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はじめに

 このテキストに目を向けていただいたあなたに、私は大変感謝をしている。これを読むあなたは、これからストリートマジックを始めてみたいと考えている人であることと思う。あるいは、少しやってみたものの、あまり上手くいっていない人であるかもしれない。
 私、廣木涼は、マジシャンでもあり、推理作家でもある。執筆業も仕事であるので、このようなテキストも書いている次第だ。
 私がマジシャン業を始めたのは2015年のことで、これを書いている2020年1月の時点で、4年半を迎えたところである。ストリートマジック歴も同じく4年半であるが、マジシャン業を始める前に、20年少々のアマチュア歴がある。


このテキストを書いた経緯

 さて、私がこのテキスト「ストリートマジックハンドブック」を書くに至った経緯をお話しすると、最近あるマジシャンと話したときに、
「ストリートマジックを始めようと思ってやり方をググって調べたのですが、系統立てて細かく書かれているのは廣木さんのブログしかないんです。廣木さんのブログが世界で唯一の、ストリートマジックの教本なんです」
と言われたことが発端である。そのマジシャンは、ストリートマジックを始めるために、私のブログを開設から3年ぶん熟読して勉強したと言うので私は驚いたのだが、そのように需要のある情報であるのならば、より系統的に書いてみようと考えるようになり、私は執筆に着手したのだった。
 最近は若手マジシャンと話をする機会も増えたのだが、意外にも、多くのマジシャンが実力を試すためにストリートマジックを経験しており、一方でやろうと思ったができなかったという声も聞き、この路上活動に対するニーズが多いことと、この段階で挫折することが多いことを私は知ったのである。そのような人々の助けとなれるように、私は本書を書いている。あなたのやりたいことの手助けになれば幸いである。

 ストリートマジックとは、その名のとおり路上でマジックを演じることであるが、公園などでのマジックも「ストリートマジック」というジャンルに含まれるだろう。駅や教会や大聖堂やデパートなどの前でも私は演じて来たし、とにかく屋外でのマジック全般が「ストリートマジック」と呼ばれることと思われる。
 私はこの4年半で、アムステルダム(オランダ)、ケルン(ドイツ)、ブリュッセル(ベルギー)、パリ(フランス)、ロンドン(イギリス)、エディンバラ(イギリス)、シドニー(オーストラリア)、ボストン(アメリカ)、ニューヨーク(アメリカ)、札幌(北海道)、福岡、東京、横浜(神奈川県)、那覇(沖縄県)、大阪、京都、奈良、仙台(宮城県)と、8ヶ国18都市でストリートマジックを演じてきた。その経験から、ある程度系統的な知見も得られるようになり、本書ではそれを伝えるとともに、ストリートマジックのやり方や、行うにあたっての考え方を説明していこうと思う。


ストリートマジックに何を求めるか

 ところで、このテキストに目を向けるあなたは、アマチュアのマジシャンだろうか、それともセミプロだろうか、あるいはプロマジシャンだろうか。同じストリートマジックを始めるとしても、立場が違うことで、考え方や求めるものが違うということにもなるだろう。
 マジシャンの、アマチュア、セミプロ、プロというのは、これといった定義があるわけではないので、先の質問はつまり、あなたはいったい何を求めてストリートマジックをしようと考えているだろうか、という質問と同じ意味になる。
 たとえば、練習として不特定多数の人にマジックを見せて上達することを目的とし、お金を貰わずにマジックが演じたいと願うのであれば、アマチュアとしての目的ということになるだろう。実際、これは非常に良い訓練方法であり、仮にプロであっても、最初はこのような方法のほうが上達が早いだろうと思われる。数多くの実践をこなすことで、マジシャンの腕前は跳ね上がることになる。部屋の中でひとりで練習することと比べると、スキルアップの速度は雲泥の差となるだろう。
 サラリーマンなどの職にすでに就いていて、その給料に5万円や10万円を副業収入として上乗せすることを目的としてストリートマジックを行おうとするのは、セミプロ的な考え方だと言える。これも、とても推奨したい方法であり、マジックが趣味であるサラリーマンは、皆これをやったほうがいいと、私は思うほどである。副業収入が入るだけでなく、承認欲求がとても強く満たされるのがマジシャンというものであるため、この活動でリフレッシュされ、本業の業績も上がったという話も聞く。
 専業マジシャンとして、収入源のほとんどをストリートマジックのチップによって賄おうと考えるのが、プロ的な発想である。私の経験はこれであるが、しかし、これをするためにわざわざ転職することは、私は推奨しないし、むしろセミプロやアマチュア的な考え方のほうを推奨する。とはいえ、今からプロとしてやっていきたいと強く思う人であれば歓迎したいものであるし、すでにプロになってはいるが仕事が入らないという人がいれば、「なぜストリートマジックをやらない?」と言いたいほどである。プロマジシャンと言うからには、月あたり30万円ほどは稼がなければならないだろうし、私もその程度のストリート収入を得ていたマジシャンである。今は、より収益性の高い仕事をやっているが、その仕事が舞い込んできたのもストリート活動の結果であるし、高い収益性を確保できているのはストリート経験から得られたスキルによるものである。

