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江刺をどこにも負けないりんご産地に・・わい化栽培、新品種の育成・導入に精魂を込めて

 皆さん、こんにちわ~
 私が書いている育種家の育種体験記も、今回が15人目となります。私が編集委員をしている全国新品種育成者の会は、毎年新時代に向けた優れた品種の開発と普及に努めている個人育成の表彰を行っていますが、2021年度に育種賞を受賞されたのが、今回話し手をしてくれた岩手県奥州市の高野卓郎(たかお)さんです。高野さんは、残念ながら今年御病気のため82歳で亡くなられました。心よりご冥福をお祈りしたいと思います。高野さんの功績は、育種の功績はもちろんですが、多くの技術等の開発を行い、江刺地域のリーダーとしてわい化りんご産地の育成と発展に尽くされたことです。その努力と挑戦の姿は、私のこの聞き書き作品からも読み取っていただけると思います。
 それでは、ぜひお読みください。高野卓郎さんの体験記です。

 

話し手  高野卓郎さんと奥様(みちのくロマンの圃場にて) 

❒ 父が病弱だったので、小学生から農作業を行う

 私の住む岩手県奥州市は、北上川が中央を南北に流れ、西の奥羽山脈、東の北上山地に挟まれ、2006年(平成18年)に水沢市、江刺市等の6市町村が合併して誕生しました。私は、その奥州市江刺区でりんご生産をしている紅果園の高野卓郎(たかお)です。
 
 両親は、稲作と野菜と若干のりんごを作る農家でした。病弱だった父のために、私は小学生の時から薬剤散布用の水くみ等の農作業を手伝っていましたが、岩谷堂高校農学部を卒業した1959年(昭和34年)に就農しました。

 ❒ リンゴ専業農家になったきっかけは、ふじの苗木の購入

 我が家がりんご専業農家になったのは、味の良いりんごと紹介されていた新品種「東北7号」(後の「ふじ」)の苗木が売りだされたので、1960年(昭和35年)に10本の苗木を購入したからです。それまでは、我が家で「国光▾」や「紅玉▾」を作っていたリンゴ畑は、つぶして野菜を作るつもりでいたのです。しかし、その「ふじ▾」は「国光」や「紅玉」の4~5倍の価格で売れたことから、りんご専業経営をしようとの思いに変わったんですよ。

❒ 仲間とわい化栽培を勉強し、わい化用の苗木の生産も始める

 1970年(昭和45年)、地域を盛り上げたいと同志を募って30名ほどで江刺りんご同好会を設立し、専門家を講師としたわい化栽培▾の勉強を始めました。同時に、我々はわい化栽培用の苗木の生産も始めました。M9台より有利なM26台は出回りがなく、自分たちで大量自給するためです。M系の台木▾は挿し木繁殖ができないので、実生にM26台を継いで作ることにしました。

❒ 農水省の事業で全国初のわい化りんご生産団地を実現 

 わい化栽培は、江刺地域が青森や山形と比べて日照時間が少ないので、木と木の間隔をあけた栽培が適していると考えたからです。1972年(昭和47年)農水省のりんごわい果栽培モデル事業を知り、市有地18haを確保、14戸の協業経営による小倉沢りんご生産組合を設立し、全国初のわい化りんご生産団地を作ることができたんです。造成地は粘土土質でしたが、明渠▾、暗渠▾を同時に行う方法を見つけて生産量、果実品質も向上したんですよ。 
    

❒ アメリカ育成品種ジョナゴールドを生産販売

 ある時、ふじの育ての親、斎藤昌美さんの次男から1本の苗木をもらい、1972(昭和47年)年に「ジョナゴールド▾」の生産が始まったんです。「つがる▾」と「ふじ」の二品種が定着していましたが、江刺の特徴を出して産地を盛り上げようとしたんですね。でも、アメリカ育成品種を作って売るのは大変で、東京の三越本社に行って試食してもらったりと販売ルートの開発に動きました。栽培でもカルシウムの欠乏による生理障害に悩まされましたが、導入から7年過ぎたころから「ジョナゴールド」の評価を高めることができました。
 

