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マーダーミステリー入門 | RP編

概要

このテキストには、マーダーミステリー(以下、マダミス)の、ロールプレイ(以下、RP)についての基本方針を記す。演劇論の他に、議論のファシリテーションや交渉術についても簡単に触れる。

免責

  • このテキストは、断定口調で書かれているが、内容の正しさを保証するものではない。むしろ著者は、誤りを正してもらうことを望む

  • 演劇には、流派によって見解が異なり、合意をみていない方法論がある。このテキストでは、簡単のために各論を併記することを避けた。結果的に、特定の流派に肩入れをしている箇所がある

凡例

  • 「RP」と「演技」は異なるものである。しかし、このテキストではこれらを区別せずに、ほぼ同じ意味で使用する

  • 中(上)級者ムーブ」と記した箇所には、中(上)級者が取るべき行動を記す。この箇所は読み飛ばしてよい

はじめに

マダミスは、RPと推理の2つの要素からなっている。両者をどのような割合で行うかは、各プレイヤに委ねられ、極論、まったくRPをしないプレイングも許される(※1)。しかしマダミスには、一度しか遊べない作品を、プレイヤ全員で作っていくという特性がある。作品の体験価値をプレイングで高めることは、ゲーム内の個々の目標を超えた、より大きな共通の目的であるはずだ。RPによって、臨場感や没入感を提供しあうことは、これに適うだろう。
また、マダミスの作者は、演劇でいうところの脚本家と演出家に相当する。演劇に比べ、プレイヤの自由度が高いとはいえ、作者の意向は尊重すべきである。その作品が、RPをどの程度大切にしているかが明記されていることもあるので、参考にするとよい。
マダミスにおけるよくあるゲーム進行は、次の通りである:

  1. 配役

  2. ハンドアウト読込み

  3. 読合せ

  4. アクト

  5. 幕間

  6. エンディング

以下、このテキストでは、上記の流れに沿って、主にRPの要点をまとめる。

※1) RPと推理は相反するものではなく、両方を十分に実行することは、簡単ではないが可能である。推理の負荷を軽減して、RPに注力する助けになればと、このテキストと同名の「推理編」を公開済みである

1. 配役

遊ぶ物語の場所や時代については、公開情報から事前に知れることがある。親しみがない舞台である場合は、簡単に下調べ(※2)しておくことが望ましい。時間的に余裕がなければ、「明治の日本」「ルネサンスのヨーロッパ」などのキーワードで画像検索をして、イメージをつかんでおくだけでもよい。

キャラクタ選択

演劇の役者であれば、自分とは似つかぬ人物を演じて初めて、演技をしたということができる。他方マダミスでは、プレイヤは演じやすさを優先してよい。後述の内容からもわかるように、一般に、自分の境遇に近いキャラクタほど演じやすい。ならば、自分の現実の性別・年齢・職業・出身地に近くなければいけないかというと、そのようなルールもない。配役は自由である。プレイヤの興味を優先してよい(※3)。
ただし、性別や年齢については、キャラクタとプレイヤとを近付けることが望まれる理由もある。そうすることで、臨場感や没入感が増したり、中年男性を幼女に変換するような脳内処理の負荷を減らしたりする効果が期待できるのである。
ゲームマスタ(以下、GM)はもうひとりの演出家であるから、GMに配役を頼むのもよい方法である。ランダムな配役はあまり推奨できないが、公正であることは担保できるし、時間短縮の意味もあるかもしれない。
最後に、事前配役かつオフラインならば、無理のない範囲で服装に気を配るのもよいだろう。衣装の効果はとても大きく、他のプレイヤの認知負荷を減らすことはもちろん、自身をキャラクタに入り込みやすくもしてくれる。

※2) 現に役者は、この工程にかなりの時間を費やす
※3) 初心者がいる場合は、初心者の希望を優先して叶える配慮があってもよい

配役のまとめ

- (初心者を優先した)プレイヤの希望の役
- プレイヤの現実の境遇に近い役
- GMによる配役
- ランダムな配役

2. ハンドアウト読込み

担当するキャラクタが決まれば、ハンドアウト(以下、HO)を読み込むことになる。事前配役であり、HOも事前配布されているなら、役作りをする時間にも余裕があるだろう。HO読込みでは、演じるキャラクタと、そのキャラクタが置かれた状況を、ありありと想像することが重要である。特に、キャラクタの職業と階級を意識するとよい。そうすることで、自分がなにをする人物で、なにをしない人物なのかをつかむことができる。
また、HO読込みのときには、自らの一人称を確認しておくことも大切である。実生活では、TPOや精神状態によって一人称が変化することは自然だが、マダミスにおいては、同じ一人称を一貫して使用した方がよい。特に、顔が見えないオンラインの場合、一人称は、発言中のキャラクタの識別に役立つ。
大切なのは、キャラクタにしっかりとなりきることである。しかし、それをどれだけ表現するかは別の問題。演劇である以前にコミュニケーションゲームであるマダミスでは、たとえ弁論家を演じることになっても、多弁・強弁は控えめにすることが望ましい。逆に、おとなしい性格のキャラクタを演じることになっても、沈黙しすぎる必要はない。

