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マーダーミステリー入門 | 推理編

概要

このテキストには、マーダーミステリー(以下、マダミス)の、推理についての基本戦略を記す。執筆にあたっては、多くの事件に適用できる汎用性を目指した。

免責

  • このテキストは、断定口調で書かれているが、内容の正しさを保証するものではない。むしろ著者は、誤りを正してもらうことを望む

  • このテキストは、マダミスに必勝することを保証するものではない。むしろ「勝ち負けに拘るべきではない」という立場から書かれている

  • このテキストには、特定の作品を念頭において記した文章は存在しない。しかし、無意識と偶然の一致により、意図せずある作品の秘密を記載してしまっている可能性は否定できない。不必要な具体例は避けたものの、説明上必要な場合はその限りではない

凡例

  • 犯人ムーブ」と記した箇所には、探偵ではなく、犯人が取るべき行動を記す。この箇所は読み飛ばしてよい

  • 中(上)級者ムーブ」と記した箇所には、中(上)級者が取るべき行動を記す。この箇所も読み飛ばしてよい

はじめに

推理小説とは異なり、マダミスには、アリバイや密室のトリックが存在しない。もしくはあったとしても、それだけで作品を成立させるような、斬新なトリックはまれである。よって、天才的な発想の飛躍よりは、地道なコミュニケーションや調査、検討によって真相に至れる事件が多い。
またマダミスは、犯人を導き出すための要素の数が、推理小説に比べて多い。すべての検討に十分な時間を割けるわけではないため、推理要素に優先順位をつける必要がある。このテキストは、次の順位を提案する:

  1. アリバイ

  2. 凶器

  3. 身体的特徴

  4. 知的特徴

  5. ダイイングメッセージ

  6. 動機

  7. 失言

ここで、数字が小さな要素ほど、検討の優先順位が高い。特に上位のものは、犯行の物理的な可能性を示している。逆に、数字が大きいほど順位は低く、切り捨てて構わないような、取るに足らない情報になっていく。以下、このテキストでは、個々の要素についての探偵法を解説した後、各検討の結果を統合する方法を記す。

1. アリバイ

アリバイは、もっとも重要な推理要素である。しかし、物語の全時間帯における全キャラクタのアリバイを精査する余裕はないし、やりたくもないだろう。そこで、アリバイを洗う時間帯を、被害者の死亡推定時刻の付近に狙い定めるのがよい。よってまずは、死亡推定時刻を絞ることから、推理を始めることになる。
死亡推定時刻を知るために必要な情報は、被害者の①最終生存確認時刻と②検死結果である。①は、各キャラクタのハンドアウト(以下、HO)の情報を持ち寄ることで判明する。②は、手がかりの調査や追加HOでわかる。

中級者ムーブ
特に②は、犯人の手に落ちた場合には、隠蔽される可能性があることに注意する。

犯人ムーブ
とはいえ物語終盤では、ほとんどの手がかりが開示されてしまうものである。犯人として、これを防ぐことは難しい。
たとえば巧みに議論を誘導することで、キャラクタ間に疑心暗鬼を植え付けることができれば、情報を隠すような場の雰囲気を作れるかもしれない。しかし、その場合も隠蔽されるのは、そのキャラクタにとって都合が悪い情報だけである。結果として、犯人にとって都合が悪い情報のみが公開され、かえって注目を集めることになりかねない。
そうなるくらいなら、犯人であっても、致命的な情報以外は積極的に公開し、場を情報過多にした方がよい。探偵たちの眼にも、その動きは推理に貢献しているかのように映り、信頼獲得にも繋がるだろう。

犯人ムーブ
時限式の殺害方法(※1)でもない限りは、生きている被害者を最後に見たのは、もちろん犯人自身である。最終生存確認時刻の検討が始まったとき、犯人にとって悩ましいのは、自ら「被害者を見た」という証言をすべきか否かである。
まず、よほど情報隠蔽に成功しない限りは、証言や手がかりによって、いつかは正しい死亡推定時刻が判明してしまうことを覚悟しよう。それを念頭におくなら、「被害者を見た」と証言するにしても、その時刻を、馬鹿正直に犯行時刻ジャストだとすることも、犯行時刻の後だとすることも、いつか矛盾をきたす。そのため犯人の悩みは、自身の犯行時刻の前に「被害者を見た」と証言するかどうか、ということになる。
この証言が可能なのは、犯行前の比較的長い時間、被害者と一緒にいた場合に限られる。そうでないと、自分の証言時間と、別の誰かと被害者が会っていた時間とが重複してしまうリスクがあるからである。よって、たとえば被害者と面会してから30分後に殺害した場合、「私は15分しか会っておらず、そのとき被害者は元気だった」と偽証する他ない。
証言することと証言しないことの、メリットおよびデメリットは、次の通りである:

