見出し画像

対談Q水野良樹×Tehu 第2回:「狭場」と「広場」の違いって何だろう。


今は、大量の「狭場」ができている状態。

Tehu:今回のテーマは「広場」で、水野さんのプロジェクトもHIROBAじゃないですか。この問いって、すごく大事なことだなと思って。もちろん「広場」でできるエンタメを考えなきゃいけないんですけど、「広場」って何だろうと。

水野:そうです、そうです。

Tehu:そこを必ず定義しないといけないと思うんですよ。水野さんもHIROBAというプロジェクトでいろんなひとと繋がって、その繋がりを広げていって、というコンセプトがあると思うんですけど。僕は「広場」の定義が昔に比べてすごく難しくなっていると感じていて。「広場」って、何をもって「広場」と呼べるんですか?

水野:それは最近ちょっと思ったんだけど、「コト」が起きる場所にしていきたいんですよ。自分がなんでHIROBAを始めたのか考えてみたとき、みんなが「ヒト」に行っているところが最初の課題意識だったんですよ。もうちょっと前の話、カリスマが溢れていて、カリスマの言うことが正しくて。

Tehu:今もそっちの方向に突っ走っていますからね。

水野:もしくは分断がたくさんあって、ひとつ正義っぽいものがボンと出ると、そこにみんな寄っていっちゃう。その正義から照らし合わせて、細かいことが合わないと潔癖症みたいにすべて悪になっちゃう。そういう分断が起きているなかで、「ヒト」とか「モノ」を中心に物事を考えると難しいなと。

Tehu:うん。

水野:そして、なんで「ヒト」に会っているのかなって思ったとき、誰かと話したり、一緒にものづくりをすると、「モノ」を作っているんだけど、一方で「コト」を起こしているんですよね。現象をひとつ起こしている。その仲間意識であったり、コミュニケーション自体がそもそも人生なんじゃないかと。

Tehu:うん、うん。

水野:このHIROBAは、人間たちが何か一緒に共通の行動を起こすとか、何かのひとつの現象を起こすとか、「コト」を起こすためのものなんじゃないかなと思って。そういう意味としての「広場」に対して、人間はどう向き合っていけば、もうちょっと平和に楽しく生きられるのかっていうのが、ひとつのテーマではありますね。

Tehu:今の話すごくおもしろいです。「広場」は「コト」が起こる場所である。ただ一方で現在、カリスマってひとたちがいて、彼らが「コト」を起こし、それを摂取する場所になっている。それはおそらく僕らの夢見る「広場」ではないと考えたとき、あえて「広場」に対立する概念として、狭い場所=「狭場」というものを仮に置いたとして。「狭場」と「広場」の違いは、すべてのひとを受け入れられるかどうかかなって思うんですよ。

水野:あー。

Tehu:たしかに世の中って、昔の神事のところからなぜかどこかで、「みんなで一緒に」みたいな動きが常にあった気がしていて。でも人類は20世紀、基本的に戦争ばかりしていた100年間を経て。インターネットという道具ができて、人々が自分で情報収集したり、意見を発信できたりする環境が生まれて。今、起こっていることって、大量の「狭場」ができている状態だと思うんですよね。

水野:はいはいはい。

Tehu:その「狭場」って、昔はよくクラスタって言いましたよね。特定の興味を持っているひとが集まる。それがインターネットのいいところと言われていた。でも改めて考えると、クラスタって実は極めて排外的で。すべてのひとを受け入れようとはしないわけですよ。何かしらのテーマについて、同じ意見を持っているひとを受け入れる場所であって。反対する意見を持っているひとは、そのひと自身も居心地が悪いし、入られるとみんなも居心地悪い。今、そういう場所ばかりになっている気がするんですよね。

水野:はい。

Tehu:では、自分がそうでない「広場」といえるような、すべてのひとを受け入れられる場所に所属できているかと考えると、意外とないなぁって。

アドリブ実力勝負の路上ライブは、ひとつ「広場」的なエンタメ。

水野:ないかも。今、奇しくも「狭場」って言葉をポッと考えてもらったけど、言葉っておもしろいなと思って。「狭い」ってことは、どこかに隔てているものがないと、「狭い」という概念は生まれない。だから、超越しなきゃいけないラインが必ず何か用意されていて。そこに入れるひと、入れないひとが出てくる。要は「広場」は境界がないってところからスタートしているんですよね。

Tehu:うん、うん。

水野:物理的に境界はないけど、「コト」が起きていることで生まれる、ぼんやりとした見えないラインみたいなものはないようであり。あるようでない。入ってこられるし、出て行ける。その感じがほしいなって。

Tehu:すごくわかります。いきなり具体にいきますけど、そういう理想の「広場」をエンタメでやろうとなったとき、どんなエンタメだろうって考えてみると。

水野:そうなんですよ。

Tehu:多分、まずカオスですよね。

水野:カオスです。

Tehu:さっきおっしゃっていたように、意外と音楽の届け方は変わらなかったと。ステージの上にアーティストが立っている。この壇って、その「広場」にあってはならないものになるじゃないですか。水野さんがやられているいきものがかりのライブも、いきもののファンが来る場所。まぁ「狭場」なんですよ、要は。

