。白いローブをまとった銀髪の男性が目を細めて微笑みかけた。まだ20代くらいに見えるが。
「おや、アリスさんじゃありませんか。教会を辞めたと思ったらこちらにいたのですね。また後でお話ししましょう。さてグリーン様は、是非我が大聖堂にいらっしゃるのが一番かと思われます。魔法での大活躍もお聞きしておりますよ。いかがですか?」
大神官はアリスを見て微笑んでいる。
以前、教会でエリアヒールを使ったことが伝わっていたのだろうか。シルビアに聞いたところ、あれは国宝級の魔法で現在使える人はいないらしいのだ。うかつに使う魔法じゃなかった。
「何なんだ・・一体・・今日は・・」
一人を相手にするのも大変そうなのに、同じ時間に三人も一気に押し寄せてくるなんて。
「なんか頭痛くなってきた・・」
今日は一体何だろう。
「グリーンは体調が悪いようなのでお引き取り下さい」
アリスが営業スマイルで微笑んだ。
「え?ちょっとアリスさん・・まだお話が・・」
「年寄りを追い出すでないわ」
「この女意外と力が強いな?」
アリスが店から、三人を力ずくで押し出した。普段、畑仕事をやっているから華奢の見た目の割に腕力が結構あったりする。
シルビアが慌てて、ドアを閉める。ドアには休憩中の札をかけた。
バタン!
お店のドアは閉められてしまった。グリーンに会いに来たら、アリスがいた。これは一体どういう事だろう。
「若造、お前のせいで追い出されたじゃないか!」
「何を言ってるんだ?誰のせいでも無かろうよ」
老人と、ギルド長はなにやら言い争っているがわたしには関係ない。アリスの事を少し調べてみるとするかな。大神官なので周囲の人間を調べるのは造作もない事だ。
「今日は日が悪かったみたいですね。皆さまそれでは失礼しますね」
わたしは白いローブを翻して馬車に乗り込んだ。またここに来ればいいだけの事だ。
「アリス、大神官と知り合いなんだ」
「ああ、うん、そうだけど?」
わたしたちは奥の休憩室で昼食を取っていた。いつもなら楽しい時間のはず・・なんだけど。いつもよりグリーンの口数が少ない。気のせいだろうか?もくもくと料理をたべるグリーンに、シルビアも異変を感じているらしい。
「このスープ美味しいですね」
シルビアがグリーンに話しかける。
「そう?」
グリーンが首を傾げて短く答える。「何を言ってるんだシルビアは」とでも言いたげな感じだ。
「どうしたのグリーン。何か気に入らない事でもあった?」
私はたまらず口をはさむ。
「え?別に何も無いよ」
大神官って美形だったな。ぼくはそんな事を考えていた。アリスの知り合いだと言う。アリスは教会で働いていたシスターだ。知り合いでもおかしくはない。おかしくないんだけど。
ぼくは黙ってしまっていた。食事中、二人に話しかけられたが、話しをしたくない。自分でも機嫌が悪いのはわかっている。でもイライラする。
「ごめん。ちょっと外出てくる」
食事を残して、ぼくは店を飛び出した。町を目的もないまま、ぶらぶらと歩く。分かってる、これは嫉妬だ。ぼくはいつの間にか、アリスの事が好きになっていたみたいだった。
「頭を冷やした方が良いな・・」
いつの間にか町の噴水の前に来ていた。ぼくがずっと不機嫌だと、仕事にならない。
ぱしゃん!
ぼくは、冷たい噴水の水を頭からかぶった。
「風邪引いちゃうでしょ。何やってんの」
後ろから追いかけて来たのか、アリスが困った顔をしていた。
「・・ごめん」
「風邪引かれたら困っちゃうんだからね」
アリスがぼくを抱きしめる。
「服が濡れちゃうよ・・」
「いいのよ。このくらいなんてことないわ」
ぼくって何て心が狭いのだろう。温かいアリスの体温を感じていると、気持ちが落ち込んでいたのが元気になってきた。ぼくってゲンキンだな。
「グリーンはそのままでいいのよ。誰がどうとか気にしなくて良いの」
アリスは、まるでぼくの心の中を読んでいるみたいで・・少し恥ずかしくなった。
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