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エターナルライフ第15話 告白 康輔

「驚いたろう。俺は君の思っているような男では無いんだ」
俺はグラスに酒を満たすと一気に飲み干し、窓辺に立った。雪は激しさを増していた。
「なぜ俺がその男を撃たなかったのか分かるか、やれ!そいつですっ飛ばしてしまえ!さもなければ俺たちがやられる。そう囁くもう一人の自分がいたんだ」

そして、呆然と見つめている美里の目をまっすぐに見て言った。
「自分の妻も息子も、何の罪の無い村人も、自分たちのために見殺しにした男だ。だから俺は、これからもその贖罪を背負ってひとりで生きていくことにしたい。君は君にふさわしい世界に戻って幸せを掴むんだ」
俺はまた窓の外に目を向けて言った。
「このまま雪が降り続いたら、明日からしばらく身動き出来ないかも知れない。今日中に発った方がいい。タクシーで駅まで送ろう。荷物をまとめなさい」

「私が、邪魔ですか?」
振り向くと、挑むような眼差しで彼女は言った。
「私が邪魔なら、すぐに出て行きます。あなたに迷惑をかけているのなら、もうあなたが私と居たくないのなら、すぐにでも出て行く」
「そういうことでは無い」
「だったら…、だったらそんなこと急に言わないで」
彼女は目に涙をいっぱい貯めて言った。
「私は…、私は、もしかしたら康輔さんが望んでいないかも知れないと思って…、言ってしまったらここに居られなくなるかも知れないと思って、今まで言わなかったけど…、私は康輔さんが好き。愛してるの」
「俺は人殺しだ。君にふさわしい男では無いんだ」
「何で、何であなたはそんなに過去にとらわれなきゃいけないの?」
そう言うと、彼女は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
「あなたが背負わなければいけない贖罪があるのなら私が半分背負います。私と一緒に未来を生きて!」

思いもよらない美里の言葉に不覚にも涙が出そうになった。泣きじゃくる美里の背中にそっと手を添えて俺は言った。
「ありがとう。君がここに居てくれたことに感謝している。君と暮らしたこの数ヶ月は俺にとってかけがえの無い日々だった。このままふたりで未来を生きられるのならどんなに素敵なことだろう。でもだめなんだ。俺には君と生きる未来は、残されていないんだ」

彼女は身体を離し、俺を見上げて言った。
「どういうこと?」
「俺が医者に通っていることは知っているね」
美里がコクリとうなずく。
「三年前に肺がんの手術をした。再発が見つかったのは君と出会う少し前のことだ。転移していて手術はできないと言われた。それで、経口の抗がん剤を飲んでいるんだ。幸い副作用はほとんど無いが、効いてもいない。このまま効果が見られなければ、余命は一年から二年程度と言われた。」
「そんな…。何で早く言ってくれなかったの。お医者さんを替えてみましょう。セカンドオピニオンを受ければ他に治療法が見つかるかも知れない」
「それももうやってみた」
「どこで? もっと大きな病院。東京の病院に行ってみようよ」
「だめなんだ。ほかに治療法は無いんだ」

彼女は肩を落として大きくため息をつき、窓の外を眺めた。漆黒の闇の中を雪が降り続いていた。
「すまない。俺には君と生きる未来は残されていないんだ」
彼女は自分の寝室に駆け込んだ。乱暴にドアが閉められた。

俺は一体何をしているのだろう。まだ俺の半分の人生も生きていない娘に甘えている。たとえ憎まれてでも、彼女を解放してあげるべきだったのに。
やけに煙草が吸いたくなって、やめていた煙草に火を付けた。ニコチンが血管を駆け巡って脳を痺れさせた。


小一時間も経っただろうか、静かにドアを開けて彼女が出てくる。そして、泣きはらした目に強い決意を宿らせて言った。
「私があなたを支えます。たとえあなたの命が一年でも、その一年を十年分に、二年だったら二十年分にして、ふたりで生きていこう!」
「俺は君を幸せにはできない」
彼女は俺の許に歩み寄り、俺の胸に静かにその身を預け、囁くように言った。
「私は幸せだよ。今まで生きてきた中で、今が一番幸せ」

その身体を強く抱きしめた。もはや制御は不能だった。
俺は彼女を抱き上げ、ベッドに連れて行った。
窓の外は激しく雪が舞っていた。


エターナルライフ第16話 Luna 美里


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