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私がテレビ電話面会を広めるクラウドファンディングを行った本当の理由 〜永寿総合病院の院内感染の経験から〜

皆さん、こんにちは。
だいぶサボっていたnoteですが、不定期ですがどうにか再開します。報道などでご存知の方も多いと思いますが、私の勤務する永寿総合病院で新型コロナウイルスの院内感染が発生し、慌ただしく過ごしていたため、記事を書く余裕がなかったのです。今回、多少は落ち着いてきたこのタイミングで、院内感染の経験を踏まえて、私がこの3ヶ月にわたって行ってきた活動について書かせていただきます。

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2020年1〜2月、都内では次第に新型コロナウイルス感染患者が増えていることが報じられ、感染管理の見直しや面会制限の強化が話題になっていました。当院でも面会制限が開始され、それは緩和ケア病棟も例外ではなく、私個人としては面会ができないなら緩和ケア病棟の意味が半減すると息巻きつつ、療養の場の意思決定においてコロナという要素が加わっている現状を訴える記事(新型コロナ予防、終末期でも面会制限?)を日経メディカルオンラインに寄稿し、面会ができないという理由で在宅療養を選ぶ可能性について論じておりました。そんな当院がまさか新型コロナウイルス第1波最大のクラスターの現場になるとは思ってもみませんでした。

永寿総合病院の院内感染に関する詳細な原因評価や経過については、公式ホームページに当院ならびに厚労労働省クラスター対策班がまとめたレポートが掲載されていますので、そちらを参照いただき、私が個人的に述べることは避けたいと思います。ただ、多くの患者さんやご家族、そして連携してきた多くの医療機関の皆様に多くのご迷惑をおかけしたこと、本当に申し訳なく思っております。

厳しく制限された入院患者への面会

さて、新型コロナウイルス感染症が蔓延してからは、ほとんどの病院で面会が中止となりました。その結果、ご家族と最期まで会えずに亡くなってしまう患者さんや、どうしても入院したくないからとかなり無理しながら自宅で過ごされる患者さんなど、本意ではない終末期の過ごし方をされる方が多くみられるようになりました。実際、緩和ケアにおいてはご家族など身近な人の力は大きく、身体症状のつらさは薬物で緩和できたとしても、死が迫る恐怖や孤独感などご家族の付き添いがあってはじめて緩和されることも少なくありません。病室に1人でいるときはぐったりしていても、ご家族がきたらシャキッと目を覚ます患者さんなど、私は頻繁に経験しています。そのようなご家族の力が得られなくなってしまった病棟は、どこか暗い雰囲気になってしまいました。

最近は以前より新型コロナウイルスが小康状態になっていることもあり、地域によっては面会制限が緩和されるところも出てきています。ただ、私ははっきり言って、安易な面会制限の緩和には反対です。私が永寿総合病院の院内感染を現場で見てきた経験から、安易に緩和して良いなど口が裂けても言えません。

永寿総合病院で感じた院内感染の恐ろしさ

永寿総合病院の院内感染では、大変残念ながら40名を越す方が新型コロナウイルス感染症によってお亡くなりになりました。力及ばず申し訳ない気持ちであり、ご遺族に心よりお悔やみ申し上げます。亡くなられた方の多くは血液がんの患者さんであり、抗がん剤治療を受けている方も含まれておりました。また、当院職員にも多数感染者を出し、中には重症となり命の危機に瀕したものもおります。
ここからは私個人の完全な私見となります。今回の感染の拡がりをみると、このウイルスは本当にあっという間に多数の方へ伝染してしまいます。そして、進行がん患者さんや血液がんの患者さんなど、いわゆる抵抗力が弱っている方の場合は、感染が死に直結してしまいます。幸いにも緩和ケア病棟に入院されていた患者さんには新型コロナウイルスが感染することはありませんでしたが、もし緩和ケア病棟にも感染が拡まっていたら、確実にほとんどの患者さんが助からなかったと思うのです。
また、私は一緒に働く大切な仲間を守らないといけません。次々と感染者が発生する現場に勤務する我々は、本当に恐怖を感じていました。私たちにも家族がいます。自分が感染して死んでしまうのではないか。家族に感染させてしまうのではないか。「先生、怖いよ」って震えながら訴える同僚の顔を忘れることはできません。ですから、患者さんを守るため、そして職員を守るために、院外からウイルスを持ち込まれるリスクを高める面会の緩和を、安易に容認するという考えは持てないですし、緩和するのであれば然るべきところから何らかの指針が出されることが必要だと考えています。

緩和ケアは自殺したのか?

