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私たちは他人

ベッドから起きられない。
隣に男がいる。名前なんだっけな。

私は男のそれが朝勃ちしているのを見て、パンツを脱がせてあげた。大きい。見るからにカチカチだ。仰向けに寝ている男のそれを口に加えた。

朝からセックスするのが好きだった。
男が私のフェラチオに気づいた。「何してんだ」と笑っている。私は「朝からこんな大きいものを舐められるなんてうれしい」と変なことを言っている。口から自然にいやらしい言葉が出る。いやらしいというか、男が喜びそうな言葉が自然と出る。

遮光カーテンのせいで朝日が薄い紫色だった。ココが吠えている。朝ごはんが欲しいんだ。この部屋には今、入っちゃだめ。もう少ししたら朝ごはんあげるからね。

私は男にまたがり、それを挿れると、自分でも驚くぐらい激しく動いた。この男のは長いから、奥に当たった。

「ごめんね。痛い?」
そう聞くと、男は「気持ちいいよ」と答えた。

この男はバッグでするとき、私のお尻に親指を入れるのが好きだった。私はお尻に親指を入れられるのが嫌いだった。うんちがついてたら恥ずかしいし、気持ちよくもない。でも、男がそうしたいならすればいい。

男は射精しなかったが、そんなことはどうでもよかった。
一緒にシャワーを浴びて、軽い朝ごはんを食べた。

「ココも食べてるね」
男が言うので、私は嬉しくなった。

ココに優しくしてくれる男は、みんな好きだ。チワワが嫌いな男もいる。「犬って大きいほうがいい」そんな風なことを言う男も何人かいたが、しばらくするとココの可愛さに気づいて、優しい顔になっていく。そうすると私もその男のことを好きになっていく。

横浜のこの部屋。私は気に入っている。
古いけど、3LDKで80平米近くある。
一部屋はクロークにしていて、私のものと、その時その時の男の荷物を置いたりしている。リビングの先のベランダには灰皿が置いてある。本当は共用部分だからダメだけど、来る男の半分以上はタバコを吸うし、ベランダで吸っても誰からも何も言われない。

今日は仕事がなかった。昨日は東京ビッグサイトで開かれていたモーターショーに出ていた。と言っても、レースクイーンみたいな仕事じゃなくて、受付。受付だってそれなりにきれいじゃなきゃできないんだから。私みたいにそういう事務所に所属してないとできない。

いつの間にか男は部屋からいなくなっていた。「じゃあね」と言われた気もするが、反応したか思い出せなかった。ココが朝ごはんを食べ終わって、座ってこっちを見ている。かわいい。この子のために私は生きている。

夜は会食が入っていた。というか合コンみたいなものだ。同じ事務所の友達の沙也加に、男二人との食事に誘われていた。沙也加は私の2個上で、結婚に焦っていた。でもそんなこと関係なく誰とでもセックスするから、多分今日もそういう風な流れだろう。

新橋のタイ料理屋。
沙也加と一緒に歩いていくと、すでに男たちは到着していた。一人は坊主で、一人は髭だった。私たちよりも若かった。二人とも34歳と言っていた。坊主の男は多分結婚している。髭のほうはよくわからない。座り位置から、なんとなく私は髭担当になった。

何を話したか思い出せないけど、タイ料理屋でお酒をたくさん飲んでから、近くにあるカラオケに行った。「私たち何してんだろう」沙也加と目が合うたびに、そういう意図の目くばせをする。まぁでもよく考えたら、こんな日の連続だった。

そのあと、坊主と沙也加は新宿のほうに、髭と私は渋谷に向かった。タクシーの中で「ホテル行きませんか」と髭が言ってきた。私は「いいけど」と答えた。いいけどって変な答え方。でもそれ以外に答え方を私は知らない。

神泉のほうのホテルに入った。髭は相当酔っていたようで、ベッドで寝そうになっていた。私は髭をたたき起こして「おい、寝るなぁ〜」と甘えた。実際寝られたら困る。私は、セックスも男も大好きだった。

髭は眠りそうになりながらも、私の体をまさぐり、服を脱がせようとした。でも私はそれを拒否して髭にまたがった。後ろを向いた騎乗位。この体位って、なんていう名前なんだろう。もしかしたら名前もない体位なのかもしれない。

