IPO(2):理論的整理

ひろです。さて、note以降後初めての記事更新となります。

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(追記)無料化しました。

前回のおさらい

さて、前回の記事では①日本のIPOにおいて平均的な初期収益率が高いことと、②その傾向が入札方式からブックビルディング(BB)方式に移行した中でなお強化されたこと、について言及しました。
そしてまた、筆者はもっぱら「公開価格が低すぎる」(過小値付け現象)可能性を念頭に、理論的な解釈を試みている、というところまで整理しました。
(そのため、筆者の切り口以外も当然にありえます。)

さて今回は、そんな過小値付け現象に関する理論的展望を明らかにしたいと思います。
大別すると、理論には

1. 情報の非対称性
2. 発行企業・引受業者間のリスク配分
3. 制度的要因
4. 発行企業の所有・支配構造
5. 行動ファイナンス

に基づくものがあると、整理されています。

「情報の非対称性」に基づく理論

経済学ではよく出てくる単語ですが、「情報の非対称性」の存在に着目した理論ですね。
IPOに関していえば「情報」とは多くの場合「発行企業の真の企業価値」であり、その「情報」について、情報優位者と情報劣位者がいる、ということです。
今風のネットスラングだと「情強」・「情弱」みたいな話でしょうか(笑)。

<逆選択仮説>
「レモンの原理」というやつで、簡単に言えば、「レモンがたくさんある時、中身がよいレモンなのか悪いレモンなのか、外見からでは全く判断できない」ということです。
IPOに置き換えると、レモンはIPOする企業であり、外見から判断しようとしているのは、投資家であり、投資家の中に企業価値情報をよくわかっている情報優位者と、よくわからない情報劣位者がいる、という状況です。

すると結果として、全体としてはIPOは平均的な質を想定した水準に公開価格が設定されることになる
→情報優位者は平均的な値付けだと割安な企業にしか投資しなくなり、一方で、情報劣位者は全てに投資する
→結果、情報劣位者は割高な投資を全て行う一方で割安な投資は情報優位者と分け合うことになるため、トータルのリターンはマイナスになる
→結果、情報劣位者はIPOに投資しなくなる。

これではIPO株式を売却しきれなくなってしまうので、引受業者はIPO価格を全体として引き下げ、情報劣位者のリターンを最低でもゼロになるようにする。
そして、事前の不確実性が高い(売上が少ない、企業年齢が若い等)ほど、ディスカウントが大きくなることも指摘されています。

情報の非対称性を少なくする工夫(保証効果)としては、
①一流の引受業者を用いる(※ただし、筆者によると、日米では対照的な実証研究結果があるそうです)
②ベンチャーキャピタル(VC)の出資を受ける(※実証研究もあるようですが、ただし、引受業者系VCの場合は効果が観察されないそうです)
といったことがあります。日本に限定すると、メインバンクと引受業者主幹事が同一系列であったり、或いは、日本の「系列」に属していたり、ということで保証効果を得られる可能性が指摘されています。

<情報獲得仮説>
引受業者が情報優位者から情報を得て、質の高い企業にはより高い公開価格をつけることで自らの報酬を増加させます。その代わりに、引受業者は情報優位者への報酬として過小値付けを用意します(完全には上げ切らない)。
他方、情報優位者が情報を引受業者に伝えるよう、引受業者は、「教えてくれたらIPO株式を優先的に配分するが、教えてくれないのなら配分を減らす」と情報優位者を脅すこととなります。

ただし、この仮説に基づくと、引受業者の裁量の余地があるBB方式だと上記メカニズムで価格調整が起こり、IPO後の株価ボラティリティは低下すると予想されるものの、日本ではむしろBB方式で初期収益率が高まり、また、IPO後のボラティリティも高まっているとのことです。
加えて他の理由もあり(詳細は書籍をご参照下さい)、日本ではこの仮説はあまり妥当しないものと指摘されています。

