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湖に燃える恋・第17話「しょっぱいラーメン」

明美は俺の顔を見るなり、かなり驚いた顔で絶句しながら
 
 
 
 
「………荒木…………さん?」
 
 
 
とまるで初めて俺と会うような顔で不思議そうに見つめられた。
 
 
 
 
「何でここに来たのですか?」
 
 
 
「何でって……明美……ちゃんが怪我をしてしかも意識がないって聞いたから、釧路から飛んできちゃった……あはは……。」
 
 
 
「わざわざ、何で? 誰から私のこと、聞いたのですか?」
 
 
 
「お姉さんが・・・・・電話で教えてくれて………。」
 
 
 
 
「え?なんでおねえちゃんが 荒木さんの電話番号を知っているのですか?」
 
 
 
「え~? 何を言ってるの?だって明美ちゃんと………。」

 
 
「え~? まさか、お姉ちゃんと荒木さんってつきあってるの?お姉ちゃん、カレと別れたの?」
 

 
 
会話がかみ合わない。それどころか、俺を見る明美の目がどこかおかしかった。


「得意先の営業マンの荒木さんに、わざわざお見舞いに来ていただいて申し訳ありませんでした。私は大丈夫です。お姉ちゃんとはいつからそういう関係なんですか?」
 
 
 
「はぁ? 明美、何を言ってるのよ~!私じゃなくてあなたと………。」
 
 
 
 
俺は、懸命に明美に言い返そうとするお姉さんの間に入り
 
 
 
「お姉さん。いいです。今日はこれで失礼します。明美ちゃん、お大事にしてね……。」
 
 
そう言って俺は、明美に手を振った。明美はとても素敵な笑顔で
 
「ありがとうございます。」と笑ってくれた。
 
 
 
そして俺とお姉さんは、明美に気づかれることなく別々に病室を出てきた。
 

 
 
「お姉さん、彼女、俺の記憶がないのかも……。」
 
 
 
「え? だって荒木君の顔も名前も覚えていたでしょ?仕事のお得意先の営業マンだという事も知っていたでしょ?」
 
 
 
「確かにそこまでの記憶はあるようですが…おそらく俺と明美が恋人同士であったという記憶が飛んでいるような気がします。ここに来て最初に俺を見たあの明美の目は俺のことをそんなふうには見ていないのをなんとなく感じました…。」
 
 
 
 
 
「え~?どうすればいいのよ? 」
 
 
 
「まだ、意識を取り戻したばかりだから、完全に脳が機能していないのかもしれない。先生にも相談しますが。今日は俺は留萌に泊まって、明日また来て見ます。」
 
 
 
「わかったわ、先生に一緒に相談しに行きましょう。」
 
 
 
 
 
俺とお姉さんは主治医の 澤田先生の所に行って俺と明美の関係についてこと細かく説明し、そこの部分の記憶がなくなっているようだと伝えた。すると先生はこう言った。
 
 
 
 
「記憶喪失の部分健忘の可能性が考えられます。脳への外傷、精神的ショック、極度のストレスやトラウマにぶつかった場合、その精神的負担になる部分の記憶が全て抜けてしまう
 
ということはありえます。もちろん、本人と問診をしてみますが、何か思い当たることはありますか?」
 
 
 
「彼女、自分はお酒を飲まないと男の人と接することが出来なかったり以前の彼氏にDVを受けていたこともあるようです。
そんなことが関係して俺との恋愛の記憶までもがなくなるのですか?」
 
  
澤田先生の口からは最悪の言葉が出てきた。


 
「もしかすると、自分の今までの恋愛経験全てを忘れてしまっているのかも……そうなるとかなり記憶をとり戻すことは難しいかも知れません。まずは問診をして見ますが・・・・・・今すぐ事が好転するようなことはないと思っていてください。」
 
 
 
 
 
……………なんてことだ!
 
 
 
 
俺の存在、俺の顔、俺の名前も、俺の社会的地位も全てわかっている明美が、俺との心と体の結びつきを全く覚えていないなんて……。
 
 
 
まさに奈落の底に放り投げられたようだった。
 
 
 
 
「荒木くん、ごめんね……あたしが、あたしが明美から記憶を奪ってしまったようなものだわ、ごめんね・・・・うう・・・。」
 
 
 
お姉さんは声を殺すように大きな涙を流しながらすすり泣いていた。
 
 
 
 
「お姉さん、自分を責めないで、明美は対外的にはどこも悪くない。最悪、俺が我慢すればそれで終わってしまうことだから・・・。
それじゃ、明日またここに来ます。失礼します。」
 
 
 
 
 
そう言ってはみたものの、実質的に俺の存在を認めていないことと変わりがないことが俺にとっては悲しいことであった。

 
 
 
16時、体が持たないと今日、初めて口にした食事は涙と鼻水で味付けてしまったしょっぱいラーメンであった・・・。


           〜第18話に続く〜

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