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【人生クッキング #001】性弱説が世の真髄

1. はじめに

皆さんこんにちは。ひろげとんです。
今日からテーマが決まりまして、ライフハックを大枠のテーマにこれから語っていきたいと思います。
というのも、この5年間でさまざまな失敗、時には命に関わるような失敗もしてきた経験がある現在僕の身近に困っている方がいたら(友人や家族など)ぜひ少しでも力になれればと思いブログに認めようと筆を走らせたまでです。

2. 性善説・性悪説・性弱説

では、筆なのかはさておき本題に入らせていただきます。
皆さん「性弱説」という言葉を知っていますか?
そもそもよく知られている言葉として「性善説」「性悪説」という言葉があり、中国の孟子が性善説を、荀子が性悪説を唱えたのですが、じゃあ「性弱説」とは何なのでしょうか?
経営学者の伊丹敬之が編み出した造語であり基本的に性善説とほぼ同義なのですが、人間なのだから時に魔が差してしまうくらいの心の弱さを併せ持っているだろうとする考え方です。
下記に「性弱説」の解説で分かりやすい動画を見つけましたので共有します。

3. 「説」に対する変遷

僕は小学校時代にそれこそ漫画でしか描かれないレベルであろういじめを受けました。その経験もあってかその時代から既に性悪説が地球という名の球体の動力源であると思い込んでいました。この思い込みはつい最近まで続くのですが、あることをきっかけに性弱説に変化しました。
それは大学時代にDJをしていたときにそこの関係筋に誘われて投資詐欺に引っ掛かり(詳細はまた違うときに話します)、数百万の借金を負ったときです。自分に弱さがあったから、そして目先の金銭欲に溺れたから、色々挙げればキリはないですが、つまり魔が差したからです。それからさらに受けたいじめについて思い返す時間がありました。もちろんいじめは撲滅されるべきであるし失くしていかなければならない事ではありますが、いじめる本人ももしかしたら家庭環境が泥沼化していて、もうストレスの捌け口が学校であり、今すぐにでも吐き出さないと死んでしまうという精神状態にまで来ていたのかもしれないと考えると一概に相手だけ責めたり恨んだりするのも間違いなのかもしれないと最近感じています。それこそ性弱説なのです。

では性弱説はあって当たり前、人なんだからという理論自体は成立するということは分かりました。しかし、逆に心が弱いときに悪であることを徹底的に潰すだけの社会はどう思いますか?
SNSが発達してその傾向がより顕著になってきているというか、浮き彫りになってきていると思いますが、僕は心が弱まっている状態である人間が「悪」そのものである。その「悪」をまるで悪魔が乗り移ったかのような表現をして批判する。そのような殺伐とした世界で果たして心の弱い方の救いになるのでしょうか?もっと言うと心が弱まっている方に対して追い打ちをかける行為というのは果たして根本的な人間性のある徳の高い態度なのでしょうか??
僕は追い打ちをかける人こそ「悪」であると思います。弱い心の持ち主なら強くアップグレードしてあげればいいのです。その手助けをしてあげればいいのです。答えは非常にシンプルで、今回で言えば「弱い」の反対語は「強い」ですからその反対語を想像しながら行動できていれば上記のような行為に至らないはずです。最近の人間は対義語に基づいて行動するのがどうも苦手な方が多いように見受けられます。つまり素直ではないんです。直感で行動できない方が多いのです。

4. テスラ保険と性弱説

2022/12/02のVoicyでしゅうへい氏も語っていましたが、Twitter買収で未だ熱の冷めないイーロン・マスクが経営しているテスラモーターズが去年の10月に開始した「テスラ保険」もこれまた面白いシステムで、今まではドライバーの過失や事故など、基本的にドライバー側の属性情報で判断し保険料が決定されていましたが、この保険はセーフティスコア、つまり安全運転をどれだけできているかで保険料の額が決定するという、まったく新しい手法を提示してきました。賛否両論はあると思いますが、まさにこれも「性弱説」を元に設計されたシステムです。しゅうへい氏は性善説と語っていましたが。
でも、本来はこの方式の方が世の中にとってwinwinのはずなのです。何故ならまず過失を良くする方と安全運転のエキスパートが同額の保険料というシステムに疑問を持たない時点でおかしいですし、過失ばかりする方のみ保険料が高騰していけば、煽り運転など悪質な運転が必然的に減少するからです。ここまでがしゅうへい氏の語っていた部分ですが、僕はさらにここにもう1文あると思っていて、悪質な運転ももしかしたらストレスが溜まりに溜まっていて吐き出せずにいたから起こしてしまった行為、つまり魔が差して起こしたかもしれないと考えたときに、その状態は心の弱い状態なので「性弱説」だと考えることもできます。加害者側の内面にまで深堀りをすると見えてくる視点であると僕は思います。
従って「性弱説」というのは少し精神観論的な要素が含まれると思いますが、世の真髄であると思います。人は善き動物でありながらも同時に心の弱さも併せ持っているという、二項対立の関係にあると考えます。

5. 終わりに

人間は二面性の生き物です。表面だけで生きている人間などほとんどいません。誰も心が完璧に逞しく精錬されていて強固な人間など僅かです。心が弱いからこそ助け合う心が芽生えるのです。
「性弱説」を善き友達にしていきましょう!

皆さん、どうでしたでしょうか?
何か意見などあればコメントいただけると大変嬉しいです!
では次回のNoteもお楽しみいただければと思います!
今後とも応援よろしくお願い致します。

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