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バロさん

新婚旅行で僕と妻はアルゼンチンとペルーを周遊するツアーに参加した。

当時僕は一眼レフカメラを持っていて、様々な有名観光地の風景を写真に収めながらツアーを楽しんでいた。

そのツアーの半ば、僕たちはマチュピチュに到着した。
そのツアーの1番の目玉と言って良いだろう。

そこで、有名な画角でマチュピチュの全貌を撮影し、ガイドブックには載っていないような遺跡の細部を撮影し、僕と妻との2人の写真を撮影した。


マチュピチュ遺跡の観光を楽しんだあとは昼ごはんだ。
そのツアーの計画では、昼食は遺跡の入り口近くにあるレストハウスでとることになっていた。


そこで事件が起きた。

食事を終えた時、僕は座った席に置いたあったはずの一眼レフカメラが無くなっていることに気づいたのだ。
その瞬間、青ざめた。

盗まれた。
もう戻ってこない。

このツアーの沢山の思い出が詰まったカメラだ。

カメラを失ったことよりも、その思い出を切り取った写真を失ったことに深い絶望感を覚えた。


大切な思い出が詰まったカメラを簡単に諦めるわけにはいかない。

日本から一緒のツアーコンダクターに相談したところ、そのレストランの人に事情を説明してくれた。

話を聞いたレストラン側では、防犯カメラを回してあるので見てみよう、と提案をしてくれた。


周りの方たち皆が協力的で心強かった。

防犯カメラの映像を、僕と妻とレストランの人と現地ツアーコンダクターの人と一緒にチェックした。


たまたまなのだが、僕たちが食事をしていた席は防犯カメラの真正面にある場所で状況がよく確認できた。

そしてその映像にはっきりと映っていた。
僕のカメラが持ち去られる瞬間を。


僕の席の座面後ろ側に置いていたカメラ。
それが食事の最中に床に落ちた。

僕は気づかなかったのだが、後ろにいた人は気づいた。
そして、気づいたその人はカメラを手にしてそのまま去ってしまったのだ。

なんであんな場所にカメラを置いたのか、なんでカメラが落ちたことに気づかなかったのか、自分を責めたがもう遅い。
持ち去られる瞬間は捉えられたが、だからといってカメラが戻ってくるわけではない。

しかしその時、一緒に映像を見ていた現地のツアーコンダクターが言った。


持ち去った人は自分とは違うペルー現地の旅行会社のツアーコンダクターではないか、と。
持ち去った人の顔ははっきりしなかったが、少し薄めの青いポロシャツが現地旅行会社の制服に見えるとのこと。

そこから、その一緒にマチュピチュを回ってくれた現地ツアーコンダクターの方が色々と手を打ってくれた。

彼の勤める会社の人に連絡、その会社経由でカメラを盗んだツアーコンダクターが勤める会社へ連絡。

僕の知らないところで、そんなやり取りがあったようだ。


なんと、その日の夜に無くしたカメラが戻ってきた。

カメラを取り戻すのに尽力してくれたツアーコンダクターの勤める会社の社長が、僕のカメラを手に宿泊しているホテルに現れたのだ。
ツアーコンダクターの方もその会社の社長も、2人ともとても申し訳なさそうにしていたのだが、僕は感謝しきりだった。

日本のツアーコンダクターは、盗まれたものが見つかって戻ってくるなんて初めてだ、と言っていた。

そう。
あれは、奇跡だったのだ。


僕たちのために奔走してくれたペルーのツアーコンダクターは、バロさんというお名前の方だ。

彼のことは忘れない。
この先もずっと忘れない。

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