- 証言する場合
   - メリット
      ① 自分を有利にする嘘を入れられる余地がある。たとえば「最後に見かけたとき、被害者は誰かと言い争いをしていた」、「思い詰めている様子だった」など
      ② 自分をかばってくれる協力者がいる場合、自分の偽証を裏付けるような嘘の発言をしてくれることが期待できる。この連携が成立すれば、密談をせずともラインを作れる(※2)
   - デメリット
      ① 他のキャラクタが同時刻に被害者と会っていたなど、矛盾した証言がされた場合、嘘つきが一気に絞られてしまう
      ② 最終生存確認者として、ある程度の注目を受けることは避けられない
- 証言しない場合
   - メリット
      ① 偽証をしていないので、矛盾が生じることがない
      ② 余分な注目を受けない
   - デメリット
      ① 本当の犯行時刻に何をしていたかについて問われた場合に、嘘をつく必要がある。「オープンスペースにいた」という嘘は露見する可能性が高いため、自室にいたなどと述べることになるが、もちろんそれではアリバイの主張にはならない

犯人になった場合は、上記のうちのどちらかの選択を迫られる可能性が高いので、心の準備をしておくとよい。

※1) 遅効性の毒や時限爆弾など。なお、時限式の殺害方法であるか否かは、探偵が、死因と凶器から明らかにする事柄である。詳細は次章を参照のこと
※2) 実は協力者などではなく、カマをかけている可能性もある。なぜかばってくれたのかの確認は、慎重に行うべきである

死亡推定時刻を、おおむね2時間以内の範囲で絞れたら、全キャラクタに対して、①その時間にどこで何をしていたのかと、②それを証明できるかを確認。問題となった時間帯のアリバイを精査していく。口裏を合わせられることを防ぐために、密談開始前に、ここまでを実行できればベターである。
ここまでは時間的なアリバイについて記してきたが、不在証明の検討は、これに限られない。犯行現場が、鍵、パスワード、生体認証などで施錠されていた場合は、それを突破できたか否かも、アリバイの精査になる。鍵の入手については、後述の凶器の入手についての記載を参照していただきたい。同様に、パスワードについては後述の知的特徴を、生体認証については後述の身体的特徴を、それぞれ参照のこと。

アリバイの探偵法のまとめ

最終生存確認 and/or 検死結果 → 死亡推定時刻 → アリバイ精査

2. 凶器

誰であれば凶器を使えたかは、大切な推理要素である。凶器は、その候補が複数発見される場合もある。その際はまず、どの凶器が直接の死を招いたかを考えることになる。つまり順序としては、まず死因を特定して、それから凶器を特定する。
しかし作品によっては、死因がすぐにはわからず、手がかりの調査や追加HOを待つ必要がある。特に、手がかりの調査で明らかにしていく場合は、犯人によって隠蔽されたり、偽証されたりする可能性があるのは、先述の検死結果と同じである。
死因が判明したら、その死を招いた凶器がわかるだろう。あとは、その凶器を入手できたのは誰か、(凶器が処分されていた場合は)処分できたのは誰か、を検討する。これらについては、先述の殺害のアリバイと同様に、凶器や処分場所の最終確認時刻から、凶器の入手や処分のアリバイを洗う必要があるかもしれない。凶器の時間的な入手可能性の他には、凶器を入手したり処分したりした場所に立ち入るための、鍵や権限を持っているか、なども検討要素となる。
凶器が特定できた場合、おまけとして、犯行が計画的だったのか、突発的だったのかを見分けられる場合がある。ここで「計画的犯行」とは、物語の舞台に来る前から、被害者を殺害するつもりだった場合を指す。他方「突発的犯行」とは、舞台に来てはじめて殺害を決意した場合を指す。計画的犯行では、凶器を持参してきている可能性がある。突発的犯行では、現場にあったものが凶器として使われる。計画的犯行ならば、犯人には、犯行の事前準備をする時間があったはずであり、より高度な工作が仕掛けられている可能性に注意する。その反面、本当に偶然居合わせた者には、計画的犯行は不可能なはずであるから、その者は犯人から除外できるともいえる(※3)。

