中国景気の行方

短期的な見方

緩和的なマクロ経済政策の発動は期待しにくい

中国の短期的な見通しは、政府・金融当局が財政支出を伴う「実弾」や大胆な金融緩和政策をいつ打ち出すか次第だろう。ただ、格差の解消を目指す共同富裕という思想は景気対策に伴う「波及効果」(≒トリクルダウン)との相性が悪い。「習一強」体制が確立し、中国政府内で異論を認めない雰囲気が強まっていることを踏まえれば、中国景気の本格的な回復につながるようなマクロ経済政策は期待しづらい。

実際の政策も「小粒」で先行きに不透明感

たとえば、PBOC(中国人民銀行)は今年に入って、預金準備率を25bp引き下げた(3/17発表、3/27実施)が、期間7日のリバースレポ金利(6/13、8/15)、期間1年の中期貸出制度(MLF)金利(6/15、8/15)、期間1年の貸出優遇金利(LPR)(6/20、8/21)の引き下げはいずれも1回あたりが10bpで合計も20bp幅にとどまっている。しかも、住宅を含む投資への刺激効果が大きいとされる期間5年のLPRの引き下げは6月の10bpのみ。
もちろん、株式市場では取引コストの引き下げや小口投資家の保護強化などの措置が相次いで打ち出されたほか、不動産市場でも地方政府や銀行を通じた流動性等の支援策や規制緩和策を講じており、中国政府・金融当局が景気低迷という現状にそれなりの警戒感を抱いていることは疑いようもない。しかし、いずれの政策も「小粒」な印象は否めず、景気の先行きには引き続き慎重な見方をせざるを得ない。

消費者信頼感が低迷

実際、中国国家統計局(NBS)の消費者信頼感指数は昨秋の経済再開とその際の景気対策への期待などで今年3月まで持ち直していたが、4月に急落(Chart1)。5月にはわずかに持ち直したが、依然として「ゼロ・コロナ政策」が強化され、上海が事実上の都市封鎖に踏み切る前の昨年3月以前の水準を大幅に下回っている。しかも、今のところ、6月以降のデータは不明。従来は翌月には公表されており、どんな理由があるにせよ、中国の統計に対する信頼を傷つけるだろう。

企業信頼感には底入れの兆しも、資金調達の環境が悪化

企業信頼感も同様で、CKGSB企業環境指数(BCI)は今年3月に58.9まで上昇したが、その後は低下傾向が続き、8月は49.0と7ヵ月ぶりに50を下回った。サブ指数をみると、企業収益は低水準ながらも最悪期を脱した可能性を示唆し、投資や採用の意欲にも底入れの兆しがあるものの、資金調達の環境が悪化(Chart2)。中国政府・金融当局の一段の措置無しでは景気回復が覚束ない可能性が示された。

中国政府の成長率目標は辛うじて

各種調査に基づくと、中国の今年の実質GDPは前年比+5%程度と見込まれている。これは中国政府の成長率目標とほぼ同じで、中国政府・金融当局が大規模なマクロ経済政策に踏み切らないことを正当化する。しかし、今春には5%台半ばかそれ以上で、わずか数ヵ月での下方修正の幅としては決して小さくない。
上述した通り、「小粒」とはいえ、いくつかの措置が講じられたことで今後の下方修正の幅はそれほど大きくならないと考えられるが、中国政府の掲げる「5%前後」という目標は辛うじて達成という程度になりそうだ。

厳しさを増す外国人投資家の視線

しかも、外国人投資家の中国を見る目は日に日に厳しさを増しており、リスクは上振れよりも下振れだろう。
実際、対中証券投資は債券を中心に2022年以降、2023年1-3月期まで流出が続く(Chart3)。その間、株式は2022年1-3月期を除き、資金が流入。しかし、香港経由で中国本土株に向かった資金をみると、8月だけで▲896.8億元と2022年暦年(+900.2億元)に匹敵する規模の資金が流出した。対中直接投資が今年、米ドル建てでも人民元建てでも減少に転じたことも踏まえると、中国人はもちろん、外国人投資家の信頼感を回復させることが急務だろう。

中長期的な影響も

大規模な政府支援と巨大な国内市場という優位性

そうした資金の流出は、中国国内での統制強化やサプライチェーンの世界的な見直しと相まって、短期的に景気の下押し要因となるだけではなく、中長期的な成長力も低下させかねない。もちろん、中国は今や電気自動車(EV)や情報通信などを含むいくつかの分野で世界をリードしており、短期的な調整が避けられないとしても、大規模な政府支援や巨大な国内市場に支えられ、中長期的には独自の発展を遂げるとの見方には一定の説得力がある。

民間主導の自由な活動こそが技術革新を生む

しかし、それだけで中長期的な成長につながる技術革新は生まれないだろう。とくに言論や思想、職業選択から移動までのあらゆる自由に制限があるなかで優れたアイディアが登場するとは考えにくい。「習一強」の下で面子や無謬性が重視されるとすれば、なおさらだ。そもそも経済活動において、政府が民間より優れた結果を残すのは稀である。中国政府は民間部門への介入姿勢も強めており、今後、短期的、循環的に景気が持ち直すことがあっても、その持続力は限られ、中長期的な成長力は低下する可能性が高い。

中長期的な成長率が下方屈折した可能性

中国の実質GDP成長率は2001年12月のWTO加盟以降、習近平・国家主席が最初に中国共産党総書記に就任した2012年11月の直前までは年+10%程度であった。その後、パンデミック直前の2018年までは年+7%程度へと鈍化し、パンデミックを挟んだ2019年以降は年+5%をわずかに下回る水準となっている。それは+5%前後という今年の中国政府の成長率目標とほぼ一致。しかし、上述した懸念が正しいとすると、早晩、その水準の達成も難しくなると筆者は考えている。

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