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車に乗ってるだけの話〜静岡旅②〜

高速道路、インターチェンジ、ジャンクション、そしてカーナビ。これらは普段無縁の顔をしておきながら、年に数回現れては凄まじいストレスで私達を追い詰めてくる。

「意外だ」と言われるのだが、私も普通自動車免許(AT限定)を取得している。一回でも試験に落ちたら翌日の大学の入学式には出られないという緊張感がよかったのか、筆記も実技もストレートで通った。にもかかわらず今や立派なペーパードライバーだ。いや、こうなることはわかっていた。自分の生活の中に車は必要がないのだ。


ゾンビ映画や漫画を昔からよく見る。好きなつもりはないが、サブスクのおすすめ欄がゾンビもので埋まるくらいには見ているので「好き」と言ってもいいのかもしれない。
だからこそ、いつも頭の中によぎることがある。


「街がゾンビだらけになったとき、やっぱり車運転できた方が有利だよなぁ」


まさか、と言われるが本気でそう思って免許を取った。

「だったらATじゃなくてMTで取れよ!!トラックとか操作分からなくてどうすんだよ!」

このご意見は至極ごもっともである。
でも私自身薄々わかっていたのだろう。さすがにMTは無駄であることを。街中がゾンビまみれになって逃げなければならない確率よりも、その前にゾンビに噛まれたり、パンデミックのパニックによってゾンビとはまったく関係ないことで死んでしまう確率の方が高いことを。


昔、わちこさんに免許の有無を聞かれたときも正直にゾンビのくだりを話した。彼女はやはり否定することなく頷き、「なるほど」と相槌を打ってから口を開いた。

「私はたとえ街中にゾンビが溢れたとしても、自分の肢体が全部もげるまではひらやさんに運転させたくない。ゾンビに噛まれる確率とイーブンだと思うし……」

彼女は真っ当かつ本当に酷いことを言ってから「遠征では私が運転します」と宣言した。以来、遠出の旅行はずっとわちこさんが運転している。

この日も熱海駅のレンタカー屋で、名前を告げたもののそもそも予約した店とは違うレンタカー屋に飛び込んだため顧客名に名前がなく困惑されるという定番のボケをぶちかましてから景気良く出発した。


普段別の友人との旅行では決して座らせてもらえない助手席(何故なら私はすぐに寝るので)に深々と腰掛け、シートベルトをしめると「よろしくお願いします」と恭しく挨拶をした。

わちこさんは久しぶりの運転に緊張しているのか私の存在などまるで見えていないかのように鋭い視線で前を見据え、本当に私のことなどどうでもよさそうに「はい」と挨拶を返してくれた。

なかなかの塩対応だがここからである。彼女との信頼関係を取り戻すための旅行なのだ。ここは一発「ひらやさんを助手席に乗せるとなかなか役に立つな」と思ってもらいたい。

私は前日の夜に助手席の心得をネットで調べ、「運転中に助手席でやってはいけない4つのNG行動」「運転をサポートするためにできる3つのこと」などを頭に叩き込んで臨んでいた。

これから行く目的地をナビで設定し、車を走らせる。私はレンタカーのカーナビをあまり信用していないため、念のためiPhoneでグーグルマップを開いた。
何故なのか、高速道路に乗る前に早速カーナビとグーグルで意見の食い違いが発生していた。

「同じ目的地なのに、なんでグーグルとカーナビで行き方が変わるのは何故?」
「わからないですけど、面倒なのでカーナビに従います。ナビだけひらやさんも見ておいてください、私は余裕がないので」

私はグーグルマップを閉じた。代わりに駅近くのコンビニで購入したポッキーの箱を開けた。
『遠出する際は気分転換できるようお菓子やドリンクなどを準備しましょう』と助手席の心得に書いてあったからだ。

「ポッキーありますよ!」
口元に一本持って行ったが、わちこさんはチラリとも視線を寄越さず「大丈夫です」と言った。
「暑くないですか」
「クーラーつけてるんで大丈夫です」
「何か音楽……もう掛かってるな」
「iPhone繋げたんで」
「あとは……そうだな、何か楽しい話でもしようかな」
心得を見返しながらそう提案するものの、わちこさんは「寝てていいですよ」などと言うではないか。