ジョナゴールド

❒ 育種を開始 

 私が育種を本格的に始めたのは、1998年(平成10年)58歳でした。育種は、味、色、形等の果実の特徴に加え、樹の性質、病害虫の抵抗性、栽培しやすさなどから優秀なものを選ぶ、1万本に1本出るかという大変な作業であり、新品種の導入と共通している。
 
 わたしは、かって味が良いとされた「千秋▾」と「北斗▾」を地域に導入したのですが、収穫直前に表皮が裂けたり、落果したりという被害にあって中止した経験があり、新品種選抜には味だけでなく、栽培ロスが出ないことにも考慮して実施してきました。
 
1996年(平成8年)から毎年1000~2000本を交配し接木して植栽しました。台木用品種の育成は2006年(平成18年)から開始しました。初成りまでは超密植にして剪定、摘果はせず、初結実したとき(接ぎ木植え付けして4~6年目)に良否を判断して、良になったものは翌年に苗木を育成して通常栽培し、その原木は剪定、摘果して一般品種と同じ管理を行い、植え付け6年目以降は木の姿を見て良否の判断を行う方法を取りました。

❒ 真夏に赤くなる極早生の紅ロマンを育成

 最初の育成品種は、「シナノレッド▾」の自然交雑実生▾の「紅ロマン」で2007年(平成19年)に初結実しました。りんごが色づくのは9月下旬以降なのに、暑い夏に赤くなる品種で、味が良いので即座に増殖を開始してわずか4年でデビュー、高値販売を行うことができました。 
 
 生食用品種として続いて育成したのは、果色が黄色のシャリっとした食感で爽やかな食味の「ゴールドロマン」と高糖度で肉質良好な「藤原ロマン」、甘みが強くパリパリとした食感の「奥州ロマン」、甘さと酸味が適当な「みちのくロマン」、「江刺ロマン」と「伊達ロマン」、甘さと酸味が適当で梨のような食感の「ロマンのしずく」、さらに挿し木繁殖可能なわい性台木品種として「ロマンエース」を育成し、品種登録▾と商標登録▾を取ることができました。


紅ロマン


ゴールドロマン


奥州ロマン


「ロマン」は、岩手の誇る世界遺産「平泉」の黄金文化と悠久のロマンにちなんで付けたもので、全て商標登録の名称です。
 
 「紅ロマン」「ゴールドロマン」「藤原ロマン」「伊達ロマン」「ロマンのしずく」は、岩手県内に限定して苗木販売し、「奥州ロマン」「みちのくロマン」「江刺ロマン」は全国の苗木業者から販売を行うこととしました。「江刺ロマン」はアメリカで品種登録、「奥州ロマン」「江刺ロマン」は中国、韓国で登録申請中、「みちのくロマン」はT&G社がアメリカとヨーロッパで試作中です。
 
 2011年(平成23年)には、りんごの赤肉品種と岩手県生物工学研究センターと共同して重イオン照射による育種を開始しました。最近では、地球温暖化に伴う変温環境下でも、着色が良く、品質低下のない新品種の開発にも力を入れています。
 
 育種には、産地づくりにとどまらず、日本の農業まで変えてしまうほどの力が秘められているので、国内生産量1%以下の江刺が大きく飛躍する可能性があると思っています。 
   

❒ 低樹高栽培の実施

 私は、「江刺りんご」の発展を目指し、直面する課題と向き合って来ました。知的財産権を生かした育種に未来を見出すまでにも、多くの発見や技術の開発がありました。1985年(昭和60年)頃は栽培面積が拡大した時期で、どうしたら省力化できるかをいつも考え、思いついたことはどんなことでもやってみました。

 わい化栽培では、下枝にも充分に日が当たるよう定植後3年目までに通常より側枝を20本程度確保することで主幹延長枝の伸長を抑制する低樹高栽培を行ったことで量も質も良くなり、台風に強いという利点も持たせることができたんです。
    

❒ JM7台木の挿し木に成功


M26台木わいか樹ふじ、江刺で初結実(昭和50年)

 江刺りんごの市場評価が一気に高まったのは、JM台木の登場がきっかけでした。挿し木によって増やすことができるのが特徴で、糖度がそれまでの台木より1度高くなります。中でもJM7台木は熟期が早く、素地の品質が向上するなどの利点がありました。早速挿し木を行ったのですが、1年目、2年目も活着しなかったんです。苗木業者に聞いて、挿し木圃場の深さ40~50cm下をふかふかにする方法を開発し、どんな条件でも安定した活着率が得られるようなりました。それで穂品種を接ぎ木したJM7台木を挿し木することに成功し、2年程度を要して育てていたわい化りんごの苗木が1年で作れるようになったんです。  
   