私は日本緩和医療学会で普及啓発に関わる仕事をしています。そのメンバーが中心となり、コロナ禍で面会が難しいご家族のために少しでも役に立ちたいと、以下のようなリーフレットを作成し、ホームページ上に公開しました(もしご利用になりたい方は、ぜひダウンロードして印刷してください)。

リーフレット1

リーフレット2

ただ、このリーフレットを公表したあと、しんじょう医院の新城拓也先生が以下のような記事をbuzzfeedに書かれてツイートされました。簡単に言うとこのリーフレットを批判するような記事でした。

私は新城先生が書かれたこの記事を見て、緩和ケアの専門家として気持ちはわかるけれど、でも自分としては賛成できないと感じました。

ちなみに私は以下のツイートのように新城先生のことを心の底から尊敬しておりますし、私が目標とする緩和ケア医の1人であることは間違いありません。先生の活動や考え方が、今の私を導いてくださったと思っています。

そしてまた新城先生もまた、以下のツイートのように私のことを後輩の1人として応援してくださっています。現にクラウドファンディングへもご支援くださっています。

新城先生は記事の中で「院内感染を恐れ、安全志向の強まり過ぎている医療現場を追認するリーフレット」という表記をされ、感染対策が強すぎて死に逝く患者の権利が奪われていることを訴えられています。そして、日本緩和医療学会としてそのような状態を追認してしまっていることを非難されています。

一方で、私たちはコロナ禍で皆を守りつつ、入院されている方やそのご家族が少しでもできることはないか、諦めてはいけないというメッセージを発しました。決して諦めてしまっているものではなく、今の状況でなにができるかを前向きに考えたものでした。

実際にこのリーフレットは多くのご家族に利用いただいており、以下のような反響が寄せられています。

• おかげさまでお父さんと人生で最初で最後の交換日記ができました。天国に行っても続けたいです。返信はないけど。
• リーフレットのおかげでタブレットを使う方法を知りました。死ぬまで面会できず、次に会う時には火葬場と思っていたので救われました。
• パンフレットを読んで病院の方に知っておいて欲しいことをノートに書いてまとめて来ました。

私は大きく2つの理由で新城先生の主張に異を唱えました。

1つ目は先ほど記載したように、この新型コロナウイルスの院内感染の恐ろしさをまざまざと実感した立場として、正直なところ、死に逝く患者の権利と、他の患者と医療スタッフやその家族を守ることを比べたとき、正直なところ後者を軽んじることは一切できないのです。

そして2つ目は古き良き緩和ケアに漂う特別さへの違和感でした。

緩和ケアだけ特別なのか?

この面会制限に関して論じるとき、緩和ケアだから特別に許可するべきではないかという主張をよく聞きます。実際、面会制限が開始された年始に緩和ケア医が主張された記録を見返すと「緩和ケアなんだから面会制限すべきではない」「感染対策より緩和ケアが大切」という論調が見られていました。

しかし、私はこの主張には反対です。緩和ケア、本来は早期から受けるべきものではありますが、ここでは敢えて終末期の患者さんとほぼ同義として論じます。残されている時間が限られているのだから面会させてあげたいというのは、心情的には理解できます。でも、緩和ケアだけ許される、緩和ケアだけ特別という考えには反対です。他の理由で入院されている患者さんだって、その家族からすれば特別な存在です。そして、特別な患者さんだからという理由で、緩和ケアのスタッフだけ危険を背負わなければならないのもおかしな話です。緩和ケアのスタッフの家族にとっては、そのスタッフは「特別な人」ではないでしょうか。

もともと、緩和ケアに関わるスタッフが「私たちは特別なことをしている」「一般の病棟ではやらないことをしている」「緩和ケアだから患者さんにとって必要なことは何をしてもいいんだ」「緩和ケアだから○○はやるべきではない」といった価値観を隠さず持っていることに、私は大きな違和感を感じてきました。

緩和ケアに古くから関わる医療者から、よく「緩和ケアが一般の医療者に広がらない」「緩和ケアのことを分かってくれない」「病院の中で緩和ケアの存在が浮いてしまっている」という不満を聞くことが多いのですが、それは緩和ケア側が特別な存在であるという態度を無意識のうち、いや堂々と持っていることが関係しているのではないか、そんな疑念すら感じています。

人が亡くなっていくこともまた、最後まで生きていく過程の一つだとも思います。様々な理由で突然亡くなる方もいらっしゃいます。死は全てが特別なのでしょうか?緩和ケアは、私たちの危険を犯してまで行うべき特別なケアなのでしょうか?

議論は尽きませんし、いろいろと考えるきっかけをくださった新城先生には改めて感謝申し上げます。また直接酌み交わしながらディスカッションできる日が訪れることを、待ち遠しく思っております。

面会制限でもできることを考える

ただ、この新型コロナウイルス感染拡大による面会制限が、緩和ケアの良さを失わせているのは間違いありません。家族の存在は緩和ケアにおいて大切な要素でもあり、また感染管理で物々しい雰囲気は患者さんの安らぎを失わせているに違いありません。だからといって、諦めて泣き寝入りするしかないという態度こそ緩和ケアの敗北だと思いました。そこで、私が思いついたのがオンラインでのテレビ電話面会でした。

