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再会


コミミズクの狩場での話です。1羽の、フクロウとの再会。
長くなってしまったのですが、読んでいただけたら嬉しいです。



陽が落ちた。

空はもうほとんど橙を失って、

さっきまで淡い白色をしていた月が、
輝きと彩りを増す。
時刻は17時半。そろそろ、夜が始まる。

この時刻に、葦原に立つ枯れ木に、一羽、
コミミズクが止まるのをここ2日、遠くから目撃していた。

ほんの数十秒、この木に止まって、飛んでゆく。
その姿を収めたくて、今日は待ってみることにしたんだ。

約束したかのように、
彼はその木に止まった。音もなく、静かに。

他の鳥類では、
シュッとまとまるはずの頭部が、丸いまま終わる。

その独特なシルエットに、胸がときめく。

止まったのもほんの一瞬。こちらを一瞥して、
彼はすぐに飛んで行った。

さぁ。彼らの時間の始まりだ。



その日、家で写真をよく見て驚いたのは、 
その鳥が、コミミズクではなく、
フクロウだったということです。
コミミズクの狩場にいたから、
勝手にコミミズクだと思い込んでいた。
あそこにはフクロウもいるのか。驚きでした。

大きさからするに、
彼は、昨年の春に生まれた、
まだ幼い個体なのでしょう。

そうだとしたら、もしかしたら。

ある感動的なシナリオを描いてしまいました。 

昨年の、フクロウ探しを思い出しながら。





昨年のゴールデンウィークは、
フクロウの巣探しに潰れていた。
彼らが巣にしそうな林を夜に訪れ、
彼らの声を求めて、うろうろ。

怪しげな場所には、昼間にも、
フクロウが休んでいないか探していました。
そんなことを繰り返しても、なかなか見つからず。
見つけるのは諦めて、ネットに上がっているスポットに行き、
ひとまず姿を見たのを覚えています。

そして、その帰り道。7箇所目だったけな。
怪しいと思って立ち寄った場所。

どうせまたいないだろう、

と諦め半分で入ったその林で、フクロウが飛んだのです。

そして翌朝訪れると、一本の木に、
あの知的な姿が、鎮座していました。
すごく嬉しかった。僕の誕生日の日でした。



大人のフクロウがいたのはわかったのですが、
果たして繁殖をして、雛がいるのか、
半信半疑でした。

確かに彼のお気に入りの止まり木の下には、
糞の跡がありました。たまに小鳥の羽の塊(彼らが食べたのでしょう)も落ちていたり、生活の痕跡はありました。けれど、雛が見えない。

そこから、2週間ほど通って、観察をしていました。
その林で、ひとり、大学の課題を片付けたり、本を読みながら、たまに枝に止まるフクロウを見たり。隣の林ではキビタキが囀り、風に揺れる葉の音に、彼の声が混ざって、とても心地がいい。フクロウの林で過ごす時間は、至福のひと時でした。

隣の林に住んでいたキビタキ。彼もまた、営巣をしていたのでしょう。

そして5月26日、訪れてすぐに気がつきました。樹洞から、白い、ホワホワした、とても可愛らしい雛が2羽。こちらを覗いていたのです。


フクロウは、雛が巣立ち、ある程度動けるようになると、一家でその家を離れます。6月になる頃には、その林はもぬけの殻になっていました。

どこへ行ったのかな。元気にしているかな。
あんなにホワホワな雛たち。カラスかなんかにちょっかいを出されて、怪我をしたりしていないよな。6月に入り、ツキノワグマを探して山へ入ってしまったので、地元のフクロウのフィールドへは行けなかったけれど、彼らの居場所は、ずっと気になっていました。

そしてクマが眠り、地元でコミミズクを探し始めた今年の2月。コミミズクを見つけた場所は、あのフクロウの雛が孵った林から、数キロ先でした。

そして、

そこで出会った枯れ木に止まった鳥は、

フクロウだった。

そう。

もしかしたら、あの時、
ホワホワの白い雛だったあの子に、
再会できたのかもしれません。

そうだとしたら、ちゃんと、自立して、
狩りをしていたんでしょう。
餌のネズミは、捕まったのかな。





そろそろ、春がやってきます。
フクロウたちの、恋の季節。
あの子も、
パートナーを見つけるころでしょう。

一つのフィールドで、
四季を通して観察していると、物語に出会うことがあります。このフクロウのお話は、もしかしたらあの雛と、この写真の個体が別個体かもしれない可能性が拭えないけれど。
それでも、彼らのことを知りたいという一心で観察している身としては、点と点が繋がるような一瞬に、少しでも立ち会えることが、とても幸せです。

小さい頃、鳥の写真を、どこか、

「その種類について知った証」

のように考えていました。

カメラの性能が良くなって、
情報も沢山流れ、生き物の姿を収めるのが簡単になってしまった今、

写真が、
生き物について知った、
あるいは感動した証

なんていう概念は、
成り立たないのかもしれません。
とにかく、手っ取り早く、インパクトがあるものが、良いのかもしれない。

けれど、僕は、
フィールドの自然を眺めて、
彼らを知った延長として、
シャッターを切り続けたい。

フクロウ。

また、僕の来年のゴールデンウィークが
潰れてしまうんでしょう。

今年も、また新たな感動が、
楽しみでなりません。

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