【小説】魔法のキノコ

 なんかむししゃくしゃして。思いっきりブロックをぶっ叩いたらキノコが出た。
 
 限りなくショッキングピンクに近い赤。カラフルなキノコを食べたら一瞬で世界が変わった。ああ、そうだそうだ。全部わかったよ。この世の中の何もかもが間違っているし、俺は全部ぶっ壊してやりたい。
 血が暴走しているみたいに血管が脈打ってる、今ならなんでもできる、全部できる。すげえ、すげえ。圧倒的な全能感。俺はヒーローになったんだ。カラフルでスーパーなキノコを食べて。身体全体が熱くて爆発しそうだよ。どこまでだって走れる気がする。力に満ち溢れてるんだ。
 どうにもたまらなくなって、アパートの部屋のドアを蹴って外に出た。ああ、外はいいな。太陽がアスファルトを焦がす匂いが鼻腔を刺激する。大気が収縮して暴発していく。そうだそうだ。どこまでも走れ。ぶっ壊れろ。俺は可笑しくて堪らない。
「俺は、可笑しくてたまらない!」
 と、廊下で叫んでみた。近くにいた20代ぐらいの女性が、足早に自分の部屋に逃げ込んだ。いつもなら軽く落ち込むところだけど、全然気にならない。とてもいい気分だ。笑いがこみ上げる。弾むようなステップで廊下を駆け抜けてエレベーターのスイッチを押す。エレベーターは1階に停止していて俺のいる8階まで各駅停車の鈍行列車みたいにゆっくり上がってきたけど、全然気にならない。ああ、とてもいい気分だよ。アイムソーハッピー!!
 間の抜けた電子音と共に憂鬱そうに開くエレベーター。俺は、ダンスを踊るみたいにくるくる回りながらエレベーターに滑り込む。操作パネルの「閉」を何度も連打する。8→7→6→5・・・。俺は顔を上げてエレベーターの階数を表示する光を凝視する。エレベーターは一度も止まらずに1階に着く。何という僥倖!!まるで何かに導かれているようにスムーズだ。俺にはやるべきことがある。きっとできる。俺には・・・。
 エレベーターが開くのももどかしく、俺は外に転がり出た。

 『十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人』って言ったっけか?嫌な言葉だねぇ。俺が神童と呼ばれるには生まれ落ちてから5年で十分だった。そして、只の人になるのもまた早かった。俺が才を見出されたのは絵画の分野で、幼稚園の時に描いた絵がTVの企画番組で取り上げられて有名画家に賞賛された。地元では一躍天才少年と持て囃されて、両親は狂喜乱舞し地元の絵画教室に通わせたりわざわざ上京して、東京の美術館を何軒も回ったりした。幼稚園児にゴッホや、ルノワールの絵を見せてどうしようっていうんだろうね?はは。笑えてくる。本当はディズニーランドに行きたかったよ。でもテキトーに絵の批評をしてたら、親が喜んでおもちゃでもお菓子でも、好きなものを何でも買ってくれたから悪い気はしなかった。この頃が俺の人生で一番幸福な時期だったかもしれない・・・。5歳で人生のピークって、そりゃどんな悲劇/喜劇だろうね?
 小学校に上がって、絵の才能に磨きがかかり校内、市内はもとより全国のコンクールにも入選した。全校集会で名前を呼ばれて校長先生に表彰される時の高揚感。気恥かしさと誇らしさ。照れ臭そうにはにかみながらも俺は有頂天だった。勉強も運動もてんでダメだったが、上手に絵を描くという一点のみでクラスの中でも常に一目置かれる存在だったよ。
 中学・高校時代は文化祭の時にだけ、俺は一躍ヒーローになった。普段目立たないけど、演劇や、看板なんかで絵を書かせたら図抜けているという評価。だけどクラスでは小学生の時ほどに注目はされずに、女子たちの視線はサッカー部やジャニーズ似のイケメンに注がれていた。絵画教室に通って、美大進学の準備をしていたが講師の評価は芳しくなく、「デッサンは正確だが、独創性に欠ける」という評価をされていた。市が主催のコンクールでもいつのまにか佳作止まりの作品しか書けなくなっていた。それでも親は俺の才能を信じて疑わず、美大の進学を勧めていた。「今は一時的なスランプだけれど、いつか才能が花開くはず」そう思っていたんだろう。俺もいつのまにか美大に進学するより他の道はないって思い始めていた。一浪して万全を期して受けた美大に軒並み落ちた時、俺は、壊れた。

