「バイバイ、ヴァンプ」を観ようとしている若い当事者の方へ

この作品の問題点

 まず、前置きとなりますが先週の2月14日から、株式会社ロハスプロダクションズ製作・配給の「バイバイ、ヴァンプ」という作品が全国5カ所の劇場において公開されました。
 
私は、Twitterでフォローしていたアカウントの方がこの作品について言及されていたことから、この作品の予告編の方を拝見させていただきましたが、正直見た後は胸をえぐられるような悲しい気持ちになりました。
 
なぜなら、この予告編には以下のような同性愛者に対する差別的な発言が散見されたからです。

そのため、まずは作品の大まかな設定を掴むためにも、これらの発言の問題点について指摘させていただきたいと思います。

・「ヴァンプに噛まれると、子ヴァンプになって同性愛に目覚めるらしいよ」
 
 この作品において、同性愛はヴァンプに噛まれることによって感染するという設定になっているようですが、このような設定は「同性愛は感染するもの」という間違った偏見を生み出し、当事者に対する差別を助長しかねません
また、同性愛という生まれつきの性的指向について「目覚める」という言葉を用いることも適切な表現ではありません。

・「境町(地名)が同性愛の街になっちまう」
  
 作中において、異性愛者の登場人物達は自分や周りの人達が同性愛者になることを恐れているように描かれていますが、これはヴァンプによって感染する対象を人種・障害など、他の属性に置き換えて考えていただければ、このような同性愛者を「なりたくないもの」として扱う構図が、当事者をどれだけ傷けるかお分かりいただけるかと思います。

また、当然のように同性愛者を「増えてはいけないもの」として扱っていることも当事者に対して非常に失礼です。

・「俺は欲に溺れたヴァンプなんかにならない…」

 作中では、ヴァンプ(同性愛者)が同性に対して性的な行為を要求する描写が多々あります。このような経緯から考えると、ここで言う欲とは恐らく性欲のことなのだと思いますが、そうなるとこの発言は「同性愛者は過剰な性欲を持つ人の成れの果て」と勝手に定義してしまっていることになります。

もちろん、この発言をした登場人物に宗教的な背景がある可能性もありますが、どちらにせよこれについては何の注意書きもしていないのですから、このような発言は視聴者に対して「異性愛だけが愛であり、同性愛はただの性」というような差別的な思想を植え付けかねないのではないでしょうか。

また、これだけでなく以下のような同性愛者に対する偏見と思われる描写も多々ありました。

・ヴァンプになったと思われる生徒だけが教室で人目を憚らずに接吻をしたり、性行為までしようとする
・(ガレッジセールのゴリさんが演じている)男性同性愛者の先生が生徒の前で自身が同性愛者であることを明かしながら、わざとらしく勃起をする演出
・(ガレッジセールのゴリさんが演じている)男性同性愛者の先生が生徒の臀部を摩る
 
 なぜ、この作品においては同性愛者だけがこのような行動をする描写があるのか私には全く理解できません。これは、完全に製作者の同性愛者に対する偏見を具現化させただけなのではないですか?
 

この作品を観ようとしている若い当事者の方へ

 このように、この作品は予告編だけでも、私が学生時代に耳にしたような無知に基づく無邪気な差別発言が散見されたため、私は一体どのような展開であったら、これらの発言を差別ではないと擁護できるものかと思ってしまいました。

もちろん、予告編というものはあくまで映画の一部を断片的に切り取って繋ぎ合わせたものであり、これだけではこれらの発言の文脈までは読み取る事ができないため、本編を観ない以上はこれらの発言を絶対に差別的だと断言することはできません。

しかし、予告編の時点であれだけ客観的に見て差別的な発言が作品内にあると分かっているのですから、この作品によって傷つく当事者がこの作品を見たくないと思うのは当然のことです。

そもそも、この作品にはどれも当事者ならば一度は浴びさせられているような差別的な発言があまりにも多すぎるのです。

そのため、まだ自分のアイデンティティを形成している段階にある中高生などの若い当事者が、このような同性愛に対して差別的な内容を含んでいる本作品を観るのはとても危険なことだと思います。

なぜなら、このような当事者はちょうど自分の性的指向を自認しそれを受け入れようと葛藤している多感な時期であるからであり、もしそんな状態でこの作品を観て、この作品からのメッセージを「同性愛は純粋な愛ではなく、過剰な性欲から生まれる変態行為である」「皆、同性愛者のことは気持ち悪いと思っている」「バレたら皆から迫害される」という風に解釈してしまったら一体どうなってしまうでしょうか?

もちろん、彼らがこの作品をどう受け止めるかは分かりませんが、私はもし自分がゲイであることに悩んでいた時期に、こんな風に自身の性的指向を差別する作品が公然と公開されていたら、死にたくなるほど絶望していたと思います。

しかも、この作品のキャストの殆どはアイドルグループのメンバーを始めとした駆け出しの若手俳優で構成されているため、残念ながらメインターゲットとなる観客は明らかに10代から20代の若年層になってしまうことが分かります。

そのため、もしこの作品を観に行こうとしている若い世代の同性愛者の方がいましたら言わせてください。

「もし、この作品のあらすじや設定を見て1%でも自分が傷つく可能性があると感じたら、絶対にこの作品を観に行かないでください」

これが私の願いです。

わざわざ、お金を払ってまで傷つく必要も、自尊心を失う必要もありません。

お金を払って映画を鑑賞するということは、作品を作った相手への敬意を示すことです。

そのため、あなたの性的指向について理解しようとしないばかりか、むしろ間違った認識を広めて差別に加担するような人達は、どう考えてもあなたに対して全く敬意など払っていないのですから、あなたがこの作品を観に行く必要など絶対にないのです。

私たち大人も、今後この作品に対して働きかけていきます

 最後になりますが、このような公然と差別をすることを許さないのが私たち大人の役割であるはずなのに、結果的にこんな差別的な作品が世に出ることを防げなくてごめんなさい。

多分この作品の存在を知ったとき、すごく動揺したと思いますし、まるで自分のアイデンティティを踏みにじられているようでとても悔しかったと思います。

そういえば、この作品の公開停止を求める署名活動を始められた方も、現役の高校生の方だったんですよね。

私はその方について詳しくは存じませんが、こんな若い世代の方が発起してくれた活動は社会全体として支援していくことが、私たち大人の役割であると思います。

そのためにも、まずは同性愛者の尊厳を傷つける表現が顕著であるこの作品は公開停止にするようあらゆる団体に対して働きかけなければいけませんし、またこの作品を製作し公開まで踏み切った製作会社に対しても、今後二度とこのような事態を起こさないために作品のチェック態勢を改善させるべきであると考えます。

やりすぎかと思われるかもしれませんが、今回これだけの騒動になったにも関わらず、社会がこの作品の製作陣に対して何も行動を改めさせることができなければ、この業界全体に「同性愛者は公然と差別しても許される」という認識や風潮が生まれてしまいかねません

少なくとも、映画作品において同性愛者が公然と傷つけられるのは、もうこれで最後にしましょう。

長文にも関わらず、最後まで読んでくださいましてありがとうございました。

平田 凌