中級者ムーブ
おとなしい性格のキャラクタに対しては、話を振ってあげるとスマートである。

HO読込みの際に、「自分ならこんな行動はしないのに」と考えることは、明確にNGである。どんなキャラクタのどんな行動であれ、演じる者は、それを生きなければならない。
また、HOにはキャラクタのすべてが、こと細かに書かれているわけではない。ここで、一般的な演劇なら「わからない」や「たぶん」は禁句で、台本に書かれていないことは、自分で補う必要がある。他方マダミスでは、欠けた記憶が後から補完されることがあるので、意図的に嘘をつく場合を除いて、矛盾をきたすような設定を加えるべきではない。そのため「憶えていない」も許容範囲となる。

ハンドアウト読込みのまとめ

- キャラクタを理解する
- キャラクタが置かれた状況を理解する

目標

マダミスでは、HOに、キャラクタの目標・目的が書かれていることが多い。よくある目標としては、次が挙げられる(※4):

  • 正体を暴く(犯人に投票するなど)

  • 正体を暴かれない(犯人として最多票にならない、スパイであることを指摘されない、など)

  • 特定の手がかり(金品、思い出の品など)を入手する

  • 特定の人物(生き別れた家族など)を探す

  • 議論中やエンディングにおいて、特定の行動を成立させる(だれかを殺す、守る、逃すなど)

  • 議論中やエンディングにおいて、特定の人物に依頼をして受理される(結婚を申し込む、罪を認めさせる、など)

プレイヤの判断で、HOに書かれていない目標や行動指針を設定してもよい。このとき常に問うべきは、「このキャラクタがこの状況に置かれたらどう振る舞うか」である(※5)。
ただし、否定的な目標を演じることは不可能であることに注意する。否定的な目標とは、たとえば上記の「正体を暴かれない」である。これらは、肯定的な目標に変換してその実現を目指す。いまの場合は「他の誰かに疑いを向ける」、「決定的な証拠を握りつぶす」、「協力者を探す」などが肯定的に変換された目標となる。
このように、目標は行動の源泉になる。目標は、ゲーム性や、ましてや勝ち負けのためにあるのではなく、RPのためにある。これが、このテキストでもっとも主張したい点である。
また、目的と目標を混同しないことも重要である。目的は、最優先の行動指針である。そして目標は、目的達成のための手段である。そのため、目的を達成するための別の手段がみつかったのなら、当初の目標を放棄することも、RPの観点からは許されるだろう。

※4) 上位に記載したものほど、頻出の目標である
※5) 現に役者の仕事の大半は、台本の行間を、想像力と表現力で埋めることである。即興劇は、その極端な場合に該当する

目標のまとめ

HO → (キャラクタ and キャラクタが置かれた状況) → 目的 → 目標

3. 読合せ

読合せは、セリフを順に言い合うだけの作業ではない。他のキャラクタの発言が終わるのを、ただ待つのではなく、理解することが大切である。
また、台本の先読みをしないことにも注意する。先読みしてしまうと、瞬発的な感情を表現できなくなるためである。役者の稽古でも、感情の乗り方を確認するために、自分のセリフ部分だけを黒塗りにするほどである。
ここで、感情の「乗せ方」ではなく、「乗り方」であることは重要である。感情は、乗せようとして乗るものではなく、自らの言葉に触発されて乗ってくるものである。この「行動は感情に先立つ」という原則は、後述するように、発声だけでなく、どんな行動に対しても成立する。
作者が意図するキャラクタの人格は、セリフの語尾や特殊な言い回しに表現される。そのため、プレイヤ側に明確な意図がない限りは、語尾は変えない方がよい。ただし、文中の句読点には拘る必要はない。自分なりの意味のかたまりを見つけて、息継ぎを入れてよい。
最後に、発声についても手短に述べておく。声には、次の要素がある:

  • 大きさ

  • 高さ

  • 速さ

  • 声色

これらの要素を意識するだけで、発声も感情も豊かになる。さらに、それぞれの要素について、まずは2パターンを扱えることを目指そう。それだけで、感情を表現するための声の選択肢が、16通りに増える。

