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エターナルライフ第14話 1960年~1977年

ブラジルに渡った康輔はサンパウロ郊外にある農園で働いた。
農園経営に成功した日本人の元で大自然を相手に汗を流す。決して楽な仕事では無かったけれど、収穫の喜びを共にする仲間達との生活は充実していた。
そんな穏やかな時間が数年、過ぎていった。

康輔はその農園でホセという少年と知り合った。彼は康輔を兄のように慕っていた。
休日になると彼らはよく街まで買いものに出かけた。
給料が出るといつもホセは母親にささやかなプレゼントを買った。
その日もピックアップトラックにホセを乗せて町まで出かけた。
その帰り道、ホセは友達の家に寄りたいと言い出した。友達の家で荷物を預かる。少し重そうだから手伝ってほしいと。

その部屋の中には十数人の若者たちがいた。ホセが友達だと康輔に紹介した男は笑顔で握手を求めてきたが、部屋の中は何か張り詰めたような空気が満ちていた。
康輔は何となく嫌な予感がした。

ホセが荷物を取りに窓際に行った時だった。
窓ガラスが砕け散り、額から血を吹きながらホセが倒れた。窓の外から容赦なく銃弾が撃ち込まれた。何人かの若者が倒れたが、彼らも応戦を始めた。
そこは反政府ゲリラのアジトだったのだ。

康輔は這ってホセのもとに行って呼びかけた。
「ホセ! ホセ! 死ぬんじゃない」
でもホセは応えてくれない。まだ十六歳、人生は始まったばかりなのに。
ホセに、仇は討ってやるぞと告げて、傍らに倒れている若者の銃を取って裏へ回った。

裏木戸を蹴り開け、直ぐに物陰に隠れると、すかさず何発もの銃弾が撃ち込まれた。囲まれていた。
彼は窓からそっと外を窺った。敵は三人。彼らは物陰に身を寄せながらそろそろと近づいてくる。
彼は割れた窓から銃身を出して引き金を引いた。弾は正確に先頭の男の胸を打ち抜いた。
その後ろにいた男は慌ててめくらめっぽうに撃ってきた。そいつも一発で倒した。
もう一人は銃を投げ捨て、何か叫びながら両手を挙げて走って逃げていった。

部屋の中を覗くと、何人かの若者が倒れていた。
彼は裏木戸から外に出て、そばにあった脚立を使って屋根の上によじ登った。屋根の斜面に身を隠しながら様子をうかがうと、敵の布陣がすぐに把握できた。
ひとり、またひとり、彼の銃は敵を倒していった。
人を殺す痛みは、何故か少しも感じなかった。

それ以来、康輔は反政府ゲリラと行動を共にした。
自衛隊での訓練が生きた。ゲリラの連中はほとんどが素人で、彼は次第に指導的な役割を担っていった。

ゲリラのリーダーは優れた人物だった。人を酔わせる言葉を持った彼の組織は若者たちを糾合しながら、やがて大きな勢力になっていった。何よりも民衆の支持があった。
しかし、やがて政府軍の圧倒的な火力の前に組織は壊滅状態になった。リーダーたちはあるいは捕らえられ、あるいは殺された。

康輔は間一髪のところで国外に脱出した。
そして、その道で結構名が知られた存在になっていた彼は、軒並み軍事独裁政権化する南米各地で反政府軍の戦士として転戦した。
ある時はスナイパーとして要人を暗殺し、ある時は部隊を指揮して前線を駆けた。

彼は次第に殺戮に慣れてしまった。
作戦を成功させるためならどんな汚いことでも平気でやった。
革命を遂行するためであれば、一切の手段は、それがどのような卑劣なものであっても全て正当化された。
アメリカを後ろ盾にした権力を倒すこと。それが正義だと、固く信じて疑わなかった。

それは、太平洋を臨む高地で戦っていた時のことだった。
政府軍の移動ルートの情報をつかんだ康輔の部隊は、そのルートの途中で待ち伏せ、殲滅する作戦をたてた。
行軍する奴らを挑発して後退する、敵が応戦して攻めてくるあたりに地雷を設置する。さらに別働隊が背後から叩く。

彼らは小高い丘に布陣していた。彼方に土煙を上げて進攻してくる政府軍車両が見えてきた。まもなくだ。作戦は完璧なはずだった。
奴らが近づいてくる。康輔は射撃命令を出すタイミングを計っていた。
今だ!先頭車両が木立を抜けた時、一斉に射撃が始まった。

そこに、どこに潜んでいたのか、おさげを編んだひとりの少女が驚いて駆けだした。地雷原に向かっている。仲間のひとりが立ち上がって叫んだ。
「危ない!そっちに行ってはだめだ」
政府軍の銃撃がそいつの肩を打ち抜く。猛烈な勢いで車両がこちらに向かってくる。
援護しろ!と彼は叫んで飛び出した。うずくまる少女を抱えて走り出した途端、車両が踏んだ地雷が炸裂して康輔と少女は爆風に飛ばされた。
作戦自体は成功したものの彼は負傷した。

彼らは犠牲になった仲間の遺体を車両に積み込んでアジトに向かった。奪った敵の銃器の中には最新式の迫撃砲まであった。
彼はトラックの荷台に横たわっていた。
仲間に何か話しかけられても、激しい耳鳴りでほとんど聞こえない。身体のあちこちに鉄やガラスの破片が刺さり、両足とも骨折したらしく動けなかった。

隣に少女が運び込まれた。その時はまだ意識があった。彼は悪路を走る車両がバウンドするたびに襲う激しい痛みに耐えながら、少女の手を握っていた。だが、その手は次第に冷たくなっていった。呼びかけても反応がない。死んでしまった。
何故か穏やかな、かすかに微笑んでいるような、そんな顔だった。


彼らのアジトは村の一つの集落だった。そこの住民が彼らをかくまってくれていた。彼らはそこに凱旋するはずだった。
ところが、近づくと一斉に発砲された。村は敵に押さえられていたのだ。激しい銃撃戦が始まった。仲間は次々と倒れていく。数で勝る敵に彼らは押され続けた。
誰かが彼に何か叫んでいる。耳が聞こえない。そいつは敵から奪った迫撃砲を引いてきた。
だめだ! それを使ったら…。やめるんだ! 
康輔は腰のホルダーから拳銃を抜いて迫撃砲を引いていく男を背後から狙った。しかし、撃てなかった。
激しい爆音と爆風。敵も村人も壊滅した。

そして、そこには、かつて康輔の愛した女と、幼い彼の息子がいたのだ。

エターナルライフ第15話 告白 康輔


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