「は?助手席の人間は寝ませんけど」
「そんなこと言って眠いんでしょ。Twitter見た感じひらやさん昨日も2時くらいまで起きてたみたいだし」 

正直に言うと眠い。車が出発して10分後にはもう眠かった。
でもここで「じゃあお言葉に甘えて……」などと言おうものなら即絶縁間違いなし、サービスエリアに置き去りにされた挙句、Twitterで「人に運転させておいて助手席で寝る無神経人間」などと罵られるに違いない。巧妙な罠を仕掛けられている。

「眠くないですけど」
「ウソなんだよなぁ。自分じゃ気付いてないのかもですけど、ひらやさんって眠い時、半分目閉じてるんですよ」
私は何とか黙らせようとポッキーを一本取り出してわちこさんの口元にぐいぐいと押し付けたが彼女は巧妙にそれをかわし、さらに「私のカバンにじゃがりこ入ってるんで一本ください」と言った。
わちこさんの口にじゃがりこを押し込みながら、私もじゃがりこを勝手にむさぼった。



料金所を通過して高速道路に乗ると、運転席から漂う緊張感が一層増していくようだった。
逆走できないということ、それは目的のインターチェンジでうまく降りられなければ一巻の終わりを意味していた。
大縄跳びの流れに入るあの瞬間の緊張感に似ている。基本的にまっすぐな高速道路に、分かれ道が現れるたびに私たちはビクリとした。


カーナビは『30m先、左方向です』『まもなく左方向です』などとこまめに教えてくれるのだが、人間というものは「30m先にファミマがあるな」とは考えながら生きていないものだから、30mの距離感がわからない。
時速80キロのスピードで走っているので尚のこと間隔がつかみにくいのだ。25mプールよりは長いことだけが辛うじてわかっていた。


そんなわけだから、「あ、ここ降りるところですよ」と伝える前にインターチェンジを逃した。あっという間だった。
「あ、ここ降り」まで口にした瞬間、インターチェンジの入り口は私の横をサッと横切り、背後に遠ざかっていくところだった。
後ろを振り向き、小さくなっていくインターチェンジを見送る。とても何かを言える空気ではなかった。わちこさんも無言だった。

カーナビだけが「は?通り過ぎたんですか?ちゃんと話聞いてました?やれやれ、これだからペーパードライバーは」と言わんばかりに新しいルートを探そうと読み込みを始めた。
その間車内はずっと沈黙に包まれていた。

本当に私のせいなのだろうか。もっと強く念を押さなかったカーナビのせいではないのか。
己の中で釈然としない気持ちがあったが、私は大人なので「……ごめんなさい、うっかり見過ごしました」と謝った。
「いえ、私もわからなかったので……すみません、ひとまず一番近いインターチェンジで降りましょう」
わちこさんは冷静だった。何とか戻らずに行ける道がないかを探したが、カーナビは「次のインターチェンジで降りろ、そして戻れ」と頑なだった。
次のインターチェンジは嘘みたいに遠かった。
それまで頻繁に現れていたはずなのに、よりによって何故?の気持ちが浮かんでは消える。
小田急線の下り電車で間違えて下北沢から快速急行に乗ってしまったときの感覚に近しい。
(今でこそ登戸という措置があるものの、昔は下北沢から新百合ヶ丘までノンストップだった)

ようやくたどり着いたインターチェンジを降り、Uターンして再び高速に乗る。
今度こそ逃がしはしない。私たちは鬼の形相で流れゆく看板とナビを睨みつけ、やっとのことで目的地へとたどり着いた。


──伊豆極楽苑。

~地獄と極楽をめぐるテーマパーク~と銘打たれたこのスポットは、1986年から営業を続けており、マツコ・デラックスが出演する某番組でも紹介されたのだそうだ。
外観はさながら地元の名産品を販売するお土産売り場のようだった。そばには巨大な鬼が直立し、国道136号をひた走る人々に向かって笑顔を振りまき、ピースサインをしている。
わちこさんのリクエストではあったが、ゆくゆくは自分も行く場所だろうし下見でもしておくか。そんな軽い気持ちで臨んだのだが、秘宝館に似た匂いを感じとり早くもテンションが下がっていた。

「あの世」の文字がはためくのぼりを見ながら、いざ入館でござる。


続く

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