 初夏の生ぬるい空気と湿度が、体にまとわりついてくる。マンションのエントランスから転がるように外に出た時に見上げた夜空。ゴッホの『糸杉』『星月夜』みたいな童話の世界みたいな空が広がる。さぁ、俺は来たぜ。冒険の始まりだ。夜空はまるで誰かの生きた情念みたいにグネグネと気味悪く蠢いている。胸が高鳴る。そうだ、俺はなんだって出来るんだ。
「そうだ!!そうだ!!」
 キラキラと輝く星空と、チェシャ猫の笑った口みたいな三日月に守られて俺は猛然と走り出す。このままどこまでも行こう。未来を切り開く。力の限りBダッシュするんだ。
 ステージが変わって駅前の繁華街。俺は鋭くダッシュしてクリボーやノコノコを蹴散らしていく。すげえすげえ。俺はスーパーマリオみてぇだな。スターを取ったみたいに無敵状態だ。空のスターが助けてくれてんのか?誰も俺を止められない!!
 「誰も、俺を、止められない!!」
 だけど、俺は取り押さえられて囲まれた。ハンマーブロスだ。クッパ一味の中ではなかなかの強敵。でも、俺はやられるわけにはいかない。こんなところで止まれない。俺は目の前にあった燃えるような花を必死で喰いちぎり、ハンマーブロス達を火の玉で撃退した。炎が俺の手の平から延びて、夜空のキャンバスに見たことのないよううな綺麗な赤を描き出す。夜明け前の深い藍色が、鮮やかな赤と混じり合っていく・・・。涙が出てくる。まだ俺はまだ終わってないよな?こんな綺麗な赤をずっと欲しがってたんだ。まだまだ精一杯描けるよ。三日月と、星々の呼吸に合わせて俺の情念をのせた赫を夜空いっぱいに、この世界の隅々にまでぶちまける。ああ、最高の気分だ俺はどこまでも俺で。ずっと来たかったこの場所に、見たかったこの風景を見られたんだ。そして・・・。
 後頭部に強い衝撃を受けて、俺の意識は闇に沈んだ。

「確保!!」
 ひときわ大きな声が渋谷の街へ響き渡り、たった今駅前の広場で十数人の警官隊が一人の青年を取り押さえました。青年は、興奮状態で「どけ!クッパの手下ども」「キノコを食わせろ!!もう一回翔ぶんだよぉぉぉぉ」などと意味がわからない言葉を叫んでいました。青年が乗っていたバイクで出勤時間帯の渋谷駅前に突っ込み、所持していた小型の火炎瓶を投下し、多くの死傷者を出したこの事件。警察は青年が落ち着くのを待って、動機と凶器の火炎瓶の入手経路を探るとのことです。

 えっ、そのキノコをどこで手に入れたって?公園に落ちてたんですよ。金属製のケースに入って。思いっきりハンマーでぶっ叩いたら中からカラフルなキノコが出てきて・・・。ええ、最高の気分でしたよ?刑事さんは、自分の人生を運命を超越する瞬間って味わったことがありますか?あれは、本当に甘美な瞬間でしたよ。本来は自分がたどり着けるはずがなかった景色。それを神々のいたずらともいうべき偶然で垣間見ることができたのですから。いや、よくわからないな?あの瞬間僕達は一体になって全てを共有したんです。被害者とか、加害者とかそんな世俗的な関係性を超えて青と赤の絵の具みたいに一体になって混じり合ったんですから・・・。あの場所に、約束されていなかった場所に僕はたどり着けたのですから、もうこれ以上思い残すことはありません。
 
 暗い独房のベッドの上に俺は背筋を伸ばして座っている。目の前の暗闇が揺らいで、白い文字が浮かび上がっている。
「コンティニューしますか?」
 俺は、口を歪めて笑い声を押し殺す。もういい。十分だ。もうたくさんだよ。
「はい ▼いいえ」
 そのうすらぼんやりとした光に手を伸ばして、「いいえ」を押した。
「ゲームオーバー」
 げぇむおおおおおばぁぁっぁあぁあぁssぁあぁあqざ。鉄格子に引っ掛けた輪っかが俺の喉元に喰い込み、呼吸を阻害していく。視界が狹くなっていく。俺は、天使を待ち続けた。 

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