 このように、ストリートマジックは、趣味からメイン収入源まで、幅広い目的意識によって行われるものであり、あまり一律なことを言えないように思われることだろうが、私は一律に「やったほうが良い」と言うことができる。それほどのメリットがあると、実感しているからである。


ストリートマジックの利点

上達が早い
 金銭的なメリットは言わずもがなであるが、場数を確保できることも重要である。演じた回数によって、そして演じた観客の数によってマジシャンの腕前は伸びてゆくものであるが、ストリートならば通りかかるすべての人がその観客候補となるのだから、1営業を探して歩き回ったり、お店で来客を待っていたりするよりも、ずっと多くの実践の機会があり、つまり上達の機会があるのだ。

スキル向上
 マジシャンの腕前というのは、マジックの上手下手だけの話ではない。観客への会話の誘導、静かになったときの盛り上げ方、気の利いた一言が言えるかどうか、など、腕の良いマジシャンは、マジックのスキルはもちろん、接客のスキルや会話術に長けているものなのだが、そういったスキルは、不特定多数の人と話すことで磨かれていくのである。中にはマナーの悪い観客がいたりもするが、そういう過酷な現場であることが、マジシャンを成長させるのに、とても役に立つ。対応力が身に付く現場であると言える。

仕事に繋がる
 ストリートマジックを見た観客から、出張の依頼が来ることもあるので、全くチップが得られないとしても収入源にはなり得るし、もちろんチップもあって営業もある、と考えることもできる。また、飲食店の経営者から「うちの店でもやってもらえないか」と仕事を依頼されることもあるし、同業者のマジシャンが来て「一緒に仕事をしませんか」と誘われることもある。私の経験では、ミュージシャンに「音楽とマジックをコラボしたイベントをやりませんか」と声をかけられたこともあるし、結婚式のプランナーに「プランニングの際にマジックを提案させていただきたいのですが」と言われたこともある。様々な人脈が広がるものであるし、むしろ、長くやっていてそういう話が1件もないほうが珍しいだろう。ストリートマジックは、収入活動と求人活動、就職活動を兼ねたものだとも言える。

自信を持てる
 中には、引っ込み思案だった性格が、ストリートマジックをすることによって不特定多数の人に褒められ、自分に自信を持てたというマジシャンもいる。内向的なマジシャンも多いと聞くが、そのような人たちが自信を持つのに、とても良い環境となるだろう。もし、マジックを覚えることで、自分に自信をつけたいと思う人がいたならば、その自信を発揮する場所はストリートマジックである。

リスク対策
 マジシャンという仕事は、仕事があるときは大きな収入を得られるものの、仕事がなくなれば1円も入って来なくなるという、非常に不安定な職業だと一般に思われているようであるが、それはリスクヘッジができていないからである。長らく契約が続いていたクライアントとの関係が切れたり、所属していた事務所との契約が終了したり、依頼が来ない日々が続いたり、そのような状況が訪れた時にでも、ストリートで30万円稼げるという実績や自信があれば気に病まずに済むだろう。その金額が、最低保証額となるのである。そう思うことができれば、これから先の仕事として、「もしかすると全く芽の出ないかもしれない、でも当たると大きな利益になる活動にお金や時間を費やすこと」に対してでも、臆せずに飛び込むことができるようにもなる。それが失敗しても、ストリートマジックという収入源は残るからである。

