『マーダーボット・ダイアリー 上・下』感想

『マーダーボット・ダイアリー 上』マーサ・ウェルズ 創元SF文庫 2/12読了
『マーダーボット・ダイアリー 下』マーサ・ウェルズ 創元SF文庫 2/20読了

ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞の三冠を獲った第一作を含む中編集。上巻・下巻にそれぞれ2編ずつ収録されているんだけど、読んでいてとても読み終わるのがもったいないと思ったシリーズでした。面白かった!!

これはいろんな方が言われているけれど、話そのものも面白いんだけど、訳者さんがボットの一人称を弊機としたのが素晴らしいと思う。原書ではボットの一人称は「I」なんですよね。「私」でも「僕」でもよかったはずなのに「弊機」としたのが、とてもこの作品と弊機の性格をあらわしていて素晴らしいです。

主人公の弊機は警備ボット。自称「マーダー<殺人>ボット」。どうしてそんなふうに自称しているかというと、過去に起きた事件(ボットがトラウマになるほどの事件)でどうやら大量殺戮したらしいから。
らしい、と本人(?)も言っているとおり、その事件の記憶はボットにはないけど、ニュースなどを見る限りそのようだということ。
ボットというのは、たぶんわかりやすく言えばロボットみたいなものだと思います。身体を構成する物質に有機体も含まれているので、日本でロボットと言って思い浮かべるものとは少し違う気がするけど。
その弊機の一人称丁寧語で物語は進んでいきます。

警備ボットは持ち主である警備会社の統制モジュール(マザーコンピュータやAIのようなものと思われる)の支配下にあり、契約に従い顧客を守るのが役目です。個人の所有のボットもあるようだけど、それもまたどこかの、もともとの持ち主の警備会社なりのモジュールの支配下にあると思われます。
しかし弊機は統制モジュールをハッキングしてその支配から抜け出し、抜け出したことに気づかれないように統制モジュールを欺いたり、乗っている宇宙船をハッキングしたりと、自由を謳歌しています。
そういうと好き勝手なことをしているみたいだけど、実際は人間嫌いの引きこもりで、なのに人間の命令や頼みを拒むことはできない性格。守るべき人間が危機に陥ると、ぶつぶつと文句を心の中で言いながらも助けに行ってしまうのです。
その弊機が大好きなのが、好みのドラマを延々観続けること。弊機にとってはお気に入りのドラマに「耽溺」しているのが一番幸せで、次から次に思うがままに観ることができることが自由を謳歌していることになるわけです。

ボットだから人間よりも丈夫で、たいていの傷はそれなりの機器があれば修復可能、かつ、敵の戦闘ドローンをハッキングしたりもできるものだから、顧客を守るためならぎょっとするほど無防備に敵の前に身を投げ出したりもする。そうしながら、人間に対して敵に対して心の中でボヤいたり、ドラマを見ていられたらよかったのになんて思ったり、偏光スクリーンのついたヘルメットをかぶっていられたら弊機の表情を隠しておけたのに、なんて思ってたりするのがとてもかわいい。
とてもかわいいなんていう内容じゃないかもしれないけれど、こればっかりは読んでみて、としか言いようがない。ほんと弊機がかわいいんですよ。
そして「弊機」という一人称が、その可愛さをより増していると思う。弊機が丁寧語で話すのも。

そんな弊機が人間から寄せられる友情や、それに似た感情に戸惑っているのがまた可愛くて良い。
2話目で乗り込んだ大型調査船のAI(弊機はひそかにART(不愉快千万な調査船-アスホール・リサーチ・トランスポートと命名)との会話もすごく良かったなぁ。
宇宙船のAIだから実態を持っているわけではないんだけど、弊機曰く、肩越しに覗き込んでいるような感じで、二人でドラマを見ているのとかすごく可愛くて好きでした。

上巻の1話目で弊機はある意味、運命の出会いを果たす訳ですが、下巻の2話目(=4話目)はその1話目に出てきた人たちが再登場。彼らと弊機の関係性、好きです。弊機が彼らの示す感情や表現に戸惑ってるのも可愛い。

そして弊機が自分をマーダーボットと言う理由と、その真実にも迫る内容でした。まだ謎は全部解明されてないけど。
謎はまだ解明されていないけど、だからこそ続きが期待できるし、ぜひ読みたいです。

4話目で弊機は少しばかり身体的にも精神的にも休息の場所を得たわけだけど、残されている謎にも取り組んでほしいしまたARTと組んでいろんなことやってほしいな。

ところで下巻に載っていた解説で、弊機のことを「彼女」と表現されていたんですが、そうなの?
ボットには性別はないし、もちろん解説にもその旨は明記されていましたが、解説を書いた方は弊機に女性性を感じたということなんでしょうね。
私は弊機のことを少年ないしは青年の入り口にいるくらいのイメージを持っていたのでびっくりでした。
ちょっとググってみると弊機とARTに百合めいたものを感じた人もいたようで、弊機は女の子のイメージなのかなぁ。言われてみれば表紙もちょっとそんな気がしなくもない。確かに弊機とARTはほのかな百合っぽいと言えば言える関係性だけど。

原作者は日本語版のカバーがマンガみたいだって喜んでいたので、もしかしたら今後そういう展開もあるかもだけど、がっつり女の子よりも中性的な感じにしてほしいと個人的には思います。勝手な意見だけど。

というわけで、この『マーダーボット・ダイアリー』。
人間嫌いの弊機が、なのに自分に感情を寄せてくる人間にも、自分の中にある彼らに寄せる感情のようなものがあることにも戸惑いつつ、前向きではないにしろ、ともかくも第一歩を踏み出すのが良かったです。

私はロボットやAIの出てくるお話が大好きなんですが、弊機はそのなかでも一気にトップクラスに躍り出たくらいに好みです。
この本の感想でアン・レッキーの『叛逆航路』を出す人が多いんだけど、叛逆航路のAIのブレクとマーダーボット・ダイアリーの弊機は好対照で、どちらも大好きです。
続編が早く読みたいな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?