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KAKKA(小説)

「カッカさ~ん、ちょっと待って!」

夫のフレディが、
ショッピング・モールで
両手に荷物をいっぱい持ち、
勝花(かつか)の後を追っかけてくる。
勝花も、息子のウィンを前だっこして、
両手を荷物でふさがれている。

「ちょっと、しっかりしてよ、フレディ!」

二人はやっとこさ駐車場につくと、
荷物をバックシートに詰めこみ、
ウィンをチャイルドシートに乗せた。

ジュエリー・デザイナーの
真壁(まかべ)勝花かと、
彼女より3歳年下で、陶芸家をしている
オーストラリア人のアルフレッド・ウォールが
知り合ったのは数年前、友達の紹介だった。

「真壁とウォール(壁)なんて、
おもしろくない?」

そんなつまらないダジャレから
始まった二人の交際だったが、
意外とすぐに結婚、
そして3年前に息子が生まれ、
あと2ケ月で、新築のマンションに
引っ越す予定だ。

息子の名前にはかなり苦戦した。

勝花は、両親が年取ってから
生まれた一人娘で、
父の勝治の「勝」と
母の花代の「花」をとって、
無理やり勝花という
読みにくい名前が付けられた。

勝花の、せっかちで活発過ぎる体質から、
子供のころから「カッカ」と
あだ名をつけられてきた。

息子が生まれたとき、どうしても
勝花が譲らなかったのは、
彼のミドルネームに
「TRUE(真)」をいれること。
トゥルー・ウォールで「真壁」となる。

そして名前もWINFRED(ウィンフレッド)、
通称、ウィン。
勝(WIN)と、辛うじて
フレディのFREDがここに継ぎ足された。

だから3歳の息子の正式名は、
ウィンフレッド・トゥルー・ウォール。
が、誰も気にせずウィンちゃんと
呼んでいる。

勝花は、ウィンが生まれてから、
今までネットでKATHUKA・MAKABEで
販売していたジュエリーを
KAKKA.・TRUE・WALLで展開したところ、
世界中で大ヒット、今はや知る人ぞ知る、
売れっ子ジュエリー・デザイナーに
なりつつあった。

しかし、不動産屋は慎重だった。
夫が外国人、しかもフリーで
芸術家をしている上に、
妻も収入の安定しない
ジュエリー・デザイナーときている。

ここ2年ほどの収入を知っただけで、
今後のローンを払えるとは
判断できなかったようだ。
賢明な判断である。

そこで、神戸にいる勝花の
両親の登場となった。
父はかつて大企業の偉いさんを務め、
定年後、安定した年金生活、
母は生涯専業主婦を
送っているのである。

母は、わざわざ東京まで
足を運んできたことに
恩着せがましく言う。

「ウィンちゃんの弟か妹ができるまで、
1部屋を、父さんと私に
ぴったりな客室にしておくこと」

つまり、ウォール家は、
キッチン・ダイニング・リビング・寝室・
ウィンの子供部屋・客室、と
いきなりの3LDKを必要としたのである。

今の勢いでジュエリーが売れ続ければ、
ローンもすぐに払い切れるだろうが、
なんといっても不安定な職業なので、
勝花は仕方なく、両親の希望をのむ
羽目となった。

のんびり屋のフレディは、
「じゃあ、早く次の子供が生まれればいい」
というが、いつのことになるか、
神のみぞ知る。
しかも新築の貴重な一室を一旦老人向けに
しなければいけないことに
勝花は文字通りカッカした。

家電は、今の狭いマンションで
使っているものを使い回す。
ウィンのベビー・ベッドやおもちゃで、
今のマンションは限界だった。
それに夫のフレディにいつまでも
布団をたたませておくのも悪い。
この際、寝室もあることから、
ベッドも購入した。

「布団の上げ下ろし、
好きだったんだけどなぁ」

日本文化を愛してやまない
フレディはそう言うが、
かなりの頻度で万年床に
なりがちな適当さが、
勝花には我慢できなかったし、
自身で布団をたたむ気は
さらさらなかった。

他の家具は、ダイニングに食卓、
リビングに今より大きいテーブルと
ソファなどを購入した。

ほぼ、家具が揃ったところで、
フレディが新居のレイアウトを
見ながら「あ!」と声をあげた。

「カッカさん、大変、
カーテン、忘れてるよ~」

勝花も、ああ、と声をあげた。
今のを使い回せるカーテンもあれば
新調しなくてはいけないものもある。
今より大きな部屋へ引っ越すのだから、
当然、カーテンは足りなくなる。

