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「書く習慣」1ヶ月チャレンジ Day7

「最近悩んでいること」

悩んでいること……正直に言って「最近悩んでいること」というのを見て、書くことが思いつかなくて悩んでいます。
悩んでいることって私はあまりないのです。
なぜかというと、まず困ったことがあるときに私は自動的に、自分でどうにかできること、自分でどうにもできないこと、に振り分けているからだと思う。

自分でどうにかできること、というのは自分が頑張ったらどうにかできること。
やり方を変えるとか、考え方を変えるとか、行動を変えるとか、そういうこと。
ここに他者は介在しない。あくまで自分のやり方、自分の考え、自分の行動、そういったものを変えるということ。
私が頑張って説得したらあのひとの考え方を変えられるんじゃないかとか、私が頑張ってやり方を教えたらあのひともできるようになるんじゃないかとか、私が頑張って〇〇したらあのひとも◆◆してくれるんじゃないかとか、そういうのはすべてここに入るものではありません。
あくまで、たとえば私が早起きすれば何とかなるとか、私が練習すれば何とかなるとか、私がこの仕事のやり方を変えたら何とかなるとかいうこと。
せいぜいが、上司に伝えてこの仕事の担当を私にしてもらうとか、この仕事は〇〇さんの方が得意だからそちらに振ってもらうとか、あのとき▲▲ちゃんがこれをやってたから教えてもらおうとかその程度。

自分でどうにもできないことは、なにをどうやってもどうにもできないのだから、あまり考えないことにしています。
上司がパワハラでどうしようもないときなんかは、こっちの部類。
去年までは仕事が忙しすぎたし、上司が自分はいい上司と思っている、その実パワハラさんだったのてまさにこれでした。何を言っても上司には響かないし、仕事の割振りを変えるという考えもないようだし、でも自分はすごく部下のことも考えて頑張ってる!という感じだったので、それについては考えないことにしていました。
ただし、私の場合4月に異動が確定していたのでできた話。
あと一年同じことやれと言われたら反乱を起こしていたし、反乱の起こし方となるとそれは自分で何とかできることになるので、このカテゴリからは外れてしまう。

つまり自分の行動で何かを変えられるものは、自分でどうにかできること。
自分の行動で何かを変えられないものは、自分でどうにかできないこと。

反乱を起こせば課の仕事のあり方について外部も含めた問題提起になるので、何かを変えることが期待できる。⇒自分でどうにかできること。
だけど、説得して上司の考え方を変えさせる、というのは、実力行使よりも相当面倒だし効果が図れないし、そもそもこちらが言うことが正しかったとしても他人の考え方を変えることはとても難しいことはわかっている。なので、私が頑張ったからと言って何かを変えることは必ずしも期待できない⇒自分でどうにもできないこと。

私はそんなふうに考えています。
だから、自分でどうにかできることがあれば、具体的にどうしようかと考える。
自分でどうにもできないことであれば、考えたってしょうがないので考えない or 考えるにしてもせめて自分は(もしくは同じく巻き込まれている誰かが)少しでも心地よくなるには具体的にどうすればいいかを考える。

ということになるので、悩んでいるという状態があまりないんですよね。

自分が病気をしたときも、手術をしてくれるのは先生。手術を受ける準備を手伝ってくれたり、その後のケアをしてくれるのは看護師さんや理学療法士さん、介護士さんたちなので、その辺は考えるよりも有識者に頼った方がいい。
だけど自分が病気をして、今後どうするか、何が必要か、そういうことを考えるのは自分であり、だからそれは具体的にどうするかを考えていく。
という感じでした。

というわけなので、悩む、ということが私にはあまりない。

若かりし頃はもうちょっとあったかな。
例えば恋愛とか。
あのひとが好きだ、告白しようかどうしようかとか。
こういうふうに言ってくれる相手がいるんだけど、これってどういうことだと思う?とか。
そして就職。
将来はどういう方向に進もうかとか。
それ以前の進路を決める時点でまったくつぶしが効かないところにしたので、就職氷河期じゃなくても悩んだんじゃないかとは思いますが。

だけど年を重ねて来て、自分の考え方や好み、大なり小なりこんなふうになれたらいいなという目標、そういったものが見えてきたので、悩むよりはどうすればそれらが実現できるか、を考えるようになりました。

目標の方向へ近づくにはどうすればいいか、自分が心地よくあるためにはどうすればいいか。
その結果として次に取る方法が、たとえば「逃げる」であってもいいと思うんですよね。
あくまで、自分の目標の方向に近づく、自分がより心地よくある、ことが目的なのですから、前に進むだけでなくそこから離れるとか、いったん後退するというのもひとつの方法。
さっきのパワハラのことですけど、我慢するか告発するかという選択肢がありますが、そのどちらも選ばずに逃げるということもありだと思う。

話が逸れちゃったかな。
では「悩む」に話を戻して。

いくつかの道を考えて、そのどれを選ぶか決めかねているのならば、その状態は悩んでいるということだと思う。
どの道かを選んでさえいれば、次に来るのは、そちらに行くにはどういう方法があるかという具体的なことになるので「悩む」ではなく「考える」ということになるのかな。
そうして私の場合は、すでに自分の考え方や好み、目標、そういったものがある程度定まっているので「悩む」部分が少なく「考える」部分が多くなっているのではないかと思います。

そうすると、いまの私には特に悩んでいることはないんじゃないかという結論になってしまうのです。

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