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国分酒造 焼酎イノベーションの系譜(8)-『フラミンゴ オレンジ』

【フラミンゴ オレンジ】

2018年6月 発売

国分酒造が放った「香り焼酎」の第一弾として、
業界や愛飲家に衝撃を与えた一本。
芋100%×新酵母×サツママサリ×減圧蒸留の妙。

『安田』で顕れた「香り焼酎」の兆しをさらに確立するために、鹿児島県工業技術センターで開発された「鹿児島香り酵母1号」を採用して新作に臨んだ。

仕込みでは、もろみの段階からこれまで経験したことのない気持ちの良い芳香が蔵内に漂った。そして減圧で蒸留すると、減圧とは思えぬ柑橘系の馥郁とした焼酎に仕上がったのである。


なかなか実現できなかった、減圧蒸留版『いも麹芋』という安田の着想。
文字通り”お蔵入り”の危機を迎えるが、ふとしたキッカケで形勢が逆転する。

『フラミンゴオレンジ』を初めて仕込んだ前年(2016)に、『フラミンゴオレンジ』の前身である『いも麹芋 丸造り』という焼酎を仕込んだ。『いも麹芋』の減圧蒸留版である。

安田はその数年前から、「『いも麹芋』を減圧蒸留すると面白いのではないか」と話をしていた。しかし笹山は、減圧蒸留だと”ただ飲みやすいだけの焼酎”になるのではないか、という懸念から二の足を踏み、安田の構想はなかなか実現しなかった。

ただ、安田自身、年々チャレンジしたいという気持ちが高まり、2016年に試験的にチャレンジすることになった。

同年秋、通常の『いも麹芋』のもろみ(コガネセンガン&鹿児島2号酵母使用)で減圧蒸留にチャレンジしてみた。結果、予想通り、ただ飲みやすいだけの焼酎になってしまった。

出来上がったこの焼酎を、発売はせずに『いも麹芋』とブレンドするという考えもあった。が、焼酎の売り上げが厳しい時期であったこともあり、2017年5月に『いも麹芋 丸造り』として発売に踏み切った。

案の定、発売後も反響はほとんどなかったため、初年だけで終売という考えに傾いていた。


探し出した”香り酵母”で、再度『いも麹芋』の減圧蒸留にチャレンジ。
もろみから、驚くほどの芳香があふれて、圧倒される。

すぐに笹山は安田と相談し、2017年の仕込みでは、酵母を変えて、減圧蒸留にチャレンジすることにした。

笹山は安田に、ワイン酵母や吟醸酒酵母がいいのではないかと話をしたところ、安田は「焼酎で実績のある酵母でやりたい」とこだわりを見せた。

何か良い酵母がないか探すため、これまで鹿児島県工業技術センターが行っていた勉強会の資料を精査していたところ、鹿児島2号酵母などと並んで、「香り酵母」というものが存在すると気付いた。

この酵母を使うと、バナナ系の香りにつながる酢酸イソアミルという成分が高くなるとのことだったので、急いで工業技術センターに相談したところ、特許の関係ですぐに出せないとの返事。

しかし「2017年11月になったら鹿児島県内の蔵元向けには出せる」とのことで、それを待って仕込むこととなった。

2017年の仕込みは、原料芋のコガネセンガンからサツママサリへのシフトが大きく進んだ年で、この『フラミンゴオレンジ』の仕込みでも、サツママサリを使うことになった。

いざ仕込んでみると、もろみの段階から、びっくりするほどに果実系のいい香りが漂ってきたのである。

そして減圧蒸留しても、果実系の香りがしっかりと立った芋焼酎に仕上がった。その一方で、この酵母の特徴である”バナナ系の香り」”はあまり感じられなかった。

本稿作成の2021年6月時点での数値。

意外にも、果実系の香り成分「モノテルペンアルコール」の値の方が高い結果に。
通常使われる米麹ではなく、いも麹使用だからこその”天の配剤”か。

実際にモノテルペンアルコール値を分析した結果が、上記の表と下記のグラフである。

本稿作成の2021年6月時点での数値。

『安田』に比べると低いが、一般的な芋焼酎に比べると高い値が出ている。全体的に香り成分が少ない減圧蒸留でありながら、これだけの値が出たことで、果実系の香りがより引き立つ焼酎となっている。

