【百科詩典】しょうぶをきめる【勝負を決める】

私の経験が教えるのは、「達人」は初対面の三秒後までに勝負を決める、ということである。
「勝負を決める」というのは、別に殴りつけたり、押さえ込んだりするという意味ではない。
そうではなくて、二人の人間が出会ったときに、最初に「え?」と思った方が「負け」だということである。
マンガで喩えて言うと、頭の上に「?」のフキダシが付いた方が「負け」なのである。(中略)
「返事を待つ」ことになるのである。(中略)
問いかけた側はいわば「うわずった状態」、「答えの支えが届かないと倒れそうな状態」に固着してしまうわけである。(中略)
一方、問いかけられた人間は、何をしてもいい。
問いに答えてもいいし、握手の手を差し出してもいいし、歌を歌いだしてもいいし、足蹴にしてもいいし、背中を向けて帰ってもいい。
先に「?」のフキダシを頭に付けてしまった側は「居着き」、心身の自由を奪われ、付けさせた側はその問いかけをどういう文脈に置いて「料理」するかのフリーハンドを手に入れる。
これが「勝負」の基本構造である。
武道に限らず、教育であれビジネスであれ恋愛であれ、人間と人間が出会うときは、「先に居着いた方の負け」なのである。

~内田樹『14歳の子を持つ親たちへ』