上級者ムーブ
最初の読合せのテンションを最後までキープすることは、実はかなり難しい。推理とは異なり、RPに採点など存在しないが、テンションの維持は、RP成功のひとつの指標になるだろう。

サブテキスト

「嫌い」と言いながら、本心は「好き」であるなど、セリフには、文字通りの意味以上のものが含まれている。台本の表層にない深意は「サブテキスト」と呼ばれる。一般的に、読合せでは時計は止まっているし、そこでのRPが推理の邪魔になることはない。そのため、作品や場の雰囲気にもよるが、サブテキストを言外において表現することは、推奨すらされるだろう。

難読漢字問題

台本に書かれた漢字の読みがわからないという問題に、プレイヤ側から打てる手はほとんどない。読めない漢字に出会ってしまったら、詰まったり、なんと読むかを尋ねたりするのではなく、速さを保ったままゴニョゴニョとごまかす方がよい、というくらいである。
完全な解決法は、もちろん総ルビである。すべてとはいわずとも、事前配布せず、しかも読合せをさせるテキストにおいて、難読漢字によみがなを添えるのは、作者の想像力である。

4. アクト

議論フェーズ、調査フェーズ、密談フェーズなどを、ここでは「アクト」と一括りにした。キャラクタになりきり、置かれた状況を理解し、読合せが終われば、いよいよこれらのフェーズが始まる。ここからは、プロットだけがあり台本がない即興劇である。

行動

目的を明確にできたら、達成を目指して行動していく。プレイヤとして行動を起こす理由は、目標をもっているというのは「状態」であり、状態を演じることはできないからである。プレイヤは、目標を行動に変換して演じるのだ。
感情もまた、演じられないものである。先述のように、「行動は感情に先立つ」。つまり、行動が先にあり、そこから感情が生まれるのだ。逆に、先に感情を喚起させて、その感情を、これから実行する行動に注ぎ込むことは、アンチパターンとされる(※6)。

※6) ある流派の演技指導では、ここでの見解とは逆に、自分の実生活での経験から、感情の記憶を喚び起こす方法を推奨している。このテキストは、それには与せず、記憶よりも想像力に重きを置く立場から書かれている

行動のまとめ(1/2)


目標 → 行動 → 感情 ⚪︎
目標 → 感情 → 行動 ×

なにもせずに目的を達せられるなら、キャラクタの行動は不要である。キャラクタとして行動を起こすことの理由は、そこに、達成を阻む障害があるからである。演劇においては、キャラクタの目的と障害とがぶつかる際の火花がドラマになる。
このことはマダミスでも同じである。マダミスの場合は特に、他のキャラクタの目的が、自身にとっての障害になることが多い。その結果、キャラクタ間で目的を両立させられない、マルチレンマの様相を呈することになる。

行動のまとめ(2/2)


           キャラクタAの目的
                  ↓
キャラクタAの行動 ← 障害 → キャラクタBの行動
                  ↑
           キャラクタBの目的

マダミスにおいては、目的達成のための行動内容は、会話や議論などの言語的なコミュニケーションがほとんどである。以下、このテキストでは、多くの作品でよく行われる具体的な行動について、RPの観点から検討していく。
どの行動にも共通していえることは、常に目的を意識することが大切だということである。無目的な行為は禁止されてはいないが、その場合も最低限、無目的であることの自覚は必要である。なぜなら、自覚なき無目的は無意識に等しく、それはRPではなく、プレイヤの癖をさらけ出しているだけだからである。

会話

プレイヤは、不意に即興劇に放り出される。そのため、だれが第一声を発するかでお見合いになることがままある。基本的には、語り始めるべき立場のキャラクタが、生じた事件へのリアクションなどで口火を切るのがよいだろう。
議論の主題以外の話題を話すことを、ここでは「会話」と呼ぶ。会話は、議論だけでなく、密談の最初や、沈黙が訪れたときにも行われる。会話では、挨拶や決まり文句が交わされ、内容よりも形式が大切にされる。結果として、感情の動きは少なくなるが、そのぶん逆に、キャラクタの個性が出るともいえるので、役作りの最終確認として利用することも可能である。
アイスブレイクも会話に含まれる。会議では、いきなりは本題に入らず、アイスブレイクを挟むことが定石である。ただしマダミスにおいては、場面の緊迫度やキャラクタ間の関係にもよるので、必須ではない。
会話に相当する行為は、読合せにて実施済みであることもある。その場合は、会話自体が省略可能であり、すぐに議論に突入できる。