❒ 古タイヤでのネズミ駆除技術でマメコバチの導入を実現

 JM台木の弱点はネズミの被害が多いことです。そこで、古タイヤを畑の中に多く置き、半分ほど土に埋め、そこにできたネズミ穴に殺鼠剤を入れて駆除する方法を考えました。今では、地元から奥州市江刺区に、そして全国に普及し、今後は多くの作物で役立てられると思います。そうやって開発した技術を共有し、みんなで前に進んでいくことが、農業の理想の形だと私は思うんです。
 
 私は、訪花昆虫のマメコバチ▾の導入にも取り組みました。中心花の止まりがミツバチより良く、ミツバチの80倍の受粉能力ことで知られている昆虫です。自分なりのやり方で増やすことができたので、集落にミツバチから切り替えることを進めましたが、ある農薬を散布したことでマメコバチが全滅する事態にもなり、検討した結果1年で3~4倍に増殖する飼育方法を見出すことができました。

マメコバチの巣

 2008年には、奥州市の事業、その翌年には国の現場創造型技術活用・普及支援事業により助成を受け、江刺りんごのすべての団地でマメコバチを導入することが可能になりました。
    

❒ ふじ生誕60周年記念全国コンクール第1位など、数々の受賞を  受ける 

 私は樹の生理等に基づき、作物のためになることは何かを考え、それを実践してきました。これらが功を奏したからでしょうか。1990年(平成12年)岩手県で開催された「ふじ生誕60周年記念全国コンクール」では、全国から出品された363点の中から選ばれ、第1位の農林水産大臣賞を受賞することができました。 

昭和35年に江刺に初めて導入した「ふじ」の記念樹(高野さんの圃場)

 私がちょうど還暦を迎えた年の受賞であり、誕生年が同じ「ふじ」とは不思議な縁を感じています。
 
 永年にわたってりんごに取り組んできたからでしょうか、1995年(平成7年)には「いわて純情りんごコンテスト」最優秀賞、1990年(平成12年)には全国果樹研究連合会長賞、2007年(平成19年)には「第8回果樹技術・経営コンクール」の農林水産大臣賞と日本農林漁業振興会会長賞、2010年(平成22年)には黄綬褒章と、数多くの賞を受賞させていただきました。

❒ 今の楽しみは、作り出した新品種を孫と試食して批評しあうこと

高野さん一家(豪さん、高野さん、奥様、豪さんの奥さん)

 長男夫婦が経営の主体となった今の私の楽しみといえば、品種育成のため、孫と一緒に園地で試食し、批評し合うことです。本音を言えば、まだまだやり足りないと思っていますが、そういうタイミングで道を譲るよう人生はできているように思います。でも、頑張ってきたおかげで、私の1つの役目は果たせたのではないかと思うのです。さまざまな失敗と研究に費やされた時間があり、多くのことを教えてくれた人がいたからこそ、何事にも屈しない強い気持ちをもって、ここまでたどり着くことができたと思っています。
 
 
    長い文章でしたが、最後まで読んでくくださり、ありがとうございました。
 私の手元には、高野さんの息子の豪さんから贈られた生前に高野さんがりんごに打ち込んできた歩みを書かれた本があります。その本「農家のロマン」には、江刺リンゴの発展に取り組んだ高野さんの情熱、探求心、謙虚さ等があふれています。高野さんの思いのあふれた本の一部を紹介させていただいて、筆をおかせていただきます。

 
◈  事前に知識を持ってやることは大切だけれども、知らなかったからこそ
 行動でき、大きな成果につながることもある。
 
◈ 分からないことがあれば、年齢や経験年数など関係なく頭を下げて教え
 を乞い、間違ったことをしてしまった時には、誠心誠意、謝罪する、それ
 しかないと思ってやってきた。人とのつながりは、ここぞというときに大
 きな助けとなる。
 
