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Live and Let Live 増補改訂版② ボイド・ライス (NON)

[10/24] アルバムジャケットなど追加

収録内容
・夢は銀行強盗 (アーティストへの願望と西海岸アート・シーン)
・ノン (ノイズ・パフォーマンスとアンタイレコード)
・フリンジ・ネットワーク (スロッビング・グリッスル、デア・プラン、日本公演)
・ワイルドサイドではしゃげ (アントン・ラヴェイ)
・アンポップ (マイケル・モイニハン、ショーン・パートリッジ、アダム・パーフリー、『Hatesville!』)
・よりハードに、より孤高に (Luftwaffe、Awen、『Back To Mono』)
・不変であることを知っている (展示中止事件、『NO』)

英国がパンクで燃える少し前から、西海岸は自然発生した多くのアーティストたちによって奇妙な熱を放っていた。ニューヨークでジェームス・チャンスやリディア・ランチ、彼ら世代のボスだったSuicideらが自らを含めた因習を破壊する直前だったが、西海岸のサンフランシスコやLAではザ・レジデンツやLAFMSのようなパンクよりも早かったパンク的破壊者が一足早く登場し、パンク以降は西海岸版『NO NEW YORK』(79年発売。ブライアン・イーノがプロデュースした、ニューヨーク地下シーンのドキュメント的コンピレーション)とも言われるコンピレーション『Live at Target』がリリースされた。参加していたナーヴァス・ジェンダーの奇怪なシンセ音は、電子音を極力避けていたノーウェイヴとはもちろん、洗練されたヒューマン・リーグのようなエレポップで輝きはじめる英国のそれとも異なるバイブレーションを持っている。フリッパーによる遅さが命のグルーヴは、せいぜいダブが親せきであると結び付けられるのが精いっぱいの異端な音楽だった (フリッパーはパブリック・イメージ・リミテッドを大層気に入っていた)。
音楽的に独特だった西海岸の文化土壌は他の分野にも同じことが言えた。ハワイやメキシコが近い西海岸では先住民族の文化が残っており、ここもロンドンや西ベルリン、ニューヨークといったポストパンク爆心地になる都市群との違いだった。郊外で育ったボイド・ライスは、インダストリアル・ミュージックを通行証に西海岸の退廃的な空気をヨーロッパへと持ち込み、細いが確かに存在していた芸術の地下水脈にそれを注ぎ込んだ。
テープレコーダー片手に墓場へと出向き、死者へとマイクを突き出すことでフィールドレコーディングをリチュアル化させたボイドはゴシック版エジソンである。マティーニを愛し、喧噪の只中でオスヴァルト・シュペングラーとの対話に興じるボイドはアンダーグラウンドのロッド・マッケンである。ボイドはあらゆる領域へ立ち入ることで、人々の視線をその足元へと誘導する。いくつもの円で囲まれて隔てられているように見える世界も、その境界は曖昧で、ささいなきっかけで足が届くか、または最初から重なっていたことに気付く。ボイドがまたいだ円をいくつか挙げてみよう。ニーチェ、ソーシャル・ダーウィニズム、オカルティズム、ティキ・カルチャー、モンド文化、そしてインダストリアル・ミュージック。これらのほとんどは古き米国の記憶と共に薄れ、いくつかは第二次世界大戦の経験と照らし合わせた禁忌とされたが、ボイドは50~60年代の文化からこれらを見いだし、事実として抽出した。とりわけ60年代は彼の幼少時代を作り上げ、経済と合理主義の世界に対する有効なヴィジョンとして今日でも彼のロジックを支えている。
インダストリアル・ミュージックはボイドにとっても特別な文化だった。理由は彼にとって過去の再発見ではなく、新たな表現の誕生であったことからだ。これはボイド本人が促進していく側に立った、最初の分野ともいえる。後にインダストリアルという呼称は足枷のような存在になるのだが、70年代末当時のボイドと同志たち(米国ではジョアンナ・ウェント、LAFMSとスメグマ、ゼヴ、英国ではミュート・レコード、スロッビング・グリッスル、カレント93 、コイル、デス・イン・ジューンなど)にとってはダダやシュルレアリスム的な錬金術的表現であり、コンセプチュアル・アートの極北と呼べる領域だった。
芸術や政治運動などの舞台を問わず、歴史上の「極端」な領域に魅了されたボイドは、ハンター・トンプソンのような現場主義者となって、流行になる前のそれを人々の眼前へと引きずり出す。それは一種のニュー・ジャーナリズムであると同時にアーキヴィストとしての文化保持、さらにはボイド自身のアイデンティティを確かめる作業でもあったのだ。禁じられるべきものなど存在しない。楽しいことだけ追究すれば良い。この姿勢をある者は魔術の実践と呼び、ある者はハードコアと称した。

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