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連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第26話『別れ』

「……」
「……」
「……」
「……」

僕もダイスケもタツタもそして……クオリも。
誰も口を開こうとしない。

部室の中に沈黙が訪れる。
まるで永遠に続くような時間。

外から聞こえる蝉の鳴き声がこの沈黙を埋めていた。

僕はゆっくりと静寂を切り裂く。

「……辞めるってホンマなん?」

「……うん」

視線を下げながらクオリはそう言った。

「なんでなん?」

「親に……反対された」

クオリはふーっと大きな息を吐いて話す。

「……ほら、俺らも高二やろ?進路の事とかそろそろ考えやなあかん時期やん。そりゃ言われるよな。バンドなんか仕事にならんし売れる訳ないからやめとけって」

クオリはどこか自嘲するように笑みを浮かべる。
何だよそれ。僕はそう思いながらもクオリに質問する。

「で、クオリは何て言ったん?」

5秒程空白が続いた後。

「……せやなって言った」

「え?」

思わず耳を疑った。

「……本間にそう思ってるん?」

「本間や」

「……」

「……」

タツタが無理矢理に声色を明るくして、

「クオリ……嘘やろ?」

「だから本間やって。今までお前らに気使って言ってなかっただけや」

「クオリ…」

ダイスケも小さな声を漏らす。

「……だってそうやん。俺らがこのままバンド続けても将来何も変わらん。クソガキがプロになってお金稼いで大成功するとかそんなん……現実に考えて無理やろ」

僕はその言葉に苛立ちをあらわにする。

「いや、そんなんやってみやんと分からんやん!」

「分かるわ。俺らが思ってるほどそんな甘い世界ちゃうやろ!』

「けどさ!」

ダイスケが声を上げる。

僕もタツタもクオリもダイスケに視線を送った。

「この前、あんだけやる気あったやん。大会で優勝しようって決めた時、楽しそうやったやん!」

「……それは」

——クオリの表情が少しずつ歪んでいく。

「バンドが嫌いになったんか?」

「……」

——クオリの表情が少しずつ歪んでいく。

「ドラム叩くんが嫌いになったんか?」

「……」

——クオリの表情が少しずつ歪んでいく。

「なぁ……どうやねんクオリ!」

「……」

ダイスケの悲痛な声が部室に響く。

「……りたいわ」

「……」

「やりたいに決まってるやん!」

クオリは今にも泣き出しそうな表情で声を上げた。

「文化祭もネバランのライブも本間に楽しかった!お前らともっと練習して上手くなりたかった!ティーンズの大会もめちゃくちゃ出たかった!」

クオリの心の声が漏れているような気がした。

「じゃあ、やったらええやん!」

タツタの言葉にも熱が帯びる。

「けど!俺には無理や……やっぱり現実を見てまう。お前らみたいに強くなれへん……」

部室の窓から光が差し込む。

クオリの姿を照らしそれが次第に消えていくようで。

「やから、ごめん……」

ここから先の言葉を。

「俺は今日で……」

言わないでいて欲しかった。

「クソガキを……」

その続きの言葉なんて聞きたくなかった。
絶対に聞きたくなかった。

「辞める」

「……」
「……」
「……」

「今までありがとう……俺のせいで大会出れんくてごめん」

そう言ってクオリは僕たちの前を通り過ぎ。
静かに部室を後にした。

それはまるで文化祭で喧嘩をしたあの時のようで。

けど、今は誰もクオリを呼び止める事ができなかった。

「……」
「……」
「……」

僕たちはただただその場に立ち尽くす。

僕もダイスケもタツタもみんな理解していた。
もう二度とクオリと演奏する事はないだろうって。

これが別れなんだって。

とある夏の日。

僕たちはクオリという大切なメンバーを失った。

つづく

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