<シグナリング仮説>
これは、発行企業側が積極的に過小値付けを決定している、というものです。
「…なんのこっちゃい?」と思ってしまうかもしれませんが、まあ聞いて下さい。
まず、発行企業は①IPO時と②IPO後近い将来、の2つの時点で株式による資金調達をし、トータルの期待調達額を最大化しようとしているものとします。
そこで、質の高い企業は、「IPOで過小値付けで発行しても、そのあと株価が上がるので2回目の調達では高い株価で行える」と考え、質の悪い企業は「過小値付けをなるべくなくして1回目でなるべく高い価格で調達しよう」と考えることになる。結果として、質の高い企業は自らの質の高さのシグナリングとして過小値付けを行う、ということになります。

「ずいぶんこねくり回した理論だなあ…」と思われるかもしれませんが、はい、逆選択仮説にて述べた通りシグナリングは何も過小値付けに限る必要もありません(一流引受業者、VC等)。実証的にもあまり支持されていないそうです。

<利害対立仮説>
ここでいう「利害の対立」は、発行企業と引受業者の間で起こります。
引受業者の報酬は発行総額に料率を乗じるため、一義的には両社は利害が一致しています(高い価格でIPOできるほど、引受業者の報酬は増加)。
しかしたとえば米国ITバブル(1999年~)の時には、引受業者が次の主幹事獲得を目的に、上場予定企業の役員個人に過小値付けしたIPO株をこぞって配分する、というスピニング仮説が実証的にも支持されているようです。
書籍には販売努力に関する理論や、得意先の機関投資家との関係等をベースとした分析も紹介されています。

「発行企業・引受業者間のリスク配分」に基づく理論

公開価格がその場その場の需給で決定される場合、投資家需要が強い時は高く設定され、弱い予期は低くなります。しかし、需要の強さは前もってわからないので、資金調達額もあらかじめは確定しません。
そのため、発行企業からすると市況にかかわらず一定の価格で引受業者に買い取ってほしいのですが、他方、引受業者からすると売れ残り損失や割高株式を売り出すことで評判が低下する懸念もあります。
そこで発行企業と引受業者は、投資家需要が強くてもIPO価格を高く設定せず、逆に需要が弱くても価格を低く設定しないという「暗黙の契約」を結ぶことになります。それにより発行企業は資金調達額を安定化させられ、引受業者も、割高株を販売した先には割安株を配分できるので、評判低下を免れられます。
その中で、発行企業の交渉力が相対的に弱ければ、より低い公開価格が設定され、過小値付けが発生します。これは、発行企業が調達額を確定させるための「保険料」ととらえることができます。

「制度的要因」に基づく理論

さてこれは、今までの純粋理論系に比べて、現実の制度論からの理論です。

<訴訟回避仮説>
特に米国では投資家保護(情報開示)が厳しく求められるようになったため、IPO後に株価が急落した企業について、目論見書に重要な情報の記載がなかったということで株主から訴訟を起こされることが多くなりました。
そこで発行企業は過小値付け訴訟保険として活用している、というものです。

ただし、IPO企業に対する株主訴訟がほとんど起きていない国々でも高い初期収益率が観察されているため、「主たる要因」とまで解釈するのは難しいと指摘されています。

<安定操作仮説>
IPOのように一度に大量の有価証券が市場に売り出される時、例外的に価格下支えとして主幹事証券等による「安定操作」が認められています。
IPO価格が本来的に初期収益率がプラスにもマイナスにもなる中立的な位置にあったとしても、公開後に株価がIPO価格を下回りそうな銘柄に対しては安定操作が行われるため、初期収益率がマイナスになるものはほとんどなくなります。結果、観察されるものは初期収益率が高い「過小値付け」となる、というものです。まさに「目から鱗」という理論ですね。

ただ、米国実証研究では安定操作の有無にかかわらず高い初期収益率が観察され、安定操作仮説以外の要因の存在が強く示唆されたようです。

「発行企業の所有・支配構造」に基づく理論

「利害対立仮説」は発行企業と引受業者との利害対立でしたが、この理論は発行企業と、新たに株主になる者、との間の利害対立に注目しています。

<支配権維持仮説>
発行企業の経営陣が、新たな外部株主からの監視を避けるべく、過小値付けによる戦略的な配分を通してそれを可能にする、というものです。

これまた「…なんのこっちゃい?」となりそうですが、まあ、聞いてください。

要は、「大株主」がいなければ、厳しい監視を受けることもなく(監視コストの方が高くつくので)、(敵対的)買収の的にもなかなかなりませんよね(株主と事前に話をつけることが難しいので)?
そこで発行企業の経営陣は、意図的に過小値付けを行うことで「需要超過」の状況を作り出し、戦略的な割り当てを通じて株主を分散化し、大株主の発生を防ぐ、というのが理論の骨子です。