水野:そうなんですよ。

Tehu:そうじゃないひとたちも入ってくるとなると、実はそれって水野さんたちが初期やっていた、駅前での路上ライブ。いろんなアーティストの方が、路上ライブで即興の力だったり、酔っぱらったサラリーマンへの対応だったりを磨かれるとおっしゃるじゃないですか。そういうアドリブ実力勝負のものは、ひとつ「広場」的なエンタメなんだろうなと。ただ、それは“カリスマが作ってみんなに届ける”という一体感のあるエンタメを超えるほどの面白さを持てるのか。

水野:難しい。

Tehu:あまりに筋書きがなさすぎて、想像すらできないですよね

水野:ちょっとヒントになるかわからないけど、かつては国家間で、たとえばあるコミュニティーのなかで、ちょっと大きなメディア、テレビとかラジオとか、大きな地域性のなかで何か共同体意識を持たせる仕組みがあって。それで世間みたいなものができていた。でもそれがすべて取っ払われて、非常に大きすぎる共同体、共通意識を持たせるような、インターネットというものが登場して、それこそ「広場」っぽいものが出たんだけど。

Tehu:うん。

水野:それでみんなが自由に発言できるようになって、結果、この感じかって…。

Tehu:そうです。まさに「広場」の必要条件って、ひとりひとりが意思を持っていることなんですよ。受信側ではなくて、送信側にならないと、「広場」って成立しない。そして、インターネットで初めてそれができる。で、この結果なんですよね。たくさんの「狭場」ができちゃうんですよね。

水野:今、みんなそこをポジティブに捉えてないじゃないですか。

Tehu:はい。捉えてないですね。

水野:ポジティブじゃないってことは、みんな共通意識としてある。でもどうしていいかわからない。だから結局、SNSから離脱したり、触れないでおくかってなるひとが多い。結果、大きな「狭場」ができただけ。

Tehu:まさに。これも人間の限界論というか、できないことを望んでも仕方がないと僕は思っていて。適切な夢を持たないと実現できないわけですよ。人間が完全な平等というか、全員が同じ機会を持ち、分け隔てないような「広場」において生まれるものをエンタメ化するって、ちょっと人間の能力を超えている感じがしていて。

水野:なるほど。そうかもしれない。

雨が降ると伝説になる。

Tehu:何かしらそのヒエラルキーのなかで、ひとつ上に立つものが存在しないと難しいとは正直思います。ただ、それが人間である必要はない。たとえば、神様ならアリだよなって。

水野:秩序を作る仕組みをどれにするかってことですよね。

Tehu:でも神事が素晴らしい「広場」に適するかというと…。大体の神様系の話って、その神様の声が聞こえるひとが唯一いたりして。結局、そのひとが力を持ってしまうみたいなことがあるじゃないですか。だから、純粋にその「広場」において、みんながそこと自分の関係だけを意識することができたら…。スピリチュアルぽくなっちゃうから、もうちょっと現実的な話をすると、たとえば天気とかね。

水野:うん。

Tehu:広場とか屋外で何かイベントやるときって、天気が重要じゃないですか。もちろんライブは、音楽でみんながひとつになるんだけど。たしかいきものがかりの海老名での野外のコンサートで。

水野:雨、降った。

Tehu:僕、ドロドロになりながら観に行ったんですけど。あれって結構、伝説って言われているじゃないですか。

水野:雨降るとね。そうなりますよね。

Tehu:雨が降ると伝説になる。MCでも、「今日は雨降ったんで、伝説にしましょう」っておっしゃっていたと思うんですよね。僕はあれすごく覚えている。それは音楽とは別で。天気というものが存在して、みんなその天気のもとにひとつになった瞬間があったなって。

水野:なるほど、なるほど。

Tehu:カリスマじゃない何かがその場にいる人々をひとつにする。そういう機能はちょっと期待してもいいのかなって思ったり。

水野:タクシーの運転手さんに、「今日、このあと雨降るらしいですよ」って、言われることあるじゃないですか。あれ正直、僕は人見知りなので、どう答えていいかわからないんですけど。

Tehu:同じです。

水野:あれって、天気ってものを通して関係が結ばれるんですよね。「雨が降るとお客さんが増える」とか、彼なりの話があって。僕は僕で、「次の現場、雨降ってほしくないな」とかあって。でも雨に対して何か考えている、ってことは同じだから、そこで見ず知らずのふたりが会話できる。そうなると、そこに起きている「コト」が人間を繋げるのかなって。

Tehu:ってなると、さっき言った、「分け隔てなくすべてのひとが参加できる話題」ってすごく限られてきますよね。そういう意味では、天気っていいな。絶対に影響されるし、99.9%の方が今日の天気を知っているわけで。そこからどんなエンタメができるんだろう。

次回の更新は9月28日(水)になります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?