髭はこの形での騎乗位が初めてだったみたいで、驚いているようだった。

今日に限らず、私は最初にこの体位から始める。

なんでかっていうと、私には胸がないからだ。よくみんな「胸がない」という言い方をするけど、私の場合、本当にない。そこら辺の男よりもない。AとかBとかCとかそういうレベルじゃなくて、胸というものが私には存在していなかった。男に引かれるのが嫌とか恥ずかしいというより、「私の胸、ひどいでしょ」「そんなことないよ」とかそういう一連のやり取りをすっ飛ばしたかった。それは二回目以降でいいのだ。二回目がある人にだけでいい。だから私は後ろを向く。髭はなかなかいいものを持っていた。私自身、背が高いのもあるけど、男のは大きいのじゃなきゃだめだ。小さいのは困る。

結局そのあと髭は私を押し倒して正常位にしたが、私の上着を脱がさずに果ててくれた。

私と髭は、それから定期的に会うようになった。髭の家には行ったことがない。結婚していることは明らかだった。だから私は、自分の家に招き入れた。髭もほかの男と同じで、ベランダでタバコを吸った。私は髭のことがけっこう気に入っていたので、一度手料理を作ってあげた。手料理と言っても酒のつまみ程度だけど、髭はとても喜んでくれた。ついでに「こんなの誰にも作ってもらったことない」そう言って自分が結婚していないアピールをしていた。私にだってそれぐらい分かる。「そう、うれしい」私は笑いながら言った。

髭の好きなところは、あそこが大きいことと、ココに優しいことだ。一度髭が、ココを抱きながらリビングでテレビを観ていたのをキッチンから眺めているときに、ムラムラして後ろから抱きついたことがある。あれってもしかしたらムラムラじゃなくて、愛しさだったのかもしれない。

その頃、私は55歳の小さい会社をやっている社長とも曖昧な関係を続けていた。いい加減年も年だし、事務所を辞めて普通の昼職がやりたいと思っていたけれど、一般応募するほど気力もない私を拾おうとしてくれたいい人だった。小さい施工会社をやっていて、事務所も新しくするから、その受付や自分の秘書をやってほしいと言われていた。何度かその事務所にも出入りして、もちろん社長ともセックスはしていたが、まだ一円もお金は貰えていなかった。

新しい事務所ができた頃には、春になっていた。

私の家の近くには川があって、そこに咲く桜を見に来る人で溢れかえる日々が続いていた。何回目だろうか。新宿から私の部屋までわざわざ来る髭に「ねぇ、お花見行こうよ」と言ってみた。

ココと三人で川沿いを歩く。

団子屋やお好み焼き屋などの出店が並んでいて、桜はほとんど散っていたけど、天気が良くて、風が心地よかった。私たちは手を繋いでいて、二人の手にココのリードが絡まっていた。乳首が痛かった。社長は私の乳首をよく噛む。すごく強く噛む。でも私は、胸のない私はそういうふうな触られ方でも、噛まれ方でも、たとえとても痛くても、それが私が受けるべき当たり前の愛され方だと思い続けていたけど、もしかしたらそうじゃないかもしれない。髭はやさしいから、私の胸に対して何も言わないし、私が「私の胸やばいでしょ」と言ったときも「そんなことない。きれいだよ」と言って、赤く腫れ上がった私の乳首の周りを優しく撫でてくれた。

社長に噛まれた乳首は、何日経っても痛いし、腫れが引かない。ココを見る。桜の木におしっこをかけている。私たちはそれを見て笑った。

その翌週、私は髭に「ちゃんとした彼氏ができたから、もう会わないようにしよう」と伝えた。ほんとはそんな人いなかったけど、結婚している髭を、これ以上好きになるわけにはいかなかった。

髭からは5分と経たずに、「そっか。分かった。お幸せにね」と返信がきた。
あまりのそっけなさに、一瞬泣きそうになった。

ふと、髭が、私の部屋のクロークにあった社長の靴を見たときに、見て見ぬふりをしてくれたことを思い出した。

「あの時はごめんね。ありがとう」

そう送ろうとしたけど、私たちはもう赤の他人だった。

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