◈ 大切なのは、課題解決のヒントを見逃さず、答えにたどりつくまであき
 らめずに検証する姿勢だろう。
 
◈ 私の農業人生は、失敗の連続だった。しかし、こうした経験はすべて、
 次の作戦を導き出す糧となった。そして、ともに勉強する仲間をたくさん
 つくったことで、得るものはさらに大きくなった。
 
◈ そうやって開発した技術を共有し、みんなで前へ進んでいくことが、農
 業の理想の形ではないかと私は思う。
 
◈ 今がいいからこの先もいい状態が続くという保証はない。だから、20年
 先、30年先を常に見据えて、先手を打っていかなければならない。

 
 
            用語(▾印)解説
 
▾国光: アメリカバージニア州原産で明治初期に日本に導入され、青森県
   では別名「雪の下」と呼ばれる。日本の風土に適していて貯蔵性が高
   く、約100年間りんごの基幹品種として栽培された。
▾紅玉: アメリカニューヨーク州の農園で発見されて、明治初期に日本に導
   入された。果皮が真っ赤、小玉で酸味が強く荷崩れしなくいのが特
   徴。交配親としても優れ、多くの品種を誕生させた。
▾わい化栽培: 接ぎ木した穂木の成長を抑える性質を持つわい台木を使用し、
   コンパクトな形で多くの本数を植える栽培様式。作業の省力化を図れ
   る長所がある。
▾台木: 接ぎ木するときに土台となる植物で、根を持っていて接ぎ木され
   るほうを指す。台木に接ぎ木するほうを接穂又は穂木という。接ぎ木
   することで、病害虫に強い、花付きが良いといった台木の性質を穂木
   に受け継ぐことができる。
▾明渠:  蓋などでおおわれていない、水面が見えたり上部が開いていたりす
   る水路。
▾暗渠:  地中に埋没された外からは見えない水路。
▾ジョナゴールド:  アメリカのニューヨーク農業試験場が育成し、1968年
   に発表した。親はゴールデンデリシャス×紅玉。1970年に日本に導入
   され、大玉で適度な甘味と酸味があり、シャキシャキとした歯ごたえ
   が特徴。
▾つがる:  青森県りんご試験場が「ゴールデンデリシャス」×「紅玉」の交
   配組合わせで育成した品種。交雑して40年ほど後に品質の良さが認め
   られ、「つがる」と命名された。8月収穫の早生種で果肉はやや固
   め、果汁が多くシャキシャキとした歯ごたえが特徴。
▾千秋: 秋田県農業試験場が「東光」×「ふじ」の交配組合わせで育成
   し、1980年に品種登録された品種。円形でサイズはやや小さめ、果肉
   は緻密でかたくパリッとした食感で、果汁をたっぷり含み、甘味の中
   に程良い酸味があるのが特徴。
▾北斗: 青森県りんご試験場が「ふじ」×「印度」と考えられる交配組み
   合わせで育成し、1983年に品種登録された品種。果実が大きく、果肉
   は緻密で歯ごたえがあり、甘味の中に適度な酸味があり、濃厚な味わ
   いが特徴。
▾シナノレッド:  長野県果樹試験場が「つがる」×「ビスタベラ」の交配組
   み合わせで育成し、1997年に品種登録された品種。果皮の地色は黄緑
   で赤が縦じまにまばらに付き、完熟すると全体に真っ赤になる。果肉
   は黄色っぽい白で適度な歯触りがあり、甘味酸味共に強くなく、ジュ
   ーシーでさっぱりした味が特徴。
▾自然交雑実生:  人為的に行った交配によってでなく、自然に他の種や品種
   の花粉が就いたことを自然交雑といい、自然交雑したものから採った
   種から芽を出して成長すること、又はその種から成長した植物。
▾品種登録:  苦労して農作のつの新品種を育成した者に、その生産、加工、
   販売を独占できる権利である育成者権を与え、その権利を一定期間保
   護する制度。この制度は関係国がそれぞれの法律に沿って実施してお
   り、日本では種苗法に基づいて申請のあった品種について、農林水産
   省が審査し、新品種として認められた品種を登録している。
▾商標登録:  商品やサービスにつける名前やロゴを国(特許庁)に登録する
   こと。登録された商標には商標権が与えられ、商標権者はあらかじめ
   指定した商品・サービスにその商標を独占的に利用できる。

 
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