ただ、実証的にはあまり支持されていないようです。

<エージェンシーコスト低減仮説>
上の仮説とは打って変わって、こちらは「そんなにエージェンシー問題を大きくすると、投資家懸念が高まりむしろ企業価値の評価にマイナス。それならむしろ大株主による監視を積極的に受け入れたほうが賢明」というものです。
よって、発行企業・引受業者は大株主となりうる大口投資家の需要を聞き出し、監視を誘引するほど大量の株式を購入するには公開価格をどこまで引き下げればよいか探り、それに基づき過小値付けした株式を当該大口投資家に優先的に割り当て、残りはそれ以外の株主に割り当てる、ということになります(※BB方式が前提)。

「行動ファイナンス」に基づく理論

もはや正統的なファイナンス理論では説明が難しいのでは、という疑問のもと、どこか非合理的判断をしていることを前提とする理論です。『予想どおりに不合理』という本も、昔ありましたね。

<情報カスケード仮説>(投資家の不合理性)
IPOのようにある程度の期間をかけてマーケティングをする場合、先に投資家が購入を表明すると、他の投資家も「先に応募した用紙化がよい情報を持っているに違いない」と追随するので、IPO株の売れ行きに多大な影響を及ぼします。
そのため、先に参加する投資家に対する報酬として、引受業者は過小値付けを提供することになります。

ただし、BB方式ではこの仮説が該当することはないです。

<プロスペクト理論>(発行企業の不合理性)
発行企業や既存株主は、過小値付けによって多大な(実質的)損失を被っても引受業者に抗議することはなく、むしろ初値が公開価格を大きく上回ることを歓迎する風潮すらあります。
上に「実質的」と書いた通り、現実的に「損失」があったわけではないので「損失」として認識されづらいという面もあるものの、それだけではなく、発行企業(また、オーナー)は、売り出す株が当初予想した価格よりも高く発行されたり、継続して保有する株が予想した価格よりも高く取引されたりすると、「富が増加した」と考え、プラスに評価するそうです。

引受業者は以上を踏まえて発行企業がプラスに評価する公開価格の範囲を予想することができるので、それを踏まえて、「見返り」的な取引を行ってくれる投資家に過小値付けのIPO株を優先的に割り当てるべく、可能な限り低く公開価格を設定する、ということになります。

<投資家センチメント仮説>(投資家間の合理性差異)
投資家の中には合理的な投資家のみならず「センチメント」(心理、感情)の影響で判断しがちな者がいる(たとえば個人投資家)ことを踏まえて分析する理論です。

理論では、HOTなIPO市場を想定する「センチメント的投資家」が登場し、公開後の株価は彼らの需要から高めの水準でスタートするものの、徐々に本来的な株価水準にまで下がることを想定します。

発行企業はできるだけ本来的な株価水準より高い価格で株式を発行したいため、本来的な株価水準(公開価格より下)がわかる合理的投資家に、「優先的にIPO株を配分するので、IPO後に徐々に高い価格で売り抜けてはどうか」と提案します。合理的投資家にもリスクはあるので、発行価格は本来的な株価水準(下の方にある)と、公開後のセンチメント的投資家によって引き上げられる株価水準(上の方にある)との、中間的な位置に決定され、合理的投資家への報酬となります。

米国でも様々な実証研究がなされており、日本にもあるそうですが、投資家の楽観的センチメントが初期収益率を上昇させる効果だけに注目しており、そのようなセンチメント的投資家を発行企業が利用すべく過小値付けをしている、という効果を検証はしていないとのことです。

今回は、以上

…ふう、かなりの量でなかなか骨が折れる要約作業でした(汗)。
まだまだ続くので、ひょっとすると今後記事を執筆する中で前後の関係から一部修正するようなこともあるかもしれないです。

今回は第3章の内容を取り扱いましたが、著書には入札方式とBB方式、OpenIPO等興味深いトピックもカバーされていますので、興味を持った人は是非とも手に取ってみてくださいね。

ではではまた。

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