企業価値評価(1):市場株価法

ひろです。ここからは企業価値評価手法ですね。

~ここから過去の記事~

さて、今回からはモデル構築ではなく、企業価値評価についての方法についてまとめていきたいと思います。

大まかに言えば、実務上使用される企業価値評価方法としては、①市場株価法、②類似会社比較法、③DCF(Discounted Cash Flow)法があります。金融機関の場合は、企業価値を算出してから株式価値を算出するDCF法ではなく、直接株式価値を算出するDDM(Dividend Discount Model)法が採用されることが多いかと思います。
他には修正簿価純資産法や類似取引比較法が、稀に使用されることもあるかな?という程度です。こちらの2つは私も使用したことはありません(類似取引比較法は、参考情報としては確認しますが、正式な価値評価には用いたことがないです)。

今回からは、順々に各手法について解説していきたいと思います。1つの手法につき1~2投稿くらいですかね。
最終的にどのように判断するのか、ということも、可能であれば纏めたいかなと思います。

では今回は①市場株価法です。

これはいわゆる「マーケット・アプローチ」と呼ばれる方法で、「市場で観測される指標を利用しよう!」というものです。
では「市場株価法における『市場で観測される指標』とは?」と言いますと、ずばり評価対象会社の「株価」です。よって、市場株価法は株式価値を直接に算出していく手法です。

具体的に言うと、「今の株価は100円です。よって市場株価法では100円です。」ということです。

…ふざけとんのかい!」と思ってしまいますが、残念ながらそういう手法なのです。

実際では、案件公表日を「本日」とすれば、市場株価法はたとえば以下のような計算を行います。

前営業日の株価:200円
前営業日から過去1週間の単純平均株価:195円
前営業日から過去1か月の単純平均株価:190円
前営業日から過去3か月の単純平均株価:195円
前営業日から過去6か月の単純平均株価:180円
→市場株価法では「180円~200円」と評価

「単純」平均株価としたのは、「出来高で加重平均をとるVWAP(Volume Weighted Average Price)ではありません」と明示するためです。
今回は過去6か月までにしましたが、実務上の限界は恐らく1年間かと思います。それ以上の期間をとった事例は、私は見たことがありません。1年であっても、そこまで長期にとる場合は稀で、特有の事情がある場合と思われます。

更に、案件公表日が「本日」であってとしても、現実の世界ではリークによって先だって報道がなされてしまう場合があります。すると株価がその報道につられて動いてしまうので、そういった場合は株価の基準日を「前営業日」ではなく「憶測報道日の前営業日」として算出することがあります。

市場株価法が用いられた、具体的な事例を見てみましょう。上記のような単純な株価の算出ではなく株価の比率(「1:0.79」等)を算出する統合案件なので少しわかりづらいかもしれませんが、裏側では①株価のレンジを出す→②比率のレンジを出す、という計算を行っています。

新日鉄住金の統合案件

さて、新日鉄住金の統合案件においては新日鉄は三菱UFJモルスタ、メリルリンチ、みずほ証券、JPモルガンを、住金はSMBC日興、ゴールドマン・サックス、ドイツ証券、大和証券を、それぞれ財務アドバイザーとしていました。
それぞれの評価結果が別紙に記載されているので、市場株価法に注目して見てみましょう。

新日鉄のアドバイザーでは、三菱UFJモルスタとメリルリンチが、市場株価法の基準日を2つ設定していますね。
本件では「検討開始」のリリースが先に出されており、恐らく「統合を踏まえて株価が推移したのでは」ということで検討開始リリースの日も基準日においたのでしょう。
一方で、本統合リリースは9月ですが検討開始リリースは2月です。憶測報道のように公表数日前ならいざ知らず、「半年前の株価だけで考えちゃいました! ここ半年間の動きは一切無視します!」とはまさか言えないでしょうから、2つ設定したようです。
比率は「住金の株1株につき新日鉄の株X株」という意味ですので、三菱UFJモルスタの計算の通り、2月時点では「0.676 ~ 0.716」だったのに9月では「0.697 ~ 0.722」 に上昇していますから、相対的に住金の株式価値は2月から9月までに向上した模様です。
これが「統合でプレミアムが付与されることを市場が織り込んだのでは?」ととるのか「ファンダメンタルの差が出てきたのでは?」ととるのかで、解釈が分かれてきますね。

住金側ではドイツ証券が珍しく「過去1年間」まで平均株価を取りにいっていますね。推察するに、「基準日を2つとるのではなく、平均株価を長期化することで検討開始リリースの影響を踏まえた」ということかと思います。実際に、検討開始リリースと統合リリースの差は7か月間ですし、検討開始リリースから6か月平均をとっても統合リリース日からの差は7+6=13か月間。統合リリース日から1年間とれば概ねカバーできると言えます。

ソフトバンクによるイー・アクセスとの株式交換

もう一例だけ見ておきましょう。ソフトバンクがイー・アクセス(後のワイモバイル。現在は消滅)を株式交換で統合した案件です。
イー・アクセス側のアドバイザーにゴールドマン・サックスがいますが、本件では「市場株価分析については、2012年9月28日を基準日とし、基準日から遡る52週間のイー・アクセス株式の終値の高値及び安値を参照」したそうです。52週間は1年間と同等ですからまあ気にはしないとしても、「高値及び安値」ということは、「期間中の最大値と最小値でレンジをとった」と思われます。これだと相当にレンジが広くなるのは間違いないですね。なんでそんなにレンジを広くとりたかったんですかねえ。最大値・最小値でとるのは正直あまり見ないです。

なんて考えていくと、無味乾燥に見えるプレスリリースも、「各財務アドバイザーが何を考えていたのか」を推察することができるようになるので、意外と面白いと思います。「基準日が2つある中で比率が異なれば、互いに『それぞれが有利な方の基準日を重視すべし』と主張しあったのでは?」等、ドラマがあるのかも知れません。

(補足)
私は個人的には上記記載の案件に一切関与していないので、書かれている内容は全て公表情報からの推察です。念のため。

~ここまで過去の記事~

note移転にあたって、リリースへのリンクを頑張って張り直しました。。。
ではではまた。

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