一方、後述『クールミントグリーン』のところで記載している通り、バナナ系の香りにつながる酢酸イソアミルの値は、それほど高くなかった。

工業技術センターの先生の話では、酵母によってモノテルペンアルコールが高くなるということは実証されていないため、『フラミンゴオレンジ』のモノテルペンアルコール値が高くなった理由は良く分からないという。

通常の芋焼酎は米麹を使って酵母を増やしてゆくのだが、『フラミンゴオレンジ』は”いも麹”を使って酵母を増やしているため、そのあたりが要因かもしれないとの話もあった。


小林:2016年の11月8日でしたか、福岡市で発生した「博多駅前道路陥没事故」の1週間後、私は鹿児島県の国分酒造と田崎酒造、佐賀県唐津市の鳴滝酒造を訪問しました。

その時、笹山さんと安田杜氏に減圧で造った”いも麹芋の試作”を試飲させてもらいましたが、特別あっと驚く事もなかった。

「これを他社みたいに夏場にブルーのボトルで販売するんじゃ、つまらないね」と感想を述ると、安田さんは一寸寂し気な顔をされてらしたね。笹山さんは冷静に「はい、そういう事は考えてはいないのです」とおっしゃる。

実はそれが『フラミンゴオレンジ』の前身『いも麹芋・丸造り』だったんですよ。

それから5か月後、日本政策投資銀行より「新しい焼酎の時代」と言う論文が発表されました。『安田』を取りあげて、「清酒の海外輸出の成功は味わいを追及した、焼酎は香りを追及すべし」と結句がある。

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笹山:『フラミンゴオレンジ』は、2017年8月にある飲食店の勧めで飲んだ芋焼酎が大きな転換点になったと言いましたが、それは発売になったばかりの小正醸造さんの『蔵の師魂 グリーン』で、東京のある飲食店で飲みました。

東京の酒販店さんが主催した焼酎の勉強会に講師で呼ばれての上京だったのですが、もともとその飲食店に立ち寄る予定は無かったんですね。

ところが、鹿児島に台風が接近していて、勉強会当日の朝の飛行機が欠航になりそうだった。そこで急遽、前日の便で東京へ飛ぶことにしました。

早めに東京に着いてしまって、少し時間があったので、以前から知り合いの、その飲食店に顔を出したんです。

店主さんに『蔵の師魂 グリーン』を勧められて飲んでみたところ、バナナのような香りがして、びっくりしたのを、今でも鮮明に覚えています。

小林:その頃、笹山さんとは「かつての焼酎ブームとは違う登山ルートを見つけないとね?」と、良く話してました。

そんな時に、論文に「焼酎は香りが命」という一文が記されていて、目指す方向性に間違いは無い!と希望の光が見えた思いがしたね。

笹山さんが県試験場の資料に鹿児島香り酵母と言う一文を見つけて動き出し、杜氏は芋についてもサツママサリの特性を見抜いて、それまでの黄金千貫から代えたんです。

これが発売されると、特に香りにこだわる女性の購入者も多くまたたく間に完売したんですよ。びっくりした。「これは凄い事になるな」と直感しました。

その鹿児島と佐賀行脚からの帰り、福岡空港へ向かう際にあの博多駅前の陥没補修箇所を車で通過した。すると「ぼよ~ん」と車が弾み「これ直ってないな?」と感じて、後日また陥没したと知ったのもいい想い出です。

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笹山:話を聞くと、減圧蒸留の芋焼酎とのことで、ワイン酵母を使っているとのことでした。

減圧蒸留の場合、”飲みやすい一方で香りも味も特徴がない”と思い込んでいた自分にとって、減圧蒸留に対する考え方が変わった瞬間でした。

今から考えると、この時台風の接近がなければ、東京の飲食店さんに顔を出すこともなく、減圧蒸留の芋焼酎へのチャレンジも1年で終わり、『フラミンゴオレンジ』の誕生はなかったと思います。

その後の、解禁となったばかりの”鹿児島香り酵母1号”との出会いも、まさにちょうどのタイミングでした。

『dancyu』にも紹介されている通り、『フラミンゴオレンジ』は、いろんな偶然が重なり合った、まさに奇跡の出会いが生んだ焼酎だと思います。

(9)へ続く。


一部画像は「めぐりジャパン」さんの記事より承諾を得て転載させていただいております。

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