企業価値評価(2):類似会社比較法

ひろです。それでは企業価値評価の続きで、類似会社比較法です。

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類似会社比較法とは、要はPERやEV/EBITDA、PBR等の各種指標を用いて価値評価する方法です。各種指標の計算方法は、他のサイトや書籍にお任せします。類似会社比較法も、類似会社の実際の株価等を使用することから「マーケット・アプローチ」に属しています。

さて、類似会社比較法になってようやく「株価は100円なので、評価結果は100円です」という世界から脱して、いわゆる「バリュエーション」っぽくなってきます。まず、類似会社比較法を用いる場合の主なメリットや留意点、主要指標を整理してみましょう。

メリット

各種指標は実際の株価や決算情報を基にしていて誰でも計算可能なので、客観性が高い点がメリットですね。PERやEV/EBITDAでは今期予想値や来期予想値を基に算出することもあり、その場合は「何の予想値を使用するのか(Bloombergのコンセンサス値、S&P Capital IQのコンセンサス値、SPEEDAのコンセンサス値、会社の公表予想値)」によって左右はされますが、同一データベースを使用すれば誰もが同じ結果に辿り着きます。恣意性が入る余地は少ないですし、対象企業の今期や来期であれば、それなりに予想値もあてになるレベルで策定することが可能と思われます。

留意点

「類似会社ってどこで、どのくらい類似しているんですか?」という点に尽きます。当然ですが、事業規模、利益水準、事業内容や事業ポートフォリオにおいて、完全に同一の企業は存在しません。よって、企業Aに類似する企業BのPERが15倍だったとしても、即座に「企業Aの価値評価上でもPER15倍を用いるべし」とはなりません。企業Aの事業規模が企業Bよりも大きかったり、利益率が高かったり、事業内容において今後のより強い成長が予想されたり、といった場合は、ひょっとすると妥当な水準はPER15倍を上回っているべき(企業Aは企業Bに対してプレミアムが付与されるべき)かも知れません。逆もしかりで、上記が逆の場合(小規模、低利益、低成長)には、企業Aは企業Bに対してはディスカウントで取引されるべきかも知れません。あるいは、資本構成が大幅に異なっていて、単純に比較するのが困難である可能性もあります。
「類似企業を選択して、PERの平均値をとって当てはめれば終わり」というような話ではなく、「平均値が望ましいのは対象企業が平均的な企業だからなのか?」と考える必要があります。優れた企業にはプレミアムが付与されても何もおかしくないのです。そもそも、「平均をとるくらいには各企業の各指標はバラバラ」なのですから。
よって、最終的には高度な判断を下す必要があります。

主要指標

<EV/EBITDA>
まあ、業界を問わず、実務上は大抵使用される指標かと思います。現預金を大量にため込んでネットキャッシュ(現預金と有利子負債をネッティングすると、現預金が多い状態)となった会社は、株価に現預金の価値があまり反映されないので、EV/EBITDAが低くなる傾向が強いです(ひろの見解です)。

「何故現預金が企業価値に織り込まれないのか?」という点については、ひろは「金庫」の例えを考えています。
①ここに単体としての価値はゼロ円である想定上の金庫があるとします。(金庫自体としては如何なる価値も有しない。)
②金庫には100万円が入っているとします。
③あなたは金庫のカギを持っていないので、決して開けることはできません。
この場合に「金庫の価値は100万円でしょうか?」という問題です。
そうです。「カギ」を持っていれば100万円を取り出すことができるので、理論上は金庫の価値は「概ね100万円」と言っていいでしょう(「手間賃」相当が減算されるのみ)。
しかし、実際はあなたに金庫を開けることはできません。金庫の金があることを知りつつも、取り出す術はないのです。これでは「金庫の価値はゼロ円」と評価せざるを得ないでしょう。

ここで、「金庫」を「企業」に置き換えて、「カギ」を「大多数の株式(議決権/経営権)」に、「100万円を取り出す行為」を「配当等株主還元」と置き換えてみましょう。

あなたはカギを持っていないので、当該企業に影響力を行使することはできません。企業には100万円の現預金が無駄に眠っていることが分かっていますが、それを配当等として取り出すこともできません。経営陣は株主還元をするつもりはないので、将来的にも100万円は企業に蓄えられ続けます。
この時に、100万円は企業価値に加算することはできるでしょうか? 少数株主にとっては、到底できません。そのような影響力はないからです。開けられない金庫の価値はゼロ円なのです。
しかし、では、大株主として重要な影響を行使できるようになったら、それこそ、100%買収したら、どうなるでしょうか? その時は100万円を株主還元なり、その他自らが「有益」と考える使途に充てることができます。

ここからも分かる通り、眠る現預金(及び有価証券などの現金同等物)を価値に織り込めるのは、当該企業が積極的に株主還元で株主利益を重視していない限りは、買収者のみなのです。「カギ」を持つ者にとってのみ、金庫は100万円の価値を持つのです。
よって、現預金が多い会社はその現預金価値が株価に織り込まれづらいため、EVが低くなり、EV/EBITDAが低水準になるのです。
専門的に言えば「株主と経営陣との間に利益相反がある」「株主と経営陣の間に情報の非対称性がある」等の指摘になるのでしょうが、ひろ的にはこの「金庫のたとえ」の方がしっくりときます。