当院が面会禁止になった頃、ある老齢の女性の患者さんが入院されていました。ご家族は夫しかおらず、以前は毎日のようにお見舞いにこられていました。患者さんは末期の大腸がんで、完全に寝たきりの状態。面会が難しいからと在宅療養の提案も行いましたが、夫は仕事をしており、介護してくれる家族もいないからと入院継続を希望されたのです。

患者さんはいわゆるガラケーしか持っておらず、看護師がお手伝いする形で近況報告をショートメールで夫に送る日々でした。しかしある日のこと、そのような日々に耐えきれなくなった夫が病院の玄関にやってきて何とか面会したいと泣きついたのです。もちろんそれでも面会は許可できません。そこで、私は以前から考えていたテレビ電話越しに会わせてあげようと思い、玄関の外で夫のスマートフォン(持ってはいたのですが、アプリなどダウンロードするスキルはお持ちでなかった)にL I N Eをダウンロードし、病室から私がこのために自費で購入していたタブレットを用いて夫と繋いだのです。

繋がった瞬間の患者さんの笑顔、夫の反応を私は忘れることができません。夫は「うわー、顔が見られた。こんなに嬉しいことはないですよ。」と話されました。妻は衰弱していてはっきりと会話することはできませんが、これまで見せることのなかった笑顔を見せてくれました。私はこれだと思いました。面会できないのは残念だけど仕方ない。でも、患者さん家族のためにやれることをやりたい。それが、このテレビ電話を通じた面会だと。

テレビ電話面会を広めるためのクラウドファンディング

私はこの患者さんで体験したテレビ電話面会を、面会制限で会えない患者さん家族にぜひ広めたいと考えました。そのためには、病院内で患者さんがスマートフォンかタブレットを利用できなければなりません。ご家族がスマートフォンを持っていることは多いのですが、高齢の患者さんの場合は持っていてもうまく使いこなせないことが少なくありませんでした。病棟に患者さんが使用できる無線L A Nが整備されている病院は少ないということも分かりました。また、寝たきりの患者さんの場合、できるだけ大きな画面で顔をハッキリと見られることの価値も実感していました。私は自費でタブレット端末を購入してテレビ電話面会をサポートしてきたのですが、全国の病院で医師が自腹を切ることなどできるわけもありません。そこで私が思いついたのがクラウドファンディングでした。

クラウドファンディングを通じて、タブレット端末を全国の緩和ケア病棟に配備できたら、少しでも患者さんや家族が助かるのではないか。そして、この活動が広まることで、同じようにやってみようと考える施設が増えるのではないか。そういった期待から、全国の緩和ケア医の仲間に呼びかけ、5月15日からクラウドファンディングを開始しました。

すると、反響は想像以上に大きく、開始後わずか半日で当初の目標とした金額(300万円)が集まり、多くの新聞やテレビなどで取り上げていただくことになりました。現在1600万円を越す寄付が集まっており、6月30日に終了予定となっています。多くのご支援、本当にありがとうございます。

クラウドファンディングを開始した理由

さて、いよいよ表題にもあった、私がクラウドファンディングをするに至った本当の理由についてです。その理由の大半は、もちろんこれまで書いてきたように、コロナ禍で面会が許されない患者さんや家族にとって、諦めるのではなくできることをしたいと考え、このような手段があることを全国に知ってもらい、また病院に環境を整えたいと思ったからです。

ただ、この裏には、緩和ケアは特別なことではなく「患者さんやご家族が喜んでくれることを、我々のできる範囲でやる」姿勢であるという、私自身が大切にしてきた価値観がありました。この誰でもできる緩和ケア、すなわち患者さんが必要とすることをするという姿勢を、多くの方に知って欲しかったのです。クラウドファンディングを通じて、諦めないで行動すれば、できることがあるんだっていうことを伝えたかったのです。これが緩和ケアなんだと知って欲しかったのです。

Withコロナの緩和ケア

新型コロナウイルス感染症は、私たちの生活を一変させ、さまざまな価値観を変えていきました。緩和ケアも以前のようには戻らないかもしれません。でも、新しい取り組みをするチャンスであるとも感じています。古き良き緩和ケアにしがみつくだけではなく、病院にきてもらったり往診したりするかわりにオンライン診療を行うこと、タブレット端末を用いた家族面会や病状説明を行うことなどなど、これまで病院に来ることが難しかった家族が関わるチャンスも増えるのです。医師の回診時にオンラインで繋いで家族に参加してもらうなんて取り組みもできるのではないでしょうか。

現在も都内は感染が蔓延しており、日々危険と隣り合わせの診療を続けています。患者さんや職員たちの身を守るため、精一杯働いています。こういった日々がいつまで続くのだろうと憂鬱な気分になることもありますが、一方でwithコロナの新しい時代に何ができるか、前向きに考えたい気持ちである自分もいるのです。長々と書いてしまいましたが、院内感染からここまで私がやってきたことをご紹介したく、お付き合いいただきありがとうございました。皆様も気をつけてお過ごしください。

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