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【うたた寝列車】

1990年代半ばのこと。
その頃、僕は大学2年生だった。
滋賀県にあるR大学に通うため、その日も最寄りの駅まで急いでいた。
愛車のチャリンコを必死にこぎながら。

というのも、本来は2限目からの講義であったが、
その日に限って大学の悪友の一人から、
『1時間早めにきてほしい。話したいことがあるから。』
と、ポケベルに表示されていた連絡先に電話した際に言われたからだ。

その頃は、今と違ってスマートフォンはなく、大学生にとっての連絡ツールはもっぱらポケットベル(ポケベル)が主流だった。

時刻表を事前に調べることもできなかったので、大雑把にいつもより1時間早めに家を出た。が、それでもやっぱり心は逸る。

駅の改札口を通り抜けて、ホームへと続く階段を駆け下りた。
ちょうど電車が来たところだった。

(良かった。あとは、乗り換えがスムーズに行けば・・・)

心のなかでつぶやきながら、たった今到着した電車に乗り込んだ。
車両に足を踏み入れた瞬間、
いつもと違う違和感が僕の心にのしかかって来た。
違和感というか、車両内の雰囲気にいつもと違う何かを感じたのだった。

(あれっ?)
(この車両だけ立っている人が多いな。)
(しかも、席ガラガラに空いているのに)
(いつもより早い時間帯やし、ちょうど通勤ラッシュが終わったとこなんやろうか)

と、その違和感について深く考えないままに、
空いている席を早々に確保した。

(さてと。)

昨日買ったばかりの雑誌をカバンの中から取り出し、
ペラペラとページを捲る。
あっという間に、次の駅に到着。そのまま雑誌に目を向けていると
出発のアナウンスが車両内に流れ出した。

その時だった。
急激に睡魔が襲って来た。
抗うことのできない、突然の睡魔。

一瞬のうちに、眠りに落ちてしまった。
その刹那、回らない頭で僕は考えていた。

(何で?)
(今朝は、よく寝たーって、スッキリと起きれたはずなのに・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・

乗車駅から4つ目の駅を過ぎた頃。
眠りに落ちた駅から3つ目の駅に到着。

到着のアナウンスとともに、唐突に目が覚める。
いきなりの覚醒に驚きながらも、頭も身体もスッキリとしている。
と、この時までは思っていた。

(あれ?ここどこや?)

思った以上に寝入ってしまったかもと、
僕は焦って、駅のホームの案内板をみる。

(良かったー。乗り過ごしてないわ。)

乗換駅は次の次の駅だった。
ホッと一安心していた僕に、頭上から突然声が降ってきた。

『乗り過ごしはなかったみたいですね。良かったです。』
僕はポカンと口を開けて、首だけで頷く。

『わたし、おそらく君が寝入ってしまった駅から乗ってきたんだけど』
『この時間帯のこの車両だけ、座ってしまうと乗車した次の駅を過ぎた辺りから、絶対にうたた寝するんだって』
『で、だいたい3駅過ぎた頃に目が覚めるって話』

『だから、わたしはこの時間帯の電車に乗るときは基本立っているの』
『だって、起きれなくなったら嫌やん』

と、一気にまくし立てた。

『えっ?何で?そうなんや・・・』

声の方を見上げながら、つぶやく。
同い年くらいの大学生ぽい女性がそこに立っていた。

しっかりと覚醒したはずなのに、頭がまわっていないのか
そう返すのが精一杯だった。

『ところで、君ってR大学の人でしょ?』
『キャンパスで見かけたことあるもん。』

おそらくその時の僕は声をかけられた時以上に、さらに驚いた、
いや間抜けな顔をしていたのだろう。
彼女が満面の笑みで僕を見下ろしていた。

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