さて、EV/EBITDAの使用において特に注意する業界は、航空業界や物流業界のように、自前で航空機/物流施設を有せずに「賃借(又は営業リース)」することがある業界ですね。
自前で保有していると「減価償却」ですから、EBITDAはbefore depreciationなのでその費用は反映されませんが、賃借していると「営業費用」ですから、EBITDAではその費用が反映されています。よって、EV/EBITDAの分母が、施設の保有方法に左右されてしまうことになります。
そのようなものを避けるためにEBITDAR(Rは賃借料(rent costs))という指標もありますが、賃借料は開示されているか不確かなので採用は若干厳しいです。
よって、これらの業界では、場合によってはEV/EBITDAはあまりあてにしてはならない指標となります。

国際企業間比較でも法人税率は当然異なりますし、「本当にEBITDAが正しい指標になるの?」と突き詰めていくと、「どこまであてにしてよいか」の限界は当然に存在することを理解しつつ活用することが重要だと思います。

<PER>
こちらも業界問わず、実務的には頻繁に使用される指標です。最終利益なので、一時要因の影響を強く受けてしまうことが問題ですね。そういった場合には「平準化(特殊要因の影響を取り除く)」処理が必要です。

そういった平準化の一環と言えばそうですが、昨今では「Cash PER」と言って、のれん償却額を加算した当期利益を用いる場合があるようです。
これは、「買収を永遠に繰り返しはしないので、のれん償却額は長期的にはなくなる」という平準化の一環と言えると思います。そこは減価償却費とは異なりますね。減価償却費が生じる設備投資をしないわけにはいかないですからね。
さて、このCash PERですが、会計基準が類似会社間で異なる場合は、IFRS(International Financial Reporting Standards)や米国会計基準ではのれんは償却しないので、日本会計基準で償却している分を足し上げることによって平準化し、可能な限り比較可能にしているとも捉えられます。特に、PEファンドがIPOを志向する場合には、会計基準をIFRSにしておいてのれん償却が生じないようにして、見かけの利益を向上させることが多いです。そういった場合には、日本の会計基準で償却している会社についてのれん償却額を足し戻してあげることで、比較可能にすることは、一定の意味があると言えると思います。
とは言っても、当然ですが会計基準が違えば利益水準もそもそも違うので、そのような調整もそもそも限界があることを理解しつつ使用する必要があります。

会計基準の変更によってどのような影響があるか、ぱっと検索すると旭硝子のリリースがありました。
2012/12期の売上高は変化ないようですが、当期純利益は438億円→484億円になる、と試算されています。2013/12期の当期純利益予想値も100億円→150億円と1.5倍になるようです。随分変わってきますね。

<PBR>
こちらも比較的よく使われる指標ではありますが、なにせ自己資本という「ストック」をベースにした指標なので、あまり使い勝手がよろしくありません。
膨大な資産(工場等)と負債を保有するような業態(石油精製等)や、金融業のように「自己資本こそが重要指標」という業界であれば採用され得る、という感じだと思います。

PBRについては、算数的にPBR=PER×ROE、が恒等式となっています。
一応確認すると、PBR=時価総額÷自己資本=(時価総額÷当期純利益)×(当期純利益÷自己資本)=PER×ROE、です。

この式からは、以下のように考えることができるようになります。
すなわち、「類似した業界・企業についてはPERがほぼ同一になると考えると、ROEによってPBR水準は決定される」ということです。
このことを活用すると、PBR-ROEの相関図を作成し、回帰線を求め(PRB=a×ROE+bという式)、評価対象企業のROEから適正PBRを求め、適用することが可能です。
「それってPER使用しているのと変わらないよね?」という突っ込みもごもっともなのですが、業界的にPBRを使用するデファクト・スタンダードがあるとそんなことも言っていられません。

このような相関図に基づく分析は、他にも可能です。それこそ「EBITDAの水準が高いとEV/EBITDAが高い」という規模の経済の働きが見られるかも知れませんし、「EBITDAマージンが高いとEV/EBITDAが高い」という、安定性の高さによる割引率の低減が見られるかも知れません。

こういった総当たりの分析は、最終的には人の手ではなく、AIが相当部分を担うことになろうかとは思います。

<EV/Sales>
あまり使用されないですが、一部ベンチャー的な企業で、利益がほぼ存在しない場合に採用されることがあり得ます。とは言っても、売上から下の費用構造は企業毎で異なることもあるでしょうし、なかなか使用には慎重になってしまう指標だと思います。ひろ個人としては極力使いたくない指標です。

<配当利回り>
あまり使用されないですが、配当に着目して買われている「配当銘柄」と言われるような企業では使用されることがあります。
配当に加えて株主優待も存在する場合は、その価格も考慮して計算することがあります。物品の場合はある程度わかることもありますが、優待券等の場合は「ダフ屋に売却したらいくら?」を調べて適用します。

<その他>
他にあるとしたら、ネット系でユーザー数を基に価値評価するようなこともあるみたいです。あまり利益やキャッシュ・フローに依拠した価値評価でなく、EV/Salesの亜種みたいなイメージなのかなあ、と。
PERでは個々の成長性が反映されないので、PEG Ratioという成長性を加味した指標もありますが、日本ではまともに使用されているのを見たことはないです。

とりあえずはこんなところですかね。「指標はどういう風に計算して、適用する際はどのように計算するの?」という内容は、他のサイトや書籍にお任せします。

~ここまで過去の記事~

まあ、こんな所ですかねえ。。。
ではではまた。

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