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電動キックボードは免許不要に - 呆れてしまう改正道路交通法の内容

7月1日に改正道路交通法が適用され、「特定小型原付」という新しい区分が作られた。最高速度20kmのほか一定の保安基準さえ満たせば、運転免許どころかヘルメットもバックミラーもスピードメーターも不要ということだ。

案の定、この数日だけでも電動キックボードの事故や飲酒運転が複数報道されている。今回の法改正には批判的な意見も多く、あるSNS投稿の分析では「電動キックボード」関連ツイートの90%がネガティブな内容だったという(*1)。僕はといえば、怒りを通り超えて呆れている。

本来、電動キックボードはとても便利なモビリティだと思うし、今後シェアリング・サービスも積極的に利用したいと考えていたんだけど、まさかこんなことになるとは。

免許不要の新区分「特定小型原付」

16歳以上なら誰でも、免許なしで運転できる

そもそも「特定小型原付」という新区分は本当に必要なのか。個人的には、これまでの原付一種(50cc)と同じ扱いが妥当だったように思う。百歩譲って、少なくとも運転免許は必要だと考えるのは僕だけではないはずだ。

SNSには電動キックボードが交通ルールを平然と無視する姿がいくつもアップされている。逆走に信号無視、フラフラと勝手に車線変更したり車道と歩道を行き来するように走行したり……言葉を失ってしまう。

運転免許不要とは言うけれど

免許は不要と言いながら、「特定小型原付」の運転には二段階右折や道路標識に従うことが義務づけられている。運転免許、必要でしょう。免許を持っていない人の中に、標識や二段階右折についてきちんと理解している人がいったいどれだけいるというのか?

そもそも改正前、原付と同じ扱いだった頃から違反が多かったにもかかわらず、なぜ免許不要にしたのか。理解に苦しむところだ。

ちなみにもし違反した場合、免許不要なのでいわゆる点数制度は対象外。飲酒運転など一部の悪質な違反は刑事処分の対象にもなるが、それ以外の違反は反則金、繰り返したら違反者講習の受講といった程度だ。

周囲が理不尽な危険に晒されてしまう

今回の法改正は、誤解を恐れずに言えば電動キックボード=自転車以上・原付未満と解釈することもできる。もし接触事故が起きたとき、実際の過失とは関係なく「基本過失割合はクルマの方が大きい」なんて言われた日には、被害者は完全にクルマの運転手だろう。

クルマの運転手からすれば、速度域は違うし挙動は読めないし、さらに交通ルールやマナーを知らない/無視する運転者がすぐそこを走っている状況なんて怖くてしかたがない。

ただでさえ、ちょっとした段差に車輪をとられて目の前で前触れなく転倒する可能性だってあるのだ。電動キックボードの運転者はもちろんだが、その周囲が理不尽な危険に晒されている。

なぜ免許不要に? 危険な実験データは無視

ある記事(*2)では警察庁に送った質問状への回答と合わせて、埼玉県警で行われた走行実験とそこから導き出された信じられない結論について触れている。

免許の有無で比較、違反回数には4倍近い差があった

免許あり/なし50名ずつ、計100名が参加した走行実験では、運転免許の有無で比較した違反回数に全年齢層で大きな差があった。主なユーザー層と見込まれる年齢層(18-39歳)では、その差は4倍近くに上ったという。

にもかかわらず、その後の有識者による検討会報告書では「多くの違反ではさほど差が見られず、全体的には運転者の運転行動に大きな差はなかった」、「個々の違反行為では大きな差が生じているものもあるが、これらはもっぱら交通ルールに関する知識の差が要因となっているものと考えられる」と結論づけられたというのだ。

実験結果と報告書の内容に大きな矛盾があるのはなぜだろうか。それは恐らく「推進ありき」の結論づけがなされたからだろう。

なんのための運転免許制度だと思ってるんだ

運転免許の有無によって「交通ルールに関する知識」に差があるのは当たり前だ。その差をなくし、運転者全員が安全に運転するための知識(と操作)を身につけるために運転免許という制度が存在するのだ。そこに差がある人=交通ルールの知識やモラルが不足/欠如している人には運転させない、そうすることで交通の安全を担保する。だからこそ、運転免許が必要なのではないか?

