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見られなかった彼女の晴れ姿

「彼女が有名なミュージカルに出演するらしい。」
SNSでそんな噂を目にしたのは、確か3月上旬だっただろうか。

名前は敢えて書かないけれども、彼女というのは、かつて自分が推していたアイドルグループの元メンバー。
女性アイドルの中でも高い歌唱力の持ち主と言われていて、所属していたグループの中でもセンターポジションを務めていた。
自分がそのアイドルグループを推すようになったのも、彼女の歌に惚れたのがきっかけだった。

そのグループが2年前の9月に解散した後、彼女はミュージカル女優への道を歩み始めた。いや、正確には、ミュージカル女優への道に戻った、というべきかもしれない。
というのも彼女は、所属事務所のプロジェクトとしてアイドルグループに参加する前、子役時代に、誰もが知る歴史ある劇団の有名ミュージカルへの出演経験があったのだ。

冒頭に書いた、彼女が出演する有名なミュージカルというのは、その劇団が制作上演する作品で、子役時代に出演していた作品ではないけれども、こちらも再演を重ねている作品。
ミュージカル女優の道を再び歩み始めた彼女にとっては、原点回帰にして、初めての大きな舞台。
アイドル時代に彼女の歌に惚れた自分にとっては、心躍る話だった。

ところが、劇団の公式ホームページでも、彼女のSNSでも、出演の告知が一切なく、ゲネプロか最終リハーサルの参加メンバーの中に、彼女の名前があったという、アンオフィシャルな情報しか入ってこない。
調べてみると、その劇団の公演では、公式ホームページでその週の出演予定キャストが告知されるものの、それより前の段階でのキャスト告知は行われないらしい。

劇団からの公式発表を待とう。

そう思っていた矢先に、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、公演の開始が延期になってしまった。
自分も、在宅勤務が主体になるという大きな日常の変化や、先が見通せない世の中に対する不安に心がかき乱されるうちに、いつしか、この作品の事を忘れてしまっていた。

時は流れて7月。

様々なコンサートや舞台公演の再開が発表されていく中、このミュージカル作品も数カ月遅れでの開幕がアナウンスされた。
ただ、この作品に彼女が出演するという未確認情報の事はすっかり忘れていて、「有名な劇団の有名なミュージカルもようやく再開するんだ」という、1つのニュースとしか見ていなかった。

だから、7月13日頃に、彼女のファンの方による「劇団の公式ホームページに、今週の出演予定キャストとして“彼女”の名前が載っている。」という投稿をSNSで見た時には、びっくりして、そして、3月頃に“噂”を目にしていた記憶が一気に蘇ってきた。あの話は本当だったんだと。

改めて、自分の目で公式ホームページを確認する。
歴史ある劇団の、再演を重ねる有名なミュージカル作品の週間キャストの中に、彼女の名前がある。
しかも、アンサンブルではなくて名前がある役。
彼女にとっては、まさに晴れ舞台。これは、是非見に行きたい!

しかし、彼女の名前が出演キャストとしてクレジットされた週。
平日は在宅勤務で外に出る事ができず。
土日は、その前週の土曜日(7/11)にコンサートを見に行った際に、同居する家族に極めて強い難色を示された事もあって、外出するのをためらう。
結果、劇場に行くことは無かった。

彼女がステージに立つ姿を見に行かないと、きっと後悔するから、7/23からの四連休のどこかで、強引にでも見に行こう。

そう決意して、7/20に劇団の公式ホームページのキャスト一覧ページにアクセスした。
しかし、そこには彼女の名前は記載されていなかった。

そして、その週の半ば。

彼女のSNSには「出演しました」という“過去形”で、その作品への出演報告が投稿され、プロフィール欄には、それまでは無かったこのミュージカルの作品名が、出演した作品として役名と共に記載されていたのだった。

結局、私は、彼女の晴れ姿を見に行くことが出来なかった。
厳密に言えば、作品自体は上演期間中なので、見に行くことが出来る。
けれども、彼女がこの作品にキャストとして名を連ねることは、現在の上演期間中は、きっともう無いのだ。

今にして思えば、彼女は9月から別のミュージカル作品への出演が決まっているので、それに向けた稽古などのスケジュールを考えると、7/13の週が出演できるリミットだったのだろう。
そもそも、9月からのミュージカル出演は、もっと前から発表されていたので、日にちを逆算すれば、現在上演中の作品への出演機会は限られてくる事など、冷静に考えれば想定できたじゃないか。
何にせよ、7/13の週が、この作品で彼女の姿を見られる最初で最後のチャンスだったのだ。
この機会を生かすことが出来なかった自分自身に、無性に腹が立つ。

予定通り4月から上演されていれば・・・
遊びに出かける事がタブー視される世の中になっていなければ・・・
平日の仕事終わりに行くことが出来ていれば・・・
全てはコロナのせい!という見えない敵への恨み節と、「たられば」は尽きねども、後悔先に立たず。

もう、何を言っても時間は戻ってこないし、自分の望みが叶うわけでもない。
今はただ、巡り合わせが悪かったのだという諦めで、何とか自分の気持ちを収めようとしている。

推しは推せるときに推しておけ。
現場には行ける時に行っておけ。

様々な界隈で、何らかの後悔を経験した先人からの教えとして、脈々と受け継がれるこれらの言葉を、今、私は噛み締めている。

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