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「空気を読めない男性」と「自己完結で終わった片思い」の話

40代のある女性の話。

彼女は、ある男性を好きになった。

以前に関わりの深かった人で、そのときは恋愛感情はなく、要するに「都合のいい人」として扱っていたそうだ。

不毛なつながりに嫌気のさした男性が離れていき、女性はそれを放置して過ごしていた。

だが、あるきっかけがあってその男性に自分から連絡をして、はじめて「ああこの人が好きなのだ」と自覚したのだという。

「へえ、素直になったってこと?」

と尋ねたら、

「わかんないけど、話していて懐かしいとか楽しいなとか思って、好きなんだなって」

と女性は答えた。

彼女は、改めてこの男性と仲良くなり、自分を好きになってもらいたいと思い、まずは男性の今の状態を知ろうとした。

どんな口実で電話をすれば考えあぐねた末に、「好きな人がいるから相談に乗ってほしい」と言ったそうだ。

嘘ではない。
その相手が当人であっても、女性にとっては近づくための理由だった。

だが、女性から「好きな人がいて」と言われた男性は、「自分も同じ状態だよ」と無邪気にいま自分が好きな女性の話を始めたのだという。

その時点で振られることが決定し、女性はたいそう落ち込んだそうだ。

「それはいいんだけどね」

と、彼女はタバコを取り出しながら言った。

そんな可能性があるのは当然予想していて、むしろその状態であることを覚悟しての電話だった、と。

彼女が傷ついたのは、その後の男性の様子だった。

彼女は、正直に「あなたが好きだった」と打ち明けた。

男性は驚いたけど「ありがとう」と答えてくれて、そこまでは良かった。

が、女性の気持ちを聞いた男性は、自分の片思いについて彼女に語りだしたのだ。

どんな出会いでどんな女性で、自分がどんなアプローチをしているか。
女性と食事に行った話やプレゼントを贈ったこと、普段どんなやり取りをしているか。
何とか仲良くなり、付き合いたいと願っていること。

彼女の「あなたが好きだった」という気持ちはあっという間に過去にされ、”そんなことより俺の片思いの話を聞いて”という男性のエゴを目の当たりにしたのだ。

「えーと、電話で話しているのは自分を好きだった女ってわかっているんだよね?」

何つーことだと思って尋ねたら、

「もちろんそうでしょうよ。

その上で私に好きな人の話を聞かせるって、どんな神経なのかしらね」

ため息をつきながら、「こんな男のどこが良かったのか、もうわからん」と彼女は答えた。

「空気が読めない、人の気持ちが想像できない、本当に自分のことしか考えてないってことよね」

私が言うと、彼女は無言でうなずいた。

目の前にいるのは、自分に恋心を向けていた女性なのだ。
それが過去形であったとしても、知ってすぐに自分の恋バナをする無神経さが、理解できなかった。

知らない人ではないし、共有した過去もある。
「この人は俺のことを少しは理解している」という認識があるから気安く自分の恋愛の話ができるのだろうが、それにしても「今じゃないだろう」とは思った。

彼女が言った。

「好きな人がいることはね、いいのよ。

それは素直に応援したいと思ったのよ。

でも私はね、ふたりの話がしたかったの。

これからどんな関係を築けるかとか、私たちについて」

彼女は、男性がいいと言ってくれるなら、友達という縁を残しておきたかったそうだ。

だが、自分に対して「別の女性に熱を上げている俺」を滔々と語る男性を見て、

「生まれたばっかりだったけど、愛情がね、ガンガン減っていったの。

もう欠片も残さず未練も消えたから、そこは逆に感謝しているけど」

と、すっぱり他人になることを決めたのだった。

「もう二度と会うことはないと思うけど、どこかで見かけても声をかけることはしないし、でもそれは嫌悪があるからじゃないって、それはわかってね」

と言うと、男性は「わかった」とだけ答えたという。

この電話を最後に他人になるという選択をした女性に対して、それを引き止めることも、新しいつながりを提案することもなかった。

こうして、彼女の短い片思いは嫌な終わりを迎え、憂鬱な気持ちだけが残された。


正直に言えば、そんなものだろうなと思う。

男性は以前に自分から離れていて、それを彼女は受け入れている。

その現実を見れば男性が別の女性に好意を向けるのは普通のことで、それは彼女も理解していた。

「中途半端ですれ違いの多かったふたりの過去」について、男性は「もう気にしていないし、俺は不毛とは思っていないから」と言ってくれたそうだ。

だからこそ、だ。

彼女がどれだけ「あなたのことが好きだ」と説いたとしても、男性はもう別の女性を受け入れており、彼女の言葉は響かない。

過去形でも現在進行形であっても、結果は変わらない。

彼女は男性にとって「昔いろいろあった女性」のポジションでしかなく、今さら向けられる思いなど、気にする理由がないのだ。

だから自分の片思いについて口にできる。

そこに彼女が受ける痛みなど関係ない。

目の前にいるのが「自分のことを好きだった女性」だと理解した上で、「で?」と言い切れるのだ。

そもそも、男性は「振る側」ですらない。

言い方は悪いが、彼女が勝手に好きになって勝手に諦めただけで、そんな現実は男性には無関係なのだ。

これを口にする勇気がなく、ひたすら男性の無神経さについて話していたが、

「でも、アンタがよく言う”逆の立場だったら”さ、これってただの自己完結なのよね。

だって、私だったら何も言えないもの。

昔仲の良かった人に好きだったとか言われてもね、ああそうですかとしか思わない」

それでもこの空気の読めなさはヤバいよねこの人、と言いながら、彼女は灰皿のフタを閉めた。

確かに、男性の態度は女性への配慮を欠いているし、失礼だなと思う。
自分への思いを告白されて、そのネタはないだろうと思う。
久しぶりに話すのなら、別の話題もあっただろうと思う。

だが、人のつながりは自分の思い通りにはいかないのが現実であって、これもまた、彼女が受け止めないといけない一つの結末なのだ。

「さっさと電話を切ればよかったんだよ。

何でそんな男の恋バナに付き合うのさ。

アンタがお人好しなだけよね」

そう言うと、彼女は

「……傷つけたからさ。昔ね。

つ、罪滅ぼし?」

と泣きそうな顔で笑った。

泣いてすっきりすればいいさ。

失恋した事実は変わらない。

それでもさ、思いを伝える勇気を持ったあなたのことを、私は立派だと思うよ、と。

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