議論

議論では、問題や議題を共有したうえで、形式よりも内容を重視する。持論を戦わせることは避けられないが、それを開陳するだけではよくない。大切なのは、他のキャラクタの発言に関心を持つことである。
とはいえ、各キャラクタの目的に応じて、関心領域が異なる可能性もある。自身の興味がニッチである場合は、議論の切れ目を待ってから議題に挙げるか、密談にて特定のキャラクタのみに持ちかけるのがよい。
議論の主導権は、基本的には、職務上の立場や目的によって決めることが望ましい。主導権を握った人物は、発言の促し、質問、要約、タイムキープなどを行う。
ここで質問については、「閉じた質問」と「開いた質問」を使い分けるとよい。
「閉じた質問」は、「はい」か「いいえ」であったり、「A」か「B」か「C」であったり、回答に選択肢を設けている質問を指す。この質問形式は、ビンポイントの事実確認に有効である。ただし、誘導尋間のように捉えられる可能性がある点に注意する。
「開いた質問」は、「どう思うか?」など、回答に制限を設けない質問を指す。この質問形式は、より多くの情報を引き出せる傾向にある。ただし、質問された側に、心理的負荷がかかりやすいことに注意する。

交涉

交渉は、主に密談において、手がかりの取得や同盟の確立を意図して行われる。目的達成のためには不可欠であることも多い。交渉の原資は、「相手にはなく、自分にあるもの」である。それがなにかを考えることからすでに、交渉は始まっている。
以下に、「交渉術」と呼ばれるものを挙げる。しかしこれらの使用は、悪徳商人やクズギャンブラのようなRPをあえてしたい場合を除き、推奨しない。つまり著者は、この手のテクニックには反対である。理由はすぐに述べる:

  • 二分法: 「白か黒か」、「善か悪か」などの二者択一をもちかけ、相手の思考の枠付け(フレーミング)をする方法

  • アンカリング: 最初に提示した条件(極端に高い金額など)を準拠点にフレーミングする方法

  • ドア・イン・ザ・フェイス: 初めに大きな要求をして、あえて断られた後に、本命である小さな要求をする方法

  • フット・イン・ザ・ドア: 最初に小さな要求を呑ませ、要求を徐々にエスカレートしていく方法

交渉は、説得するのではなく、納得させることが原則である。相手を丸め込むのではなく、利害の一致点を見つけ、共通の利益を追求することが不可欠なのだ。交渉は綱引きではない。だれかと引き合っている綱の直線上に見出した妥協点が正解ではない。別の軸を追加して、立体的に思考すべきなのである。上記の「交渉術」を推奨しないのは、こうした小手先の戦術の流通は、クリエイティブな解を見つける努力を停止させてしまい、結果的に、交渉に臨む両者を不幸にするからである。

5. 幕間

幕間においては、主に読合せが行われる。その際の基本方針は、先述の通りである。ただし、幕間のタイミングでは、回想が差し挟まれることがある。

回想

回想は、記憶の再生とは異なる。過去の追体験である。マダミスでは、一部の作品を除いて、回想は独りで行うものである。また演劇と異なり、観客もいないため、RPを表出する必要はないだろう。

6. エンディング

エンディングにおいては、読合せや自由なアクションが行われる。ここでは、各キャラクタが抱えていた秘密が告白されることが多い。

告白

告白にも、「罰を軽くする」、「誰かを庇う」、「罪悪感から解放される」などの目的がある。ここでも、それを起点とした、目標、行動、感情の発生順序を意識することが大切である。
推理小説において、犯人による「そう、私が犯人だよ」という告白は、物語のハイライト。演劇では、もっとも明るいスポットライトが当たる瞬間である。

おわりに

以上、演劇論や演技指導において、多くの実績が認められている方法を、マダミスのRP向けにアレンジして紹介した。「推理だけでなく、RPでも活躍したい」という声を多く聴き、助けになればと執筆したが、その成否については、プレイヤ諸賢の判断に委ねるほかない。
個別の役柄について言及する余裕がなかったので、最後に簡単に触れておきたい。マダミスによく登場する役柄としては、次がある:

  • 学生

  • 会社員

  • 医者

  • 患者

  • 研究者

  • 被験者

  • スパイ

  • 貴族

  • 勇者

  • 狂人

RPの上達のためには、基本的には本物を観察するのがよい。学生から研究者までは、現実世界でもお目にかかることができるだろう。しかし、本物のスパイや勇者を観察する機会はめったにない。そのような場合は、映画などの演技を参考にするのがよい。機会があれば、名優の名演を紹介したいと思う。

重要なのはもっともよく生きることではなく、もっとも多くを生きることだ 

アルベール・カミュ

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