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ハンコの課題とそれを乗り越える方法

Code for Japanのイベント、ソーシャルハックデーでハンコの不要化について少人数で語り合ったが非常に有意義な議論ができた。コロナウィルスが感染拡大する中で、ハンコを押すために会社に出勤しているという状況を踏まえ、総理指示もあったが、そもそもハンコはなんのために押していて、どうしたらなくせるのか、整理してみたい。

ハンコの意義

ハンコを押すという行為自体は、ハンコを押した当人がその手続を行ったことを保証するために押すものである。
①要は人が「その行為について意思決定しましたよ」というのを示すためのものである。この際、基本的にはハンコを押す人は本人か、本人によって代理権を与えられた人であることを前提としている。
②また、ハンコが押された書面はその人が「手続きを行ったということを証明するもの」であると考えられる。

ハンコが抱える弱さ

しかしながら、ハンコは実は上記を実現する手段としては実は弱い。それは以下の理由による。
①ハンコは他人でも押せてしまう(なりすましのリスクがある)
②偽造が可能である(改ざんのリスクがある)

ハンコが誰でも押せてしまうことは、それだけ本人確認の機能が弱いということだ。また三文判やシャチハタは同じ印影が作成できてしまうので誰が押したかを特定できず、文書の偽造も可能だ。現代においては更に複雑な印影であってもデジタルで再現可能だ。
一方でそのような本人の意思確認の手段としてのゆるさ、都合のよさが、ハンコが今でも残っている理由だとも考えられる。例えば印章業界が、ハンコの良さは代わりの人でも押せることだ、と言ってしまうところからも垣間見える。


①の部分をカバーするため、政府は法人登記の際の印鑑登録や、市町村における印鑑登録により、その証明書を発行することでカバーしようとしているが、②の偽造のリスクについてはこれをカバーできない。
行政が印鑑登録のような仕組みを設けていることが、ハンコに対して公的にも意味あるものであるという権威を与えてしまっているという指摘もある。

そもそもハンコっていつ使われているの?

ハンコが使われるケースは、①組織内の業務、②私人・企業間の契約ややり取り、③行政手続などにシチュエーションを分けることができる。また大きくは個人として利用するのか、法人として利用するかの違いがあるだろう。また、頻度においても継続的に押すものと、年に1回や、手続きによって不定期に押すものもあるだろう。以下それぞれ見ていき、どこから手をつけるべきか、どのようにハンコから脱却できるのか考えてみたい。

①組織内の業務

例えば出勤簿、内部決裁、旅費申請、作業確認、業務日誌へのハンコ等、組織業務のオペレーションとしてハンコを押しているケースがあるだろう。しかもこれはほぼ毎日ルーティンとして押さなければいけないから社員にとっては大変なことこの上ない。
これらのハンコは業務プロセスとしてハンコを活用しているにすぎず、電子的な代替手段があればいつでも辞められるはずだ。
たとえば電子出勤簿、決裁システム、経費処理システム、その他の業務管理システム等活用可能だ。最近はSaaS(Software as a Service)として月単位の支払いで導入可能で使い勝手のいいものが多く普及しているので、こういったものの導入を検討すると良いだろう。

また、本人確認の必要性が緩いのであれば、エクセルや、メールなどのオフィスソフトウェアで代替することも可能なはずだ。
これがなくなることでわざわざ会社に行かなくて済むようになる人は多いだろう。コロナ下でまず手をつけるべきはこういった業務プロセスにハンコがあるものをどうやって他の手段で置き換えるかを考えるべきだろう。
社員の出社による感染を防ぐためにも経営者がイニシアティブをとって取り組むべき課題だ。

②私人・企業間の契約ややり取り

相手のいる契約や通知などの際にもハンコを押した書面を郵送して確認しているケースがある。
まず契約については、民法の原則論としては当事者間の同意があれば契約は成立するため、必ずしもハンコをついた書面が必要ではない。一方で両者の合意を示す証拠は欲しいところだろう。民事訴訟法では署名もしくは押印された書面において契約の効力が推定されるとしている。
電子署名法ではこれを電子的な手段で置き換えることが可能であるとしている。契約の推定効については法務省が認定した事業者による電子署名が必要だが、契約の証拠書類としては、認定事業者以外の電子署名サービスでも問題ない。前述したようなSaaSのサービスでも契約の書面を代替することはできる。