※3) なお、計画的犯行か突発的犯行かは、動機を考える際にも有用な情報である。しかし後述のように、このテキストでは動機の情報価値を低く見積もっている

凶器の探偵法のまとめ

死因 → 凶器 (→ 計画的犯行 or 突発的犯行)

犯人ムーブ
現場から凶器を持ち帰っている場合は、その凶器は、自身の持ち物から発見されることが多い。そのため、手がかり調査で発見されてしまった場合に備えて、言い訳を考えておく必要がある。言い訳としては、その凶器は①拾ったものである、②犯行ではない別の用途で使うために持参したものである、③心当たりがない(自分に罪を着せるために真犯人が押し付けたものだ)、などが考えられる。
①には、いつどこで拾ったのかについての、他の証言と整合性がある説明が求められる(※4)。②は、凶器の種類と自らのキャラクタの特性により、所持していても不自然ではない理由を付けられるか次第である。③については、自分の持ち物に忍ばせることができた者は誰かをめぐる議論になり、結果として嘘が露呈するかもしれない。いずれの場合も、嘘がバレなければ、無駄な議論に時間を費やすことができるというリターンは付いてくる。

※4) なぜ拾ったのかを問われる場合もある

犯人ムーブ
凶器をどこかに捨てた場合で、それを再回収したい場合は、手がかり調査において、取得に向けて動く必要がある。そうでなければ、凶器の発見は他のキャラクタに任せて、自分は他の場所の調査をする方がよい。犯人は、状況の整理や(偽の)真相の組み立てのために、常に探偵たちよりも先んじておく必要があるためである。

3. 身体的特徴

犯行を実現するための身体的特徴を検討する。たとえば、犯人は殺しのプロであるはずだ(屈強な者が殺されていたのだから)、犯人は身長が低いはずだ(犯人は狭い通路を通って逃げたようであるから)、犯人は左利きであるはずだ(被害者の右側頭部が殴られていたのだから)、など。
また、あるキャラクタが怪我をしていたり、汚れていたりする場合、それには必ず理由があるので、問いただすべきである。ただし、その理由が事件に無関係である可能性は、常に存在する。

犯人ムーブ
怪我や汚れの原因が犯行に直結している場合は、嘘の理由を考えておくこと。嘘は、一文で説明できるくらいに簡潔なものが望ましい。

4. 知的特徴

犯行を実現するための知識について検討する。たとえば、犯人は被害者と顔見知りであるはずだ(犯人は被害者の部屋に招かれていたのだから)、犯人は使われた凶器がどこにあったのかを知っていたはずだ(客人の目には触れるはずのない凶器が使われていたのだから)、犯人は凶器の扱い方に精通しているはずだ(毒や爆弾など素人には扱えない凶器が使われていたのだから)、など。
知的特徴は、身体的特徴に比べると嘘をつきやすいため、情報価値としてはやや低くなる。

5. ダイイングメッセージ

マダミスにおいては、ダイイングメッセージだけで犯人を特定できることはまれである。
ダイイングメッセージは、その内容よりも、残されていること自体の方が重要かもしれない。メッセージを残せたということは、被害者は即死ではないし、犯人のことを知っていたことになるからである。しかしそれも、犯人による偽装の可能性や、被害者が犯人を誤認した可能性がなければの話である。

6. 動機

動機の情報価値は極めて低い。事故だった場合や、犯人がサイコパスだった場合は、そもそも動機などないし、そうでなくても、人を殺す理由などいくらでも考えられるからである。
探偵が動機にとらわれてしまうのは、人間が「ストーリー理解」をする動物だからである。そのため、推理が進行して隠れた人間関係が明らかになってくるほど、動機の偏重にはなおさら拍車がかかる。もちろん、その推理が邪推ではなく、芯を食っている可能性は、十分すぎるほどにある。しかし問題なのは、それがどちらであるかを判別できない点なのだ。
動機の検討は、雑殴りやジャブ打ち、あるいはロールプレイ(以下、RP)のためのアイスブレイクだと割り切る方が無難である。

犯人ムーブ
他方、犯人にとっては、論理では逃げきれなくなった場合に、動機がないことを主張することが無駄であるとはいえない。レトリックがロジックを駆逐することはよくみられることである。しかし、こうしたパッションは、RPの範疇だろう。

7. 失言

犯人は、被害者の死にざまや現場の状況など、犯人しか知り得ないことを話してしまうことがある。しかし、これはキャラクタではなく、プレイヤとしてのミスである可能性もある。そして、ミスを突くことは、ジェントルマンシップにもとる行為かもしれない。その意味で、失言については、推理要素には挙げるものの、優先順位は最下位とした。

