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ゲキ太りブー(小説)

「最近どないや?」

既読。

30秒後。

「太った」

既読。

10秒後。

「そっか。ほんじゃ、また」

加代は、携帯を投げ出して、
自分の部屋から飛び出し、
リビングに向かった。

そこでは、大学留年4回生の
弟・英司と、母が呑気に
お茶をしている。

「ちょっと聞いてぇよ!」

恐ろしい形相で現れた加代に、
二人は特に驚くことなく
「なんなん?」と聞く。

「シンイチから、今、
LINEあってん!」

それは、加代がなかなか
断ち切れない元彼の名前だと、
家族全員が認知していた。

「そりゃ、よかったやん」

母は、この体のどこに、
更なる脂肪が必要なのか
という体型で、脂肪分たっぷりの
ミルクティーを飲みながら
相槌を打つ。

父に似て、太れない体質の
英司はブラックコーヒーを
飲みながらニヤニヤする。

「ねぇちゃん、
未練タラタラやなぁ。
ほんで、シンイチは、なんて?」

仮にも年上の加代の元彼を、
呼び捨てにする弟が気に入らず、
加代はムッとする。

母は、英司をこづき、
英司は改める。

「で、義兄さんは、なんて?」

更にムッとする加代を、
母は、まぁまぁとなだめる。

「アホな弟はほっといて、
で、シンイチ君は、なんて?」

加代は、母の言葉に、思わず涙ぐむ。

「半年ぶりに、どないしてるって」

「で、ねぇちゃん、なんて答えたん?」

「・・・太った、って、答えてしもた」

母と弟は、一瞬黙り、
そして弾けるように笑い出した。

「確かに太ったよなー、
家族でも、肉襦袢着てるのかと
思うほどやもん」

母の心ない言葉に、弟も笑う。

「ゲキ太りって、単語調べたら、
感激の激じゃなくて、
劇的の劇やってん、
なるほどなーと思って、
なんとなく字面が悪くて、
エッセイにするの止めたわ」

英司は就職活動もせずに、
大学の構内新聞に
エッセイなど書いている。

「何を新聞に、おもしろおかしく
姉のこと書こうとしてんねん、
この留年生!!」

加代は、思い切りキレた。

「なんで、私がゲキ太りしたと
気付いてたのに、誰も止めんかったん?
ひどいやん」

そんな加代の言葉に、母はほくそ笑む。

「ええ年して、何言うてんの。
自分のお金で買い食いしてんのに
文句言われへんやん。
で、彼はなんて言ってきたん?」

すでに、母・弟とも、満面の笑みで、
加代の答えを待っている。

「もうええ。うるさい。
なんも言いたない」

加代は脂肪で丸くなった
背中を更に丸めて、自分の部屋に戻った。

思えばこの半年間、
加代は食欲の衰えなく食べ続けた。

しかし、趣味のスポーツジムでの
運動も欠かさず続けての上でのことである。

「季節のおいしいもん食べて、
運動して、でも太って、何が悪いのん?
めちゃ健康的やないの」

親友の亜美は
そう言ってなぐさめてくれるが、
彼女自身がスレンダーである。

それに元々、
シンイチを気に入らない亜美は、
加代の悩みに耳を傾けてくれない。

「だいたい、そんな男、
どないかと思うよ。
人間、年齢とともに、消費カロリーも
衰えていくんやから、
しゃあないやんって思う器も
ないんかい」

「へぇぇぇぇ~・・・・」

同じ年の亜美のダメ出しに、
加代は、心底めげてしまった。

「自分がいつまでも
細いからってあんまりやん。
やっぱり女同士の友情なんて、
オトコがからむと脆いもんや」

その言葉を聞いた母は、
また爆笑した。

「別に亜美ちゃんと
シンイチ君を取り合いした
わけやあるまいし、おおげさやな」

しかし、加代は、
やはり亜美との関連を
切り離せなかった。

というのも、
なぜ加代が自分が太ったことを
自覚したのかというと、
亜美が共通の友達の
結婚式に参加した加代の
写ったビデオをくれたからである。

服のサイズは、
確かにふた回りくらい、大きくなった。

写真でも、なんとなく
やっぱり太ったかな、と感じた。
 
しかし、実際に、
おめかしして、友達の結婚式で
嬉しそうにニコニコ笑っている
加代は、もう絶句の、絶品ものであった。

英司がまず言った。

「どっかの地方の、ゆるキャラみたいやな」

それは、加代がかぶり物をしている
ようだからだ。

「あれ、ねぇちゃん、
後ろにチャックついてるんやんな?」

母は笑い転げながら、英司をはたいた。

「あんた、うまいこと言うやないの」

加代は、あの時の衝撃を忘れない。

なのに、また、姿を見られていない
シンイチにまで、自分の現状を
ばらしてしまった。

「あー、あんたがあんなビデオ
くれるから、家族からバカにされるわ、
元彼に速攻去られるわ、いいことなしや」

文句を言いながらも、加代は亜美と
休日を過ごしていた。

「だから、そんな男は
つまらんって言ってるやない。
加代は太っても、加代なんだから」

「そんな、腐っても鯛みたいな
言い方せんといてよ」

「ええように解釈するなぁ。
鯛は高級魚やで」

「私は鯛以下かい?」

「いや、そういう意味・・・かなぁ?」

二人は子供のようにじゃれいながら、
時々気に入ったお店があったら
立ち寄ってみる。

洋服店に亜美は入りたがったが、

「やらしーわ、自分細いからって」

とブチブチ言う加代のせいで、
洋服以外の店に立ち寄った。

「靴やったら、サイズ変われへんから、
いいやん」

「靴はいらん」

「じゃ、何が見たいんよ」

亜美の言葉に、
加代は、ぼうっと考える。

「今欲しいもんなぁ・・・
なんか変身できるアイテムないかな?」

「魔法の杖とか?」

「はははっ」

思わず笑ってしまってから、
加代はムッとする。

「たいがいヒドイな」

が、そんな都合のいいものが
あるはずもなく二人は、
お気に入りの洋食屋さんに入り、
加代は、大好きなハンバーグを
頬張るのであった。

「やっぱり美味しそうに
ご飯食べてるお前が一番やで~」

という誰かが現れないかなぁ、
と夢見ながら、食べるご飯も
美味しいものであった。


               了

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