マジシャンからの評価
 ストリートマジック活動を行った実績というのは、一般人にはあまり評価されないが、マジシャンからの評価は思いのほか高いものである。というのも、その活動が、非常に困難な活動であることを知っているのは、他ならぬマジシャンであるからだ。プロマジシャンたちと会話をすると、ストリートマジックの出身であることを売りにしている人も多いし(経験者が少ないので、その売りがよく映える)、またそれが良く評価されたりもするのである。
「営業は頑張ってよく取ってはいるけど、ストリートマジックをやる勇気はとても出ない」
と言うプロマジシャンもかなり多いので、スキルというよりも、勇気を認められる実績とも言えるだろう。
 一方、逆に、路上でやることやチップを収入源にすることを良く思わないマジシャンもいるようである。たとえばマジックバーで働くマジシャンは、室内で、給料制で働いているため、価値観が全く異なることもある。このように、働き方や価値観が人それぞれというのは、他業界と同じである。


ストリートマジックの意義

 ストリートマジック活動は、マジック業界への貢献度の大きな活動だと私は思っている。というのも、私のこれまでの手応えでは、生のマジックを見たことがある観客というのは、5%ほどだという印象であるが、つまりこの5%というのが、マジックバーに行ったことがある人や、出張マジシャンを呼んだことがある人、ということになる。5%というのは1億人の日本人の中で、500万人ということであり、今現状、マジック業界の顧客となり得る人口が500万人しかいない、という事情である。
 残りの9500万人に対して、マジックバーや出張マジシャンは仕事をすることができない。なぜならば、1度も見たことがないもののために、5000円や1万円を支払ってマジックバーに行く、という発想や、5万円を出してマジシャンを呼ぶ、という発想になるのは極めて稀であるからだ。それどころか、多くの人は、そういうお店があったりマジシャンがいたりという事実も知らなければ、マジックというエンターテイメントが楽しいということも知らないのである。しかし、ストリートマジシャンは、この9500万人に対してアプローチができる。この点が、ストリートマジック活動における最大の意義だと私は思っているのである。
 生のマジックを見たことがない人に見せ、また見てみたいと思わせ、現状の500万人という業界顧客を増やすことができる、数少ないマジシャンの仕事が、ストリートマジックなのである。その結果この顧客人口が1000万人になれば、単純計算ならマジック業界は2倍潤い、マジシャンたちの年収が2倍になったり、2倍の数のマジシャンが仕事をしていける業界となったりすることがわかるだろう。
 このことに魅力を感じるかどうかは人それぞれであるだろうが、ともかく、ストリートマジックの活動には、そのように、とても大きな意義があるのである。

 このように、プロアマ問わずの利点や意義があるので、私がもしストリートマジックを奨めない状況があるとすれば、テレビで十分に顔の売れたマジシャンとなり、今さらストリート活動などをやると自分の価値を下げてしまうという有名マジシャンであるか、1日たりともストリートに出る日程を都合できないほどの売れっ子マジシャンか、というくらいになる。それ以外であるならば、やってみて損はない、と私は思っている。
 実際、見学させてもらえないか、とか、一緒にやらせてもらえないか、という問い合わせは、プロマジシャンからも結構受けている。


動画紹介

 ここまでの話で、ぜひストリートマジックをやってみたいと思ってもらえていれば幸いであるが、とはいえ、ストリートマジックをやってみようと思うのと、ではそれを学ぶための講師が私、廣木涼でよいのか、という話は、また別の話であるだろう。また、もっと言ってしまえば、「いったい何を学ぶのか?」と思う人もいることだろう。実際問題、ストリートマジックというのは、やるかやらないかであり、何も学ぶことなく始めることができる。そのような人は、本書の続きを読む必要はない。そんな時間があるなら、早速今日からでもストリートに出てみることを奨める。そのほうが、きっと早く成果を上げることができるはずである。

 私は、ストリートマジックによって、1日あたり1~2万円、月あたり30万円程度の収入を得ていたマジシャンである。それ以上稼ぎたい人から見ると、講師として不十分であることもあるだろう。実際、それ以上稼いでいるであろう大道芸人もたくさん見てきたので、他に良い講師もいることと思う。
 また逆に、純粋にマジックが上達することを望んでいるのに、お金の話はしてほしくない、という要望もあるかもしれない。私は稼ぎとしてのストリートマジックを探求した身であるので、時折り目安となる数字を入れて説明をすることになるが、本書は単なるお金稼ぎのテクニック集ではないことを、はじめに明記しておく。「お金を稼ぐ能力」をひとつのスキルとして見た上で、様々なスキルを身に付けることができるのがストリートマジックであり、そのことを本書を通じて説明できたら、というのが私の希望である。

 参考までに、動画を載せておくので、このマガジンを購入するかどうかの判断材料にしてほしい。


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