犯人ムーブ
冒頭に述べたように、優先順位が低い推理要素ほど、真相には関係ない情報であることが多い。しかし、それはあくまでも一般論である。何が真相に関係する重要な情報かについては、誰にもわからない。犯人を除いては。
少なくとも犯人には、その判別が可能である。よって犯人の基本戦略は、真相に関係のない情報に、探偵たちの検討時間を費やさせることだといえる。この戦略には、探偵たちに対して「積極的に推理に参加しているのだから犯人ではないだろう」との印象を与えられるという付加価値もある。

推理発表

推理発表では、これまでの検討結果を話せばよい。ここでは、他のキャラクタの発表を傾聴することも大切である。それらは、自分が見落としていたことを補完してくれるだろう。
推理発表のフェアネスについても触れておく。通常の進行では、先に推理発表をした人は、後続の人の推理によって犯人の疑いをかけられても、すでに、それに対する反論の機会を逸してしまった状態にある。そのため、明らかに疑わしい者がいる場合は、その者の発表を最後にすることがせめてもの慈悲である。逆に、発言の機会を失った者に対して、それまで隠し持っていた新しい情報で疑いをかけることほど無慈悲な行為はない。

投票

犯人は、アリバイ、凶器、身体的特徴のすべてを満たす者である。
該当する人物がいないときは、犯人は存在しないことになる。それにも関わらず、選択肢に「犯人なし」がない場合は、推理に穴があったことになる。再検討をするか、その余裕がなければ、アリバイがない者を犯人であると判断する。
逆に、そういう人物が複数存在して絞り込めないときは、優先順位が低い他の要素を勘案する。それでも絞り込めなければ、「自分がこのキャラクタでこの状況なら誰を吊るだろうか」というRPの観点からの判断に譲ってもよい。
いずれの場合も、推理発表での他のキャラクタの意見を鑑みることの大切さは、先述の通りである。

投票のまとめ

アリバイ and 凶器 and 身体的特徴

その他

叙述トリック

ときに探偵は、犯人ではなく、作家とも知恵比べをしなくてはならない。マダミスの作家は、推理小説ではアンフェアとされる場合があることも許されている。双子の犯人や隠し通路はもちろん、未来の科学や魔法も、存在していてよい。
「ヴァン・ダインの二十則」に反するような叙述トリックも、そのひとつである。素朴に考えていた時代ではなかった(実は原始時代の話であり人類初の殺人だった)。素朴に考えていた場所ではなかった(実は別の天体の話であり1日が25時間だった)、想定していたジャンルとは異なっていた(ホラーだと思っていたらSFだった)、など。この認識違いに関しては、全キャラクタが同じズレの中にいる場合もあるし、キャラクタごとにズレ方が異なる場合もある(実はキャラクタたちは時空を超えて会話していたなど)。また、一部のキャラクタだけは、そのズレに気付いている可能性もある(時空を超えた会話の仕掛け人であるなど)。いずれの場合も、ズレは推理に大きな影響を与える、かなり重要な情報である。

上級者ムーブ
とはいえ、マダミスにおいて叙述トリックは、体験価値を高めてくれるギミックである場合も多い。そのため、ズレに関する仮説を思い付いても、ある段階までは気付いていないフリをするのが、他のプレイヤへの配慮になることもある。

おわりに

このようなシステマティックな方法論を提示することは、推理というマダミスの醍醐味のひとつを、ややもすると無味乾燥なものにしてしまう恐れもあった。しかし、この疎らなコンテンツでは取りこぼすほどの内容を、マダミスというフォーマット自体が備えているし、体系化そのものを跳ね除けるのような想像力を、多くの作品が有している。それを思えば、雑多な情報の整理方法をともかくも提供することは、たとえばRPへの注力を促進するなどして、作品の豊潤な味を引き出すプレイングを助けると考えた(※5)。成否については、プレイヤ諸賢の判断に委ねるほかない。
なお、疎にして漏らしたコンテンツとしては、密談や、手がかりの公開・譲渡・交換、感想戦でのトピックなど、多岐にわたる。機会があれば補遺したいと思う。

※5) マダミスにおけるRPの基本方針については、このテキストと同名の「RP編」で公開している

舞台を退いてはじめて気が付いたのですが、人生というものは一つのドラマですね

ドルリー・レーン

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