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WEBマンガの作り方(第4回)〔論理的な感情移入について〕


こんにちは。やー、コロナ、いつまで続くのですかね? 世の中のみなさんも相当フラストレーションを溜めているのではないでしょうか? 今朝は千葉も朝から雨で、コロナ+雨だと、やはり、気が滅入ります。

今は雨がやんだので、ベローチェに来て、このコラムを書いたあとは家に帰って犬の散歩をします。

論理的な感情移入

さて、前回は速報を挟みましたが、「論理的な感情移入」のお話をしたいと思います。

これは、この連載の2回目の「直感的な感情移入」の対義語です。

ちょっとおさらいをすると、直感的な感情移入とは、ビジュアル重視の、脳みその思考を介さない、見た瞬間に直感で人間が感じる何か、でした。

論理的な感情移入は、その逆です。絵を見て何かを感じるとか、衝撃的なシーンではなく、そのキャラクターの例えば「努力」や「勇気」、「信念」などを見て、心が震える形の感情移入です。

例えば、『スラムダンク』31巻は、サイレントマンガになっていて、桜木と流川が、初めてハイタッチをする(お互いの心が通じ合う。お互いがお互いを認め合う)シーンがあります。

これは、例え井上雄彦をもってしても、例えば1巻でこのシーンがあっても、読者はあれほどの感動を受けないと思います。私たちは、1巻から『スラムダンク』を読んでいて、おそらく、30時間から50時間、この物語に滞在しています。

繰り返し読んだ人は、それこそ、100時間、200時間とこの作品世界に滞在しています。桜木と流川がお互いを認め合うまでに、本当に色々なことがありました。その、色々なことを覚えているから、私たちは感動し、感情移入をするのです。

論理的な感情移入には「物語滞在時間」が必要

この論理的な感情移入は、基本的には、物語が長く、読者がそこに滞在する時間が長ければ長いほど、効果的です。

この論理的な感情移入が、現実で一番わかりやすい形で見えるのが結婚式です。例えば、新婦の父親は、あるいは新婦は、多くの場合、泣いていませんか? あるいは、泣くのを我慢していませんか?

新婦の父親は、きっと、奥さんが妊娠してから、娘が誕生し、夜泣きが多かったこと、幼稚園生になり、初めて自転車に乗れた時のこと、とてもまっすぐに成長していた小学時代、スポーツに打ち込み、思春期を迎えて中学時代、初めて大げんかをした高校時代、などなど、娘が誕生してから今までの思い出が走馬灯のように頭に流れるから、感動するのです。

これは、当たり前ですが、父親がとてもとても長い時間を娘と共有し、結婚式とは、それを思い出すとても明確なシーンだからです。

私は、これまで16年間、教え子たちと短編マンガを専門に作ってきました。目的は、まだプロではないマンガ家志望者にマンガの文法を教えたり、演出の仕方を教えたり、ストーリーの後付けの仕方を教えたりしながら、彼らが雑誌で賞を取る、担当編集が付き、デビューを目指すことを応援するのが仕事でした。

多くの場合、24ページ、32ページ、40ページのマンガを作りました。この時、いつも立ちはだかるのが、上記の読者の「物語滞在時間」でした。

『ワンピース』は、チョッパーのバックストーリーをコミックス2巻で描けます。天才的演出家、尾田栄一郎がそれをやれば、読者はわき役ではあっても、チョッパーに感情移入出来ます。

これは、ナミでもサンジでもウソップでも同じです。読者はそれぞれのキャラクターのこれまでを、長い時間をかけて読むことで彼らに感情移入できるのです。

「物語滞在時間」を長く取れない短編マンガで、いかに「論理的な感情移入」をつくるか?

当たり前ですが、短編マンガの物語滞在時間はとてもとても短い。よくて10分ぐらいじゃないでしょうか? たった10分で、作者は何ができるか、これが短編マンガの大変難しいところであり、しかし、だからこそやりがいがあるところでした。

やり方は、とてもはっきりしています。まず、物語がどこにむかっているか、明確にする

多くの場合は、主人公が山場で叫ぶセリフだったり、シーンです。そこに向かって物語を進めるのですが、テクニックとして、実際に最も効果的に使えるのがバックストーリー、回想です。この回想作りで、作家の技量が問われます。

例えばですが、専門学校勤務時代から、私がもっとも萎えるバックストーリーは、主人公が心を閉じていて、理由は、子供のころに両親が目の前でマフィアなどに銃で惨殺された、でした。素人の原稿を見ていると、このパターンはとてもとても多いです。

私は(あるいは編集者は、)、「またこれか」と感じます。つまり、作者がキャラクターの深掘りをしていないため、思い付きで、取ってつけたように描くのがこういうシーンなのです。

私は、そういう生徒には、キャラクターの日記を書いてみれば? キャラクターの年譜を作ってみれば? キャラクターがこれまでどんな武勇伝があったり、どんな恋愛をしてきたか、どんどん考えてみてください、と言って来ました。それが上手に出来ると、出てくるバックストーリーがちゃんと地に足が付いている、見ていて「面白いキャラクターだな」と思える回想になっているからです。

もう1つ、『スラムダンク』で、説明するのをお許しください(これは、私は猛省しなければなりません。マンガ教育者にとって、生徒に例を示すときには、今売れているマンガ、でやるべきです。例えば『鬼滅の刃』とか。すいません。それが読めていないのです)。

『スラムダンク』には、ミッチーというキャラクターが登場し、流川に次ぐ人気キャラクターです。このミッチー、最初は不良で桜木たちの活動を邪魔をするキャラクターとして登場しました。

実は、作者の井上雄彦さんの中では、ミッチーはこの場面にしか登場しないちょい役だったそうです。しかし、井上さんはこのキャラクターの背後に、何かを感じ取り、彼が「これまでどんな人生を生きてきたのか」ということを考えました。

そして、彼が中学時代に天才的なスリーポイントシューターだったり、怪我による挫折、バスケットに対する想い、などがあることを感じ取り、彼はちょい役ではなく、この作品のメインキャラクターになる人物だ、と気づいたそうです。

私はこの話が大好きです。短編マンガよりは長いページ数を使ってますが、我々は、工夫次第では、キャラクターのバックストーリーを精密に考えていければ、このようなすごいキャラクターを生み出せるのです。その後のミッチーの活躍は、みなさんご存知の通りです。

これが、まさに「論理的な感情移入」なのです。読者は、「あのミッチー」が安斎先生に対して、バスケットに対してとてもストレートに接するので、感情移入をするのです。これは、感覚ではなく、論理的に物語を読んだ結果生まれる感情移入です。

さて、ここまで、直感的な感情移入と論理的な感情移入を見てきました。

それでは、いよいよ、この2つの感情移入をどのように使うかを、次回はやりたいと思います。

暗い世の中ですが、それぞれ、自分にできることをがんばってやっていきましょう。

それでは。

雨が止んだので犬の散歩に行こう
田中裕久


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