しかし、民間での契約であっても紙手続が法定化されているようなものもあり、これらについては、押印がセットになることもある。下記の記事では、不動産賃貸借契約、訪問販売の個別書面、派遣の個別契約などが紙でしかできない手続として紹介されている。

また、法律では電子化が認められていても、サービスを提供する側のオペレーションが電子化に対応できる体制が整っていないため、引続きハンコを求めているというケースも多いのではないか。銀行口座開設の申請も現在では電子的に実施できることになっているが、その手段を銀行が確保できていない場合には対面・郵送等で紙手続を行わなければならない。
この他、通知・申込についてもハンコを押しているケースがある。通知の例としては請求書、発注書、領収書、見積書等多岐に渡るが、これらについても電子署名のサービスで対応可能だし、本人確認の厳密性を求めないならメール等でも代替可能だろう。民間サービスへの申込などは多くの場合、サービス提供者が競争力を確保するためにオンラインでの手段を用意していることがほとんどとなっており、IDパスワードなどの認証機能を用意している。

③行政手続

行政ではデジタル手続法が2019年5月に成立し、行政手続を原則電子化するとされている。一方で引続き対面確認が必要なものや費用対効果の乏しいもの等には例外規定(第10条)があるほか、自治体は努力義務に止まる(第13条)などの規定がある。また原則デジタル化をうたいながら、あくまで行政機関は行政手続を電子的に「できる」という規定になっており、必ず電子的な手続手段を設けなければならない、とはなっていない。(第5条〜9条)

<デジタル手続法条文>

また、行政手続の手段は通達や運用等、法律でない部分において規定されているケースが多く、書面とハンコが残ってしまうケースが多いのではないかと推測する。原則紙とハンコだったものを、電子で可能なものは可能であると明確化するだけでも意味があるのではないか。
例えば納税事務における証拠書類の保存についても電子帳簿保存法において電子で保存することが可能とされている。スキャナで紙の契約書を読み取り保存する場合には税務署長からの事前承認が必要で面倒だが、全ての契約が電子の場合、その必要がない。また、ハンコの代わりに認定されたタイムスタンプを帳簿に付与すべき点も、社内規定で改変を制限している場合には不要とできる。知っている場合と知らない場合で大きく企業の行動も異なるのではないか。

また、民間同様、行政側に電子的な申請受付の仕組みが整備されていなければ、これを受けることができない。特に自治体に関してデジタル手続法上努力義務となっているのは、各自治体の財政状況が異なる中でその整備を迅速に進めることが難しい自治体もあるからだろう。
また、電子的な本人確認手段が確保されていなければ対個人・企業との関係で手続の有効性を確保できない。内閣府・総務省が展開するマイナンバーカード(個人)や、経産省が取組むGビズID(法人・個人事業主)は、これをより簡易な方法で確保する手段として設けられているが、まだ普及の途上というのが現状であり、接続するサービスも限定的であるため、今回を機にこれらの活用拡大を進めることが重要だろう。
公印についても行政機関のシステム上で通知を行なった場合、行政機関のアドレスから通知が行われた場合や、行政機関の電子署名が添付されている場合には行政機関によって行われたことは明らかなのだから公印は辞めるといったことは可能であると考えられる。それこそが世の中に対してハンコの不要化を示すことになるだろう。加えて、行政サービスを効率的に提供するという観点からは行政内部事務からもハンコを無くしていくべきだろう。

まとめ

ハンコの便利さは、様々なレベルの本人確認や証拠書類に対して1つそれがあるだけで保証されている「雰囲気」を出せることにあったが、もはやその物理的な作業の負担の方が大きくなってしまったというのが現状だろう。このような中で、シチュエーションや本人確認が必要とされるレベルに応じ、電子で置き換えるとどのように代替できるかを整理し、社会で共有していくことが重要だろう。そのためには既にハンコ廃止を宣言している企業が、どのようにしてそれを実現したかを世の中に示すとともに、ハンコを代替するサービスの提供者が、どのようなシーンにおいて使えるのかをわかりやすくユーザーに伝えていくことが必須だ。

皆の意識が同時に変わっていくことで社会運動としてデジタル社会に移行する必要がある。これまで何となく変わらなければいけないと皆が思っていた中で、コロナウィルスの感染拡大をきっかけに日本社会がアップデートされる1つの象徴としてハンコの廃止が位置付けられるのではないか。

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