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ファベーラの週末/ブラジル旅行記

リオデジャネイロ最終日はRaposaの故郷、先週行ったRocinhaで過ごした。

定期的に行っているRocinhaのレッスン後、日本から持っていったウィスキーを渡した。
ブラジルでは日本では普通に一般的に飲まれているウィスキーは高級品でジャックダニエルクラスのウイスキーでも酒販売店ではショーケースに入り鍵がかかっている。

お世話になった人にあげようと思っていたので丁度よかった。
特に日本ウイスキーは手に入らないくらいこちらでは価値があり、「お父さんも好きなんだよー。」と終始ご機嫌だった。

ウイスキーと共にリオでの生活で捨てる予定だった食べ物や衣類などなんでもファベーラでは貴重なので寄付して欲しいと言われ全て寄付した。

色々寄付している様子

その後はいつものところに行くぞと街中を歩いて
馴染みの路地のバーへ連れて行ってくれた。

カメラはやめて欲しいとのことなので、写真は撮れなかったけどギリギリ人がすれ違がえるかくらいの小道を通り、階段を上がり降りる。まさに迷宮。
電線の束が天井のように上を通る。
先導してくれる地元民を見失うと色々な意味で終わりなので必死に着いていく。

そんなこんなでまずは知り合いのカポエイラ仲間の家に。コーヒーをご馳走になりながら屋上に上がるとすごい景色。
約3万世帯がここで生活している。

ホシーニャの夜
Raposaと息子メレンジーニャ
ここで昔この地に住んでいたコタロー先生
座ったら椅子が砕けて
みんな爆笑しているところ


前も書いたけど、ここで生活している人たちは自治の方法が複雑なだけで普通の人たちが大半だ。

Rocinhaは資金稼ぎの為観光客向けにファベーラツアーを行っており、スラムという事がツアーの売りなので住民の殆どは薬の売人だとか、すぐ危険だとか悪意的にふかしているらしいがそんなことはないと憤っていた。

不法に住み着いたとよくあるが、そもそも非人道的にアフリカから連れて来られた奴隷達が制度廃止後やむを得ず、誰も住んでいない丘の上に住んだのがファベーラのはじまり。

そこに生活しなければ生きていけない状況が制度廃止から200年以上たった今のファベーラを作っている。
不法に住んでいる貧民達だなど、よそ者の観光お気楽外国人きて軽く口を挟んでいい問題じゃない。

週末なのでどこらじゅうでファンキなどの音楽が爆音でかかっている。とても良い気分だ。

その後いつものバーへ。

いつもの路地バー

少しシャーベット状に凍っているくらいビールがブラジル人は好きらしい。
頭がキーンとする冷えたビールが、独特の雰囲気と合わさりホントにうまかった。

ごきげんRaposa

街中では週末ということもあり、路上一帯がクラブのようになっていた。
子供たちが夜遅くまでサッカーを楽しみ、若者は着飾って街に繰り出す。
爆音でなってるファンキで踊るおじさんかおばさんか分からないジャンキーに一緒踊ろうと襲われた笑

襲われているシーン
ファベーラの週末

だいぶ飲んだので「そろそろ帰るよ!」というとRaposaが、「よし。サイデーラだ!」と言ってもう1本頼んだ。サイデーラとは最後の1本という意味らしい。

が、飲み終わってもどんどんでてくる。
「もうそろそろ、、、」と言うと
「いや、サイデーラは10回あるんだ」と終わらない。
嘘かと思ったがホントに10本頼み解放された笑
流石にお腹タプタプになった。

酔いで手元がブレブレのサイデーラたち。

リオデジャネイロ最後の日にとても良い人たちと良い時間が過ごせて幸せだった。

これで今回のリオデジャネイロは終わり。
地球の後ろに戻って来たい場所がまたできた。

夜のホシーニャ
道を挟み向こうは高級住宅街。
常に軍警察が配置されている。

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