この記事の筆者は、前述の実験結果を受けて「電動キックボードを免許不要の乗り物にすることが、多くの違犯や事故、そして死傷者を増やすことは容易に予想できそう」と綴っている。全く同感である。

歩道走行の特例区分は必要なのか?

さらに、もうひとつ「特例特定小型原付」という区分も作られた。これはモーターの制御などで最高速度を6km/h以下に制限することで、本来「特定小型原付」として車道を走行するキックボードも(切替可能なモデルは)その場で走行モードを切り替えられるというものだ。

モードを切り替えると、そのまま歩道を走行できるようになるという。そのために「最高速度表示灯」という謎の仕様まで用意された。この表示灯は車道走行時は点灯、歩道走行可能な状態だと点滅するそうだ。

「それは危険だ」と本当に誰も思わなかったのか?

小さな娘を持つ父親として、今回の道交法改正に携わった人たちは何を考えているのか理解できない。免許不要・ルール無視の電動キックボードが歩道上で小さな子どもや老人を含む歩行者と接触事故を起こす可能性について、本当に全く考えなかったのか。誰も異を唱えなかったんだろうか。

それとも、他のこと(何だろうね)を優先するあまり、安全ではない可能性から目をそらしたんだろうか。

運転者のモラルだけではない。そもそもタイヤ径の小さいキックボードは小さな段差にも弱い。車輪のサイズが少し違うだけで、日常生活にある段差の難易度は本当に大きく変わるのだ。僕は1年ちょっと前までベビーカーを押していたから身をもって知っている。

ネット上にはキックボードの転倒シーン動画が多数アップされているが、歩道との境目やちょっとした段差に車輪をとられバランスを崩して転倒、というパターンが多いのも頷ける。転んで怪我をするのは自己責任だが、歩行者が巻き添えになったらどうするのか。有識者による検討会はこういうことについて本当にきちんと議論したのか? 甚だ疑問である。

世界中で規制が強化される中、なぜ日本では……

電動キックボードの先進都市として普及が早かったパリでは2018年にシェアリング・サービスがスタートし、その後200万人以上が利用したとも言われていたが、やはりルールやマナーの無視、事故の増加、車両の放置などが問題視されるようになった。

この状況を受け、パリでは今年の4月にレンタル電動キックボード禁止の是非を問う住民投票が実施され、投票率こそ低かったものの約90%が禁止を支持。この結果、パリ市長は9月以降、レンタル・サービスを禁止すると表明した(*3)。

そんなパリでさえ、電動キックボードの歩道走行はそもそも認められていなかったのだ。今回、わざわざそのための新しい区分や仕様を捻り出してまで歩道を走行できるようにする必要があったのか? ないよね。全くない。

世界的に見ても、例えばシンガポールでは2019年までに車道・歩道とも走行禁止に、モントリオール(カナダ)でも2020年に電動キックボードが全面禁止された経緯があり、ほか各国/各都市でも規制が強化されている。

そのような情勢下、なぜか真逆の規制緩和に踏み切った日本。新型コロナワクチンの状況となんとなく重なって見えるのは気のせいか。今回の改正道路交通法は業界や利害関係者に後押しされた歴史的な改悪だと個人的には考えている。

日本でも是非を問う住民投票をやってくれないかな。


*1
9割が批判? 急速に進んだ電動キックボード規制緩和への違和感 - ITmedia ビジネスオンライン

*2
なぜ警察庁は「免許不要」にしてまで電動キックボードを普及させたい? 危険な実験データ公開! 緩和理由を警察庁に聞いてみた! - くるまのニュース

*3
パリのレンタル電動キックボード、住民の90%が禁止を支持 - CNN

参考:
特定小型原動機付自転車(いわゆる電動キックボード等)に関する交通ルール等について - 警察庁

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