勝花は使い回せるもの以外の
カーテンを書き出して行く。

「リビング、寝室、ウィンの部屋、客間・・・。
ダイニング以外、新調しなきゃね」

「お金いるね~」

フレディが困りながら笑う。
二人はネットで検索して、
品数が多くて、リーズナブルな店を探した。
そして今週末、そこに行くことになった。

「大きいカーテンが4セット、
出窓用が2セット、あ、それぞれに
レースカーテンもいるわね」

出窓は、リビングと寝室の2ケ所にある。

ウォール一家は、郊外の
カーテン専門店の駐車場に車を止めると、
店内に入っていく。

驚くような広さの店内に、
ところ狭しとカーテンがディスプレイしてある。

「うわ~、これは悩むね」

そうつぶやくフレディをよそに、
勝花は早速、感じのよさそうな女性店員を
捕まえると新居の見取り図を見せて、
目的の品への案内を頼む。

店員の高村は、まず、
リビングのカーテンを提案した。

「ご主人は、オーストラリアの方ですよね?」

あらかじめ、夫や自分の両親のことを
彼女に伝えて、勝花はイメージを
共有してほしいと頼んだ。

「ダイニングは今ご使用の、
南国調の大胆な葉の模様を
使われるのですね」

高村は、まず、リビングの
カーテンに着手しようとした。

が、一番先に勝花が片付けたかったのは
客室のほうである。
それを察して高村は、
部屋用のカーテン・コーナーに
案内する。

「お母様がお花の名前で
いらっしゃって、
和室のイメージでしたら、
このような桜の柄はいかがでしょうか」

高村は、薄い緑地に淡い桜の
模様が入ったカーテンを提案した。

確かに、母のイメージではある。
それに、次に女の子が生まれれば、
ちょっと大人っぽいが、
うまく使え回せそうだ。
それは賭けだけれど、勝花は賭けに
負けたことがない。

「君には妹ができるみたいだよ、ウィン」

息子にそう呟くフレディをよそに、
勝花は、次に、ウィンの部屋の
カーテンの提案を求めた。

「かわいい息子さんですね」

高村の言葉にすっかり気を
良くするウォール夫妻。

「ウィン、君の好きなのを選んでいいよ」

子供部屋用のカーテン売り場で、
フレディの腕から離れたウィンは、
ヨチヨチといろんなカーテンを触っていく。

「君のパパはゴールド・コースト出身だよ」

「ママは、ジュエリー・デザイナーよ」

それぞれ好きなことを言う両親の
言葉を理解してか、ウィンは、
晴れてまぶしく輝く海にヨットが
浮かぶ風景のカーテンを手にした。

それは、フレディの故郷の海に近く、
また、勝花が常にデザインしている
ゴールドのイメージにもぴったりで、
二人は親バカぶりを発揮する。

「さすが、我らがウィンちゃん!」

寝室のカーテンを選ぶべく、
プラプラ売り場を歩いているときに、
フレディが「あ!」と声を上げた。
いつものことなので、勝花は動じない。
が、フレディが手にしたカーテンを見て、
さすがに声を驚いた。

それは、オーストラリアのミモザの花を
デザインしたカーテンで、
フレディの実家の庭先に咲く
ミモザの花にそっくりだった。

「カッカさ~ん・・・」

切なげに助けを求めるフレディに、
勝花は、強くうなずいた。

「これはフレディのためのカーテンね。
寝室じゃなくて、みんなが過ごす
リビング用にしましょう」

フレディは大喜びで
故郷の花のカーテンを抱きしめた。

「こんな珍しい花の
カーテンもあるんですね」

勝花の問いに、
高村はうれしそうに答える。

「ありがとうございます。
花や樹木や自然の風景は、
当店がエコを目指す企業である上で、
特に力を入れている柄なんです」

そういう彼女の名札が
「高村ミズキ」というのに気付き、
勝花は尋ねる。

「ミズキさんっていうのね。
ハナミズキの柄とかもあるの?」

高村は頬をほころばせた。
気付いてもらってよほど
嬉しかったようだ。

「はい、もちろんです。
私の部屋のカーテンは、
そのハナミズキの柄にしてるんですよ」

その言葉通り、この店には
いろんな自然が広がっている。

勝花たちは、寝室に、
夕焼けと朝やけの両方を連想させる
オレンジや黄色やグレーや緑、
その他いろんな色が混ざり合って
自然の時間の流れを表現してくれる
カーテンを選んだ。

リビングの出窓には
ミモザの花の色と似た黄色いカーテン、
寝室の出窓には、朝でも夜でもない、
真っ昼間の太陽を思わす、
明るい色のカーテンを選んだ。

「さすがにご夫妻そろって、
芸術家でいらっしゃいます、
センスがとてもおありですね」

ミズキの言葉に、勝花は、
「はい?」と疑問の声をあげた。

「芸術家もね、食べていけるようになって、
なんぼのもんで、うちはまだ、
趣味を楽しむ程度ですよ」

勝花の口調に、
フレディは小さくなる。

「カッカさ~ん、僕も、
もうじき売れっ子陶芸家になりますから~」

ミズキとウィンは、楽しそうに、
珍しい芸